交錯
漂う死臭にその場の全員が顔をしかめた。
「また共食いか?」
「‥‥いや、でも鎧もないか?」
「そんなんどうでもいい。さっさと片付けるぞ」
そこにいたのは兵士たち。彼らは、今朝方砦を出立した後、川辺に進行し陣の設営を行っていた。
結界の内で、残骸を除去。そして、テントを張っていく。
——穏やかな流れに、水面はキラキラと輝く。
そうして、あらかた残骸の片付けが終わった時だった。突然、反対岸にて作業していた者が声を上げた。
「おいっ。救護班!! ひ、人がっ」
その声に数名が浅い川を渡り、担架を持って駆け寄る。
そこにいたのは、鎧を纏った騎士だった。他、死骸とも呼べぬほどの中、たった一人、人型を残して寝息を立てている。
その兜がそっと外されると、さらりと金髪が頬を滑った。
皆、顔を合わせ頷くと、「せーの」とその者を担架に乗せ、向こう岸のテントの中へと運び込んだ。そして、救護隊が丁寧に鎧を脱がせる。
すると、覗いたのは柔肌——全身に何も覆わぬ女体。
その肌は、乳白色だけで傷一つない。
全員が生唾を飲み込んだ。
彼らは、そーっと目を細めつつ、彼女の体に手を伸ばす——。
「おいバカども。風邪ひくだろうが」
ビクッと全員の手が止まった。
それと同時に、寝ていた彼女が目を覚ます。
青の瞳が、パチパチと二度瞬きをした。
「‥‥こ、ここは」
皆急ぎ手を引いて、そっぽを向く。
それに首を傾げつつ、彼女は上体を起こした。
そして、あちらこちらを見回した後に、最後視線の落ち着いたのは自身の体だった。
「はっ」
そのふくよかな胸に手が添えられ、頬の赤く染まりながら鋭い目が周囲を睨む。
「お前らの目的はなんだっ」
「ち、違うんだ。俺たちは——」
「うるさいっ」
拳が一人に迫った。
しかし、寸前でそれは止まった。
「落ち着けオレリア。こいつらはただ倒れてたお前を運んだだけだ」
「だ、団長‥‥」
オレリアの拳をセドリックが受け止めていた。
そして、その手をゆっくり下ろして口を開く。
「お前ら、設営の続き手伝ってこい。後は俺が見ておく」
「は、はいっ」
救護隊は駆け足にテントから出ていった。
「お前はとりあえずこれ着とけ」
セドリックが差し出したのは、白のブラウスにベージュのズボン。
「は、肌着は‥‥」
「んなもんねえよ」
「はあ」、と溜め息を吐きつつ、オレリアはブラウスに袖を通した。
風に木が揺れ、サワサワと優しい音を奏でる。
「で、なんでお前はこんなとこで倒れていたんだ?」
「こんなところとは?」
「次の砦前の川辺にだよ」
セドリックの問いに、オレリアは首を傾げる。瞳には困惑の色を浮かべていた。
「‥‥なぜ、そんなところに?」
「俺が聞きたいんだよ。昨日何してたんだ?」
「昨日は‥‥」とオレリアは顎に手を当て応える。
「昨日は確か、夕刻まで訓練場で素振りをして。それで‥‥」
とその先は言葉が続かなかった。
「すみません。覚えていなくて‥‥」
「‥‥そうか」
セドリックは、天井を見上げた。
そして、すぐにオレリアへ目を戻す。
「いや、大丈夫だ。また何か思い出したら教えてくれ」
「はい」
そうしてセドリックは踵を返し、外へと向かう。
「今日はとりあえず安静にしてろ」
「‥‥わかりました」
歯切れ悪くもオレリアは頷いた。
依然として陽光はキラキラと水面を輝かせている。
テントの影から出て、それを一身に浴びつつセドリックは森の続く先を見つめた。
「どうだった?」
テントの外へ出たセドリックに、そう声をかけたのはソフィアだった。
「覚えてないそうだ」
「よかったな」
「‥‥ああ」
セドリックはそう言って、テントの方を振り返った。
「心配か?」
彼に歩み寄ってソフィアが訊くと、「まあな」とセドリックは応えた。
「それにしても、良く生きていたものだな」
「それだけじゃねえ。傷一つもなかった」
その言葉にソフィアの眉がひそんだ。
流れる風が、彼女の黒髪を流す。
「薬を飲まなかったのか」
「それで生き残れる状況でもなかったろうよ」
「だが、それならどうして——」
ソフィアが目を向けた先、セドリックは鋭く虚空を睨みつけていた。
「それを込みで、色々とエレオノールには聞かねえとな」
その声は低く震えていた。
奥では砂利の上を兵士たちが設営のため、動き回っていた。
「その前にまずは明後日の戦いが先だぞ」
ソフィアの言葉にセドリックは一つ息を吐きだし、口を開いた。
「‥‥わかってるよ」
セドリックは吐き捨てるように言うと、設営の方へと戻っていった。
禍々しく岩肌の内の様な空間が広がる。その最奥、真紅のカーペットが続く先——五段上がった先には、天まで背もたれが伸びる玉座。
鋭い牙がむき出しのままに、肩ひじをついてそこに腰かける者があった。
「魔王様。奴ら、第二の砦前に陣を築き始めたそうです」
こちらも、牙を生やし、背には黒々とした翼が二つ。
赤黒い肌をした魔人が、跪いていた。
「ふん。それで」
地を揺らす程の低い声が響いた。
それに、毛先を震わせながらも、魔人は口を開く。
「はい。数としてはこちらが勝っているかと。‥‥ただ、前回の様な事がありますと、なんとも」
魔王の牙が、壁にぶら下がる照明の火によって鋭く光った。
「譲る気か?」
その一言で風が吹き抜けた。
照明は大きく揺れ、空間も歪む。
「‥‥いえ。万全の準備をしておきます」
「それでいい」
そう言って、魔王は紅い瞳を鋭くし続ける。
「それと、その以前に現れたという、黒の狼についても調べておけ」
「はっ」
魔人は、 影に溶けるようにその場から消えた。
しんと、静まったその場。
そこへ、天を走る雷鳴が響いた。
荒れ果てた大地に、ただ一つせり上がって——巨大な塊が一際おぞましくいる。
悪天の下に、そびえるのは、魔を統べる王の根城。
周囲の草木は皆枯れた。生き物も皆、魔に飲まれるか、そうでなければ死んでいった。
——魔王城。
その内で、笑い声がこだましていた。




