第一章・第13話 二人きり -4-
「……な、なんで、ダブルなの?」
「最初はシングルのお部屋でいいって言ったんだけど、沢村さんが
大きいベッドの方が疲れが取れるだろうからって」
「そ、そうなんだ……さ、沢村さんて……」
「?」
「ここに泊まる事って……あるの?」
「あはは、ないよ」
突然、おかしな事を言い始めた偉世に姫乃が笑いながら答える。
「……新田、は?」
だが、偉世は真剣な目をしていた。
「っ」
あまりの真剣な彼の目に思わず言葉を詰まらせる姫乃。
「新田はここに泊まった事、あるの?」
「な、ないよ」
「本当に?」
姫乃に詰め寄る偉世。
「うん」
姫乃はコクコクと頷きながら後退りした。
壁際に追い詰められ、偉世が片手を壁に付く。
「……」
「……」
二人きりの部屋で、見つめあう二人――。
「ほ、星野く……」
「春川さん」
居た堪れなくなった姫乃が口を開く。
すると、その言葉にかぶせるように偉世が口を開いた。
「新田の事、どう思ってる?」
偉世はずっと気になっていた事を言葉にして姫乃にぶつけた。
「新田君の事?」
「そう。あいつの事……好きとか……」
「好きだなんて、そんな……」
「じゃあ……、何とも思ってないの?」
「何とも思っていないって言うか、友達って言うか……今は担当者の一人として話す事が多いし、
沢村さんと私との間に立ってよくやってくれてるし、お仕事もやり易いから、
そういう意味では“好き”だけど……」
「……俺が訊きたいのは、その……一人の男としてアイツの事をどう思ってるかって事」
偉世はごくりと息を呑み、姫乃の答えを待った――。
「それなら、なんとも思ってないよ?」
姫乃は偉世を真っ直ぐに見つめ返した。
「なら……なんでダンパの時も、この間の食事の時も俺が先に誘ってたのに断らなかったんだ?」
「……そ、それはー……えっと……」
「最初は俺の事が嫌いなのかと思ってた。けど……それなら、いくら俺が“清野四葉”だからと言っても、
今回のコラボは受けないだろうと思った」
「それじゃあ……今回のコラボって、私を試す為に?」
「違うよっ、確かに結果的に試す事にもなったけど、俺は一人の漫画家として
“一愛”とコラボがしたいと思ったから……それは前回も今回も変わらない」
偉世のとても真剣な様子に姫乃は心の中でホッとしていた。
彼に『そうだ、試しただけだ』と言われたら、どうしようかと思っていたからだ。
「俺の事が嫌いじゃなくて、アイツの事も別に好きじゃないなら普通は先に誘われた方を優先するだろ?
だけど、春川さんはいつもアイツとの事を優先してる……それがこれからも変わらないなら、
どうしてなのか理由が知りたい」
「……」
「他人の俺には言えない事?」
偉世は黙っている姫乃の顔を覗き込んだ。
「……あの、ね……星野君も自分が“清野四葉”だって事を隠してるからわかると思うんだけど……」
姫乃は自分と同じ様に正体を隠して仕事をしている偉世なら、わかってくれると思い話し始めた。
「学校のみんなに私が“一愛”だっていうの知られたくなくて……つまりー、その……、
新田君のお願いを断ったら、私の正体をバラすって……」
「え……それって、脅されてるって事っ?」
「平たく言えば……そう、なるのかな?」
「平たく言わなくてもそうだよ……」
偉世は誘いを断られていた理由がわかり、ホッとしたと同時に呆れていた。
「まさか、そんな理由だったなんて……」
大きく息を吐き出した偉世。
「ご、ごめんね……」
「別に春川さんが悪い訳じゃないじゃん」
「で、でも……」
「てか、アイツ……担当者が作家を脅すなんて……」
「新田君、そんなに悪気はないんだと思うよ? だってダンスパーティの時もパートナーがいないと
格好がつかないっていう理由だったし、この間も一人で映画に行くのが嫌だからって言ってたし……」
「なら……これからもずっと俺が先に誘っても、新田に誘われたら俺の方を断る気なの?」
「そ、それは……」
姫乃はすぐに答える事が出来なかった。
偉世の誘いならもちろん、どんな事だって二つ返事で受けたい。
だが、その後に和章に誘われたら……そして、和章の誘いを断れば……そう考えると何も答えられなかった。
「新田との事が解決したら、問題なし?」
姫乃は偉世の言葉に素直に頷いた。
「じゃあ、俺が新田と話をつけるよ」
偉世は俯いたままの姫乃に優しい口調で言った。
「ど、どうするの?」
「普通に話し合いするだけだよ。大丈夫、俺だってプロの漫画家だっていう自覚はある。
だから殴り合いなんて軽率な真似はしないよ。ただ、新田にはこれ以上くだらない理由で邪魔されたくないんだ。
例えアイツに悪気がなくてもね」
偉世はそう言うとニッと笑い、やや呆然としている姫乃に「それじゃあ、また明日学校で。おやすみ」
と言って部屋を後にした。
「……あ、星野君……」
偉世が部屋を出て行った数十秒後、姫乃はハッと気が付いた。
(私の部屋から見えるマンション、星野君のマンションかどうか確かめる為に来たのに帰っちゃった……)
今更偉世に電話して戻って来て貰うのも如何なものか。
時間はもう二十二時を過ぎているし、彼はこれから帰ってまだ仕事をするかもしれない。
それにコラボの件で偉世がここに来る事もこの先あるかもしれないし。
姫乃は先程まで二人きりだったこの空間で、窓から見える偉世の仕事場かもしれないマンションを
見つめながら偉世の事を考えていた――。