行軍
重たい空の下、広場には、鎧纏う騎士、ローブはためく魔術師、さらにその他兵士が整然と並び連なる。そして、その皆が、一所を仰ぎ見て今に言葉を待つ。
空高く突き出し、そびえ立つ城——。その中腹当たりに、一人の男が堂々と風を受けて立つ。
白髪に豪勢な髭。刻まれた皴には長者の風格を見せる。
——エスタイン=ド=セフィアコート。
国王の演説が始まろうとしていた。
「諸君。今我々は、窮地にある」
低く深みのある声が、静かながら確かに響く。
「魔王にこの領土の大半を奪われ、多くの民を失い、大きな悲しみを抱えている」
エスタイン王は、深く息を吸った。
「だがしかしっ、それも今日で終わりとしようではないかっ。今、ここから我々はすべてを奪い返す」
グッと握った拳を胸に掲げて、彼は続ける。
「今まで唯一奴らが奪えなかったものはなんだ。我らの中に未だ残るものはなんだ‥‥。そうだ、希望だ。そう、勇気だ。そして——」
王は真っすぐ眼下の兵を眺めた。
「戦い続ける意志だ‥‥! 勝機は我々の内にある。来たる太平の世、今日をその礎としようではないか!!」
「おおおおお!!!!」
二千余の兵が、叫ぶ。その声は大地を揺らす。掲げられた旗と剣と杖は、灰の世界に一段と鮮やかでいて、彼らの覚悟が共に宿っていた。
ただ、そんな興奮の中にも、先頭に立つ男だけは王を睨みつけていた。
「団長?」
「‥‥ん? ああ。すまん」
背中にいた、オレリアの声に、セドリックは我に返るよう息を吐いた。そして、自身も剣を掲げ、一言。
「いくぞお前ら!!」
「おお!!」
その掛け声に合わせて、兵士たちは踵を返し城下へ進んだ。
普段は閑散とした町も、通りに人々が立ち並び、大きく声援が飛び交った。
そんな熱狂の街道を抜け、重い城門がゆっくりと上ると、その先は戦場。堂々たる足取りにやや緊張が混じり、陣形が組まれる。
前方に騎士、その後方に魔術師と弓兵が並び、さらに後方には物資運搬の者たちと護衛の騎士。
そのままに進みゆき、荒れた平野部を抜け、とうとう一行は森に入るところまで来た。そこで、今度は多少陣形を崩し、三つの組に分かれた。
森に開いた大きな道を、遠距離主軸の部隊が往き、左右の道なき道を騎士主軸の部隊が往く。
ただでさえ暗い森は、陽光の差さないために、不気味さも従えていた。加えて、大通りにはあちこちに雑草が生え、木の芽さえもある始末だった。
「うわっ」
突然、森の中を往く先頭の騎士が立ち止まった。
「うおお!」
そして、剣をぬくと、地面に向けて思い切り突き下ろした。
浴びる返り血に、荒れた呼吸。
彼の目の前には、赤い毛並みをした狼の魔獣が力なく倒れていた。
そして、彼が目を上げた先には、同種の魔獣が多数。
「て、て、てて敵ですっ」
全員が身構えた。
剣を抜き、矢をつがえる。
葉がひらひらと一枚落ちる間にも、じっと耐え、魔獣を見つめる。
「おい待て、なんかあいつら寝ていないか?」
一人の騎士がそう言うと、示しを合わせて、皆がゆっくりと前進する。すると、確かに魔獣たちは横たわっていた。
「おい、息してないぞ」
「共食いか?」
「さあ?」
先頭に出た騎士が首を傾げると、後方から「おい、どうなんだ」と伝言が流れて来た。彼は、「死んでる」と奥まで聞こえるように言った。
「なら、さっさと進めっ」
後方にせかされ、その騎士はまたゆっくりと歩き始めた。
鳥も鳴かぬ、虫も鳴かぬ、木々も静まる妙な静けさの中を彼らが進んでいると——全員が息をのんだ。
森の中だけではない、大きな道の方にまで、幾つもの残骸が転がっていた。蔦の這いずり回るのは、既に輝きを失った甲冑。さらに、折れて土の被さる剣。
皆、目を伏せて進んだ。
森を進む中にいたオレリアも、唇をかみしめて歩いた。
ただ、彼女はその中に、未だ自然に飲み込まれていないものを見つけた。
食い散らかされた痕はあるものの、宿る魂だけは残るように、輝く剣が地に刺さっていた。
彼女はそれを引き抜くと、腰に携えて、また歩き始めた。
その後も、接敵なく、妙な静けさの中を一行は進んだ。ただ、兵士の残骸と共に、魔獣の死骸も並んで増えていた。
そして、しばらく往くと、皆の足取りは慎重になった。
四方に睨みをきかせて、盾と剣を構えて。その足元には魔獣の足跡。
騎士たちが傾斜になった森の中を先行し、その僅か後方で、魔術師や弓兵は待機していた。
そして、騎士たちも勾配終わる手前で足を止める。
その先には、曇天の下に崩れかけの砦の壁。獣の臭いも僅かに漂う。
オレリアは、微かに喉を動かした。




