第一章・第11話 また誤解 -1-
――数日後。
日曜日の昼過ぎ、偉世はアシスタント三人とファミレスに来ていた。
以前にも姫乃と沢村の二人の姿を見かけた時と同じあの店だ。
あの頃はまさか姫乃が自分と同じ様に素性を隠してイラストレーターの仕事を
しているとは思っても見なかった。
だから一緒にいた沢村の事ももしかして“年上の彼氏”ではないかと誤解していた。
「先生、あれ……一愛先生じゃないですか?」
ふと、そんな事を思い出しているとアシスタントの一人・君原籐子が
小声で店の入口を指差した。
その方向に偉世が視線を向けると、姫乃と和章、それに沢村の三人がウェイトレスに案内され、
近づいて来ていた。
「春川さん」
「あ、星野君」
姫乃は偉世に気が付くと柔らかい笑みを浮かべて手を振った。
「星野君達も来てたんだ?」
「あぁ、ちょうど一段落したから昼飯タイム。春川さんも?」
「うん、私はもう終わったからみんなでご飯を食べて帰ろうと思って」
偉世達と姫乃達は一緒に食事を摂る事になった。
「春川さんの家ってこの近くなの?」
「ううん、家は全然違う方角にあるんだけど、仕事場にしてるホテルがすぐ近くにあるの」
「ホテルの部屋でやってるのっ?」
「うん、私はアシスタントさんとかいないから本当はお家でも出来るんだけど、
それだと気が散るし、後は税金対策とか」
「あはは、俺と同じだ♪」
「星野君の仕事場もこの辺なの?」
「うん、俺も家はここから車で二十分くらいのとこなんだけど、仕事で使ってるマンションが
すぐそこにあるんだ」
偉世は姫乃と仕事場が近い事が判明し、嬉しそうに微笑んだ。
だが、しばらくして偉世が不安そうな表情を浮かべて姫乃の心を探るように訊ねた。
「ねぇ……、ダンスパーティの時も、俺が新田より早く誘ってたら断らなかった?」
「えっ? そ、それはー……」
姫乃は突然そんな事を訊かれ、戸惑っていた。
「星野も春川さんの事、誘ってたんだ? てか、それでもやっぱり断ってたと思うぞ?」
すると、事情……いや、姫乃が和章以外の誘いを断るように仕向けた張本人である和章が
意味深な笑みを浮かべて言った。
「……そっか……、そうだよな……」
その言葉で偉世は姫乃が和章と付き合ってはいないものの、やはり彼の事が好きなのだろうと確信した。
(あれ? けど新田、今『それでもやっぱり断ってたと思うぞ』って言ったな。
という事は新田の奴、春川さんの気持ちを知ってるって事か? いや、だけど……)
「星野、何難しい顔してんだ? 食べないと冷めちゃうぞ?」
食事をしていた偉世の手が止まり、いろいろ考えを巡らせていると和章に言われた。
「えっ? あ、あぁ、うん……」
「もしかして、そのしょうが焼き定食、不味いのか?」
「いや、普通に美味しいよ」
「ちょい味見」
和章は偉世のしょうが焼きを箸で摘み、口に入れた。
「またやってる」
その様子を見ながら姫乃は苦笑いした。
「“また”って、もしかしていつもやってるの?」
沢村は驚いて姫乃と和章に視線をやった。
「たまにお弁当のおかずを強奪されます」
「まったく……先生方になんて事を……。タメ口きいてるのだって、
お二人が普通に接してくれた方がいいって仰るから目を瞑ってるのに」
「だって春川さん家の唐揚げ美味しいんですもん」
「いや、そういう事じゃあ……」
沢村は額に手を当てて呆れていた。
◆ ◆ ◆
――翌日。
「春川さーんっ、森島さーんっ」
昼休憩、学食に行くと和章が姫乃と晶の姿を見つけて声を掛けた。
偉世の目の前でお互い笑って手を振る姫乃と和章。
「春川さん達も今日は学食なんだ?」
「うん、今日はショウちゃんがお弁当持って来てないから」
自然に話し始める二人。
「新田君達も学食?」
「うん」
「新田、俺、春川さんと先に席を確保しておくよ」
偉世は姫乃と二人きりになれるチャンスとばかりに言った。
「うん、よろしく」
偉世の思惑を知る由もない和章は笑顔で答える。
偉世は四人掛けの円卓を確保し、さり気なく姫乃の隣に弁当を置いて座った。
「……春川さん、今週末って仕事詰まってる?」
「んー、どうかな? 後で新田君に訊いてみないとハッキリとはわからないけど、
そんなに忙しくないと思うよ?」
「じゃ、じゃあ、この間約束した食事なんだけどさ……行かない?」
「え……っ」
「だ、駄目、かな……?」
姫乃の反応に不安になる偉世。
「そんな事ないけど、星野君は大丈夫なの?」
「うん、週末に時間が作れるように平日の仕事量を調整すれば大丈夫だよ」
「じゃあ、私も後で新田君に訊いてみて、週末空けられるように頑張ってみるね」
「うんっ」
姫乃の返事に偉世は嬉しそうな笑みを浮かべた。
……しかし――。
「ねぇ、今週末、映画観に行かない?」
和章と晶が姫乃と偉世が待っているテーブルに来ると、和章が姫乃の隣に座りながら言った。
「へっ?」
思わず素っ頓狂な声を上げる姫乃。
つい、数十秒前にも偉世から週末に食事に誘われたばかりで、まさか和章からも
お誘いがあるとは思っていなかったのだ。
「え、と……それって何曜日?」
姫乃は偉世の様子を気にしながら和章に質問した。
「どっちでもいいよ。土曜日の夕方かもしくは日曜日の夕方。て、なんかあんの?」
「ど、どっちも空けておきたいかな……」
「んー?」
和章が意地悪そうな顔で姫乃の顔を覗き込む。
“あの約束忘れたの?”
目がそう言っているようだ。
「う……」
言葉を詰まらせる姫乃。
偉世は隣で二人の様子をそれとなく見ていた。
「てか、両方を空けるのはどの道無理だぞ? 平日に頑張れば週末はどっちか空けられるけど」
「……だよね」
それは姫乃もよくわかっていた。
(春川さん、やっぱり俺が先に誘っても新田の誘いは断らないんだ……)
偉世はなんでもないフリを装いながら和章にハッキリと「今週は無理」だと言わない姫乃を
それとなく横目で見ていた。
しかし、彼女の横顔からは何を考えているのか読み取れなかった。
◆ ◆ ◆
――その日の夜。
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あれから、もう一度
沢村さんともお仕事の
調整をしてみたんだけど、
やっぱり今週末は無理そう。
ごめんなさい。
姫乃
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偉世の携帯に姫乃からメールが届いた。
「はぁー……」
溜め息を吐いて携帯を閉じる。
いつもなら姫乃からメールが来る度、すぐに返事を考える。
だが、この日はメールを返す事が出来なかった――。