第一章・第13話 二人きり -2-
駅を出て偉世は姫乃が仕事場にしているホテルと同じくらいの距離にある大きなマンションに入った。
「どうぞー」
そしてエレベータで十五階まで上がるとある一室のドアを開けた。
「お、お邪魔します……」
まず玄関の大きさに驚く姫乃。
左側は天井から床まである大きくて真っ白な作り付けのシューズボックス。
右側にも同じ造りのシューズボックスが有り、こちらは背が低く、
上にアロマキャンドルや偉世の作品がパネルで飾られている。
「はい、コレ使って」
姫乃が中に入ると偉世は素早く淡いブルーの来客用スリッパを出してくれた。
「ありがとう」
そっと足を入れて履くとふわふわした感触がとても気持ちが良かった。
「静かだね」
玄関はセンサーライトで自動的に灯りが点いたが、それ以外はまったく灯りが点いていないし、
物音も聞こえない。
「誰もいないみたい」
偉世は自分もスリッパに履き替えると玄関の靴に視線を落とした。
姫乃と偉世の靴以外ない。
「アシスタントの人達は?」
「忙しい時は仮眠室で寝てたりするけど、靴がないから自宅に帰ったんだと思う。
でも、後で来ると思うよ」
「仮眠室があるの?」
「俺は半分ここで暮らしてるから一番奥の部屋を寝室にしてるんだけど、
アシスタントも泊り込む事が多いから、ここで寝られるように奥から二番目と
手前の部屋にベッドを置いてるんだ」
「二部屋も?」
「一部屋は男性二人、もう一部屋は女性のアシスタントが使ってるんだ」
「すごい部屋数があるんだねー?」
「て言っても3LDKだよ。リビングで仕事してるから」
そう言って偉世はリビングのドアを開けて、姫乃を中へ通した。
「広~いっ」
姫乃は自分が想像していた以上の広さにあんぐりと口を開けた。
「な、何畳……?」
「三十だったかな?」
「ひゃー……」
「俺とアシスタント三人分のデスクを置こうと思ったら、これくらいの広さじゃないと足らないねって話になっちゃって。
それにキッチンも合わせた広さだから」
確かにキッチンを合わせると三十畳くらいの広さだ。
一番奥の窓際にソファーとガラステーブルが置いてあり、ちょっとした打ち合わせなんかも出来るようになっている。
そしてその前に偉世のデスク、さらに偉世のデスクの前に向かい合わせでアシスタント達のデスクが配置してあった。
偉世のデスクはアシスタント達のデスクよりも大きく、左側にパソコン、右側には原稿やラフ画などが積まれていた。
「春川さん、ここに座ってて」
偉世は一番奥のソファーに姫乃を座らせると、キッチンにある冷蔵庫を開けた。
少々手持ち不沙汰の姫乃は何気なく窓の外に視線を移した。
すると、自分が仕事場として使っているホテルが見えた。
(あ……)
「どうしたの?」
偉世のマンションから見えるホテルを見つめながら『自分の部屋はどこだっけ?』と考えていると
すぐ後ろで偉世の声がした。
「はい、どうぞ。オレンジでよかったかな?」
すると、彼はグラスに氷と冷たいオレンジジュースを入れて持って来てくれていた。
「ありがとう」
「何か珍しい物でも見えた?」
「あのホテル……」
「あぁ、あれは高級ホテルで有名なベリーホテルだよ」
「う、うん」
「あそこがどうかした?」
「私の仕事場……」
「へっ?」
「ここから見えるんだね」
姫乃は偉世の仕事場の窓から自分が仕事場としているホテルが見える事がなんだか嬉しかった。
「春川さん、あんな高級ホテルの部屋を仕事場にしてるんだ? すげぇー……」
そう言った偉世だが、こんな高級マンションを仕事場としている偉世もわりとすごい。