第一章・第10話 変化 -1-
――週が明けた月曜日。
今日も自分の仕事場から登校した偉世が教室に向かっていると廊下で姫乃に会った。
「春川さん」
今まではてっきり和章と付き合っていると思い込んでいた所為で、
なんとなく声を掛けられなくなっていた。
だが、彼女が大好きなイラストレーターの“一愛”だと知り、
彼女もまた漫画家としての自分・清野四葉の大ファンだと聞いて以前よりも
二人の距離が近くなった気がしていた。
「あ……」
姫乃は偉世の声に振り向くと、少し驚いたようだった。
「およはう」
「お、おはよう」
ややぎこちない挨拶を交わす。
「星野君、裏門の方から来てなかった?」
「うん、今朝は大滝さんに送って貰ったから」
偉世は姫乃の横に並んで歩き始めた。
「朝までお仕事してたの?」
「じゃなくて、昨夜十二時くらいまで仕事しててそのままそこで寝たから」
「お、お疲れ様」
「う、うん、ありがと」
会話はそこで途切れ、そこからしばらく沈黙が続いた。
そして、姫乃の教室の前まで来ると、再び偉世が少し恥ずかしそうに口を開いた。
「あ、あのさ……も、もし、よかったらまた一緒に食事とか……」
「う、うん」
「今度は二人だけで……とか」
「えっ?」
“二人だけで”と言われ、驚く姫乃。
「あっ、やっぱり二人きりは嫌だよね?」
偉世は“二人きりで”というのはさすがに調子に乗り過ぎたと思い、すぐに取り消そうとした。
「ううんっ、そんな事ないよ」
すると、意外な事に姫乃は嫌ではないと言った。
「じゃあ……、約束」
「うん」
姫乃が嬉しそうに返事をし、偉世も笑みを浮かべた。
それから、二人はお互いの携帯番号やメールアドレスを交換した――。
◆ ◆ ◆
――二日後の水曜日。
偉世は急な原稿修正が入り、学校を休んだ。
例によって“病欠”という事にしている。
すると、昼過ぎ偉世の携帯にメールが届いた。
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風邪って聞いたけど
大丈夫?
姫乃
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(え……春川さんっ?)
偉世は姫乃からのメールに驚き、思わず携帯を落としそうになった。
まさか、姫乃が“病欠”を真に受けて心配してメールをくれるとは思わなかったからだ。
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実は仕事の都合で休んだんだ。
心配してくれてありがとう。
Ise
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偉世はすぐに返事を返した。
本当は“ここ五年くらい風邪はひいた事無いから心配しなくて大丈夫だよ”と打とうとしたが、
それでは姫乃からメールが来る機会が減ってしまうと思ってやめた。
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それならよかった。
新田君も多分お仕事が
入ったんじゃないかって
言ってたんだけど、
星野君から直接聞かないと
なんだか安心出来なかったから。
忙しいのにメールして
ごめんね。
お仕事頑張ってね。
姫乃
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偉世は姫乃からのメールをすぐに大事なメールを保存しているフォルダに入れた。
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ちょうど休憩してたところだし、
春川さんのメールのおかげで
また頑張れそうだよ。
ありがとう。
Ise
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姫乃には“休憩中”と返したが、実はまだまだ休憩を取れそうにない程、
仕事が片付いていなかった。
それで疲れて溜め息を吐いていたところに姫乃からメールが来たのだ。
(よっし! まだまだ! がんばろっと♪)
偉世は大きく伸びをして再びペンを取った。
◆ ◆ ◆
それから二人は時々メールをするようになった――。
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今から夕食。(^-^)
今日はこの後、遅くまで
頑張れるようにハンバーグ。
Ise
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わー、美味しそう!(´∀`)
私はさっき食べ終わったよ。
今日は私の方もお肉。
カツ丼だったよ。
姫乃
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主に週末、お互い仕事の合い間の休憩中の息抜きに。
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春川さんはいつも何時
くらいまで仕事してるの?
Ise
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進捗にもよるけど、
早い時で十時くらいかな。
遅い時は一時くらいまで
やって、次の日に朝早く
起きてやったりとか。
星野君はいつも遅いの?
姫乃
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俺もそんな感じだけど、
たまに徹夜する事もあるよ。
Ise
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ひゃー、やっぱり
漫画家さんは
大変だねー!(゜□゜)
頑張って!(>_<)
姫乃
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でも、春川さんも
いろんなイラスト描かなきゃ
いけないから大変でしょ?
頑張ってね。(^-^)
Ise
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そして、それは偉世と姫乃にとってどんなに仕事が忙しくても行き詰りかけても、
とても嬉しく励まされていた。
コラボの話が無くなり、一時期は二人共とても落ち込んでいたが、
そのおかげでお互いの正体がバレて今ではその関係はいい方向に変化していた――。