第一章・第12話 再び -1-
――翌日。
姫乃が登校していると和章と偉世が目の前を歩いていた。
「お、おはよう……」
遠慮がちに声を掛ける姫乃。
「おう! おはよう!」
軽く手を挙げ、にっこりと笑みを返す和章。
「……おはよう」
それとは正反対に無表情なまま振り返った偉世。
(やっぱり……星野君、怒ってるのかな……?)
偉世の隣に並ぼうとし、なんとなく偉世がムッとしているので和章の隣に並ぶ。
「……」
偉世はその事でますます機嫌が悪くなった。
◆ ◆ ◆
「星野のヤツ、どうしたんだろうなぁー?」
その日の昼休憩、中庭のベンチで和章は首を捻っていた。
「なんかさ、今朝からやけに機嫌が悪いんだよ」
「……今朝から?」
「いや……正確には昨日の昼からかな? 弁当に嫌いな物でも入ってて母親と喧嘩でもしたのかな?」
「え、そ、そうなの?」
「うーん、わかんね。でも、それ以外に思いつかないからさ。それに、あいつも今日は学食だったし」
「喧嘩してお弁当作って貰えなかったって事?」
「と、俺は踏んでんだけど」
(そうなのかな? でも……昨夜も星野君、メール返してくれなかったし……)
今まで姫乃がメールを送れば必ず偉世から返信が来ていた。
例え、その日のうちではなくても朝一で『おはよう』と返してくれていたのだ。
それが昨夜も今朝も偉世からのメールは返って来ていなかった。
だから、姫乃には偉世の機嫌が悪いのは親子喧嘩が原因だとは思えなかったのだ――。
◆ ◆ ◆
――翌週。
「春川さん、喜んで下さい!」
週末、いつものように放課後に迎えに来た沢村が満面の笑みを浮かべていた。
「な、なんですか……?」
車の前でぴたりと足を止める姫乃。
「まぁまぁ、とりあえず乗って下さい」
そう言いながら沢村は後部座席のドアを開けた。
「それで、沢村さん、いい話って何なんです?」
車が走り出すと、和章は後部座席におとなしく座っている姫乃よりも先に口を開いた。
という事は、彼もまだ聞いていない話らしい。
「清野先生とのコラボのお話が、また来たんですよ」
「ほ、本当ですかっ!?」
驚く姫乃。
先日の食事デートを断って以来、彼とは気まずくて顔を合わせていなかったし、
彼もまだ許してくれていないと思ったからだ。
その証拠にあの日からずっとメールのやり取りさえしていない。
「えぇ、今日の午前に改めて清野先生側から申し入れがありました」
「でも、アイツ何にも言ってなかったけどなー?」
不思議そうな顔をする和章。
「そりゃあ、いくら新田君が清野先生と仲が良くても正体を隠してるんだし、
学校でそういう話はしないんじゃないかな?」
「それもそうですね。けど、よかったね。やっとコラボが実現するんだから♪」
和章が姫乃に振り返る。
「う、うん……」
「あれ? 嬉しくないの?」
「そ、そんな事ないっ」
「以前とは違って、清野先生の素性を知っちゃったから、どうリアクションしていいのかわからないだけじゃない?」
今の姫乃と偉世のギクシャクした関係などまるで知らない沢村はハンドルを切りながら笑っていた。
◆ ◆ ◆
――週が明けた月曜日。
「じゃあ、始めようか」
昼休憩、いつものように中庭のベンチで打ち合わせを始めた和章。
しかし、今日は姫乃と二人だけではない。
「あぁ」
偉世も一緒だった。
「まず、星野は今回のコラボでどんな事がやりたいとかってある?」
「えっと、今考えてるのは読みきりの漫画とかはどうかな? って思ってるんだけど」
「イラストじゃなくて?」
和章は意外そうな顔で訊ねた。
「うん、春川さんは四コマや普段の二頭身キャラのイラスト以外にも描けるから」
「よく知ってるなぁーっ? 俺ですらそういうイラストはまだ数回しか見た事がないのに」
「ま、まぁ、ファンだから……それくらいは知ってるさ」
偉世は少しだけ顔を赤くした。
その顔を見た姫乃も思わず赤くなる。
「なんか付き合い始めのカップルみてぇーっ」
そんな二人を見て和章はくすくす笑った。
「か、からかうなよ……っ」
偉世はプイッとそっぽを向いた。
「悪い悪い、つい……ちゃんと打ち合わせするからさ。て、星野がそう言うって事はもしかして、
もうストーリーとか考えてあんの?」
「うん、まぁ……」
「じゃあ、今回は読みきり漫画に挑戦してみる?」
和章は姫乃に視線を移した。
「うん」
姫乃は嬉しそうに返事をした。
イラストならともかく、漫画となると偉世と打ち合わせをする回数やそれを口実に会う回数も増えるからだ。
「内容はどんな感じのなんだ?」
「やっぱり一愛先生となら初めてのコラボだし、恋愛モノがいいと思うんだ」
「そうだなぁー、清野四葉と一愛のコラボなら読者としてはやっぱり恋愛モノを期待するだろうなぁ」
「どうかな?」
姫乃に顔を向ける偉世。
「う、うん、私もそう思う」
不意に視線が絡み合い、姫乃は慌てて返事をした。
「でも、ちょっと変わったのがいいかな」
「例えばどんな?」
イメージがまったく湧いていない和章。
「ただの学園モノとかじゃなくて、なんかこう……主人公の女の子が初めは男の子の姿で登場、とか?」
一方、姫乃の頭の中には既にいくつかの案が浮かんでいた。
「そうそうっ」
偉世は姫乃が自分と同じ様な事を考えていたのが嬉しくて、つい身を乗り出した。
「星野、落ち着けよ」
偉世と姫乃の間に座っている和章は苦笑しながら偉世を落ち着かせた。
「何かの理由があって男の子のフリをしてたり、もしくは間違えて男子校に入学しちゃったりとか」
「その逆で何かの手違いで女子高に男の子が入学もしくは転校して来るとか」
「思い切って男装と女装で始まるとか」
「いっその事、人間以外でもいいかも!」
「うんうん!」
意気投合する姫乃と偉世。
和章は二人の間でややポカンとしていた。
……キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン――、
と、ここで五時限目の授業開始を告げる予鈴が鳴った。
「「「あ……」」」
三人は立ち上がり、足早に教室に戻る。
「春川さん、後でメールする」
偉世は一歩後ろを歩く姫乃に振り返った。
「うんっ」
姫乃は例え仕事の話でも嬉しくてそう返事をした――。