第一章・第9話 正体 -2-
(ひゃわわわわわわわゎーっ!!)
ギュッと目を閉じて“絶体絶命のピンチ”を迎えたような顔をする姫乃。
「あ……、君……っ!?」
少し驚いたような沢村の声。
「よう♪」
そして、それとは対照的にまるで仲の良い友達にでも会った様な和章。
「え……」
沢村と和章の視線の先にいる人物は顔を引き攣らせた。
「春川さん、何してるの? 清野先生来たよ?」
和章が小声で囁く。
「で、でも……」
「いいから、ほらっ」
和章は姫乃の肩をガシリと掴み、清野四葉の正面へと体を向けさせた。
「は、春川さんっ?」
姫乃はその声にゆっくりと顔を上げた。
「……」
「な、なんで、春川さんがここにいるのっ?」
「え、えーと……そのー……」
言葉に詰まる姫乃。
「それは、何を隠そう春川さんが“一愛”先生だからだよ♪」
にっこり笑って答える和章。
「に、新田君っ」
「もう隠す必要ないじゃんか」
「で、でも……っ」
「だって、相手は清野先生だぜ?」
しらっとした顔で和章が言う。
「へ……っ?」
ぽかんとする姫乃。
すると、今度は清野四葉と一緒に来た出版社の女性が「あなたが一愛先生だったんですか……」と言い、
続けて「こちらが清野四葉先生です」と姫乃の正面にいる人物を紹介した。
「え、嘘……」
姫乃は呆然と立ち尽くし、正面に立っている人物に視線を移した。
「……」
その人物もまた姫乃をじっと見つめたまま動かないでいた。
「……そんな……だって……清野先生って、女性じゃ……?」
「まぁ、あのペンネームなら誰だってそう思うよな?」
和章は清野四葉をちらりと見やる。
「星野君が清野先生だったなんて……」
「……てか、新田は全然驚かないけど知ってたのか?」
偉世は平然としている和章に逆に驚いていた。
「あぁ、少し前から気付いてた」
「「な、なんでっ?」」
姫乃と偉世が同時に声を上げる。
「先週、春川さんから清野先生直筆の手紙を見せて貰った時、星野の字にそっくりだったし、
それにこいつの名前は星野偉世でペンネームが清野四葉だろ?」
「う、うん」
姫乃はそれがどうかしたのかという顔だ。
「清野四葉を逆から読んでみ?」
「えーと……、ほ・し・の……い……あっ!」
「気が付いた?」
和章はにやりと笑った。
以前、彼の姉だと言って車で迎えに来ていたあの三十代の女性は大滝と言って
沢村と同じ出版社で偉世の担当編集者だった。
沢村が彼女の顔を見ても同じ会社の人間だと気が付かなかったのは職場が違うかららしい。
そして、一緒にいる二十代の男性二人と女性の三人は彼のアシスタントだったのだ。
「今回はホントにごめんね……俺の仕事が進んでなかった所為で……」
「ううん……て、星野君が時々学校をお休みしてたのって……もしかして、お仕事してたの?」
「うん、本当は学校に支障がない程度に抑えてもらってるんだけど、
俺が上手く仕事を片付けられなかった時は“病欠”って事にしてるんだ」
しかし、最近の“病欠”とコラボがなくなったのは実は姫乃が原因だった。
姫乃の事が気になるあまり、偉世は仕事が手につかなかったのだ。
「けど、謎の病欠は解明出来たけど、なんで時々裏門から帰ってるんだ?」
今度は和章が偉世に質問をする。
「あぁ、それは大滝さんに迎えに来て貰う時はいつも裏門から少し離れた所に
車を停めて待ってて貰ってるんだ。車に乗るところを誰にも見られたくないから」
「て事は“彼女説”は崩れたな」
「何、その“彼女説”って?」
偉世は不思議そうな顔を和章に向ける。
「実は俺達、星野が裏門から帰ってるのはきっと近くに彼女の家でもあって
寄ってるんじゃないかって言ってたんだよ。な?」
ちょっと悪戯っぽい目で姫乃にちらりと視線を移す。
「う、うん」
「え、俺、彼女なんていないしっ」
姫乃が頷くと偉世は慌てて首を横に振りながら答えた。
「てか、新田と春川さんこそ、付き合ってるんじゃなかったのか?」
「とんでもないっ」
すると今度は和章が口を開くよりも早く姫乃が否定した。
「そんな速攻で否定しなくても……まぁ、事実付き合ってないけどな」
「じゃあ、なんでいつも二人きりで中庭で話してるんだ?」
「あれは打ち合わせしてるんだよ。春川さんが絶対自分が“一愛”だっていう事を
バレたくないって言うから」
「それならそうと言ってくれればよかったのに」
偉世は少し苦笑いしながら姫乃と和章が付き合っていないと知り、ホッとしていた――。