前哨戦——狂乱騎士
月夜の森を数台の馬車が駆ける。ガタガタと足場の悪い中を進みゆく。
帆布に囲われた荷台に乗るのは、鎧纏った兵士たち。だが、それぞれが、片腕のない者をはじめ、鎧の中に大きな負傷を隠している。
ただ、その内に一人だけ傷のない者がいた。
「なあ、こんなけが人ばっか集めて。特別任務ってなんだろうな?」
「さあな」
一言交わされ、暗闇に青い目が薄く光る。
オレリアは、後ろの帆布をそっと動かし外を覗いた。
彼女らが城を出たのが、丁度日が朱色を帯びる前あたりの頃。今は、馬車に吊るされた明かりが、煌々と輝く程には暗くいる。
オレリアの瞳は細く、闇を睨むように見つめていた。
「ヒヒィーン」
嘶きと共に、馬車が止まった。
車輪が僅か滑り、中の兵士たちは慣性に揺れた。
「ここから先は徒歩で行く」
手綱を握る騎士がそう言うと、ぞろぞろ多数の騎士が荷台から降りる。
そして、カチャカチャと鎧の出す音が静寂の森に散る間に隊列が成された。
「いいかっ。よく聞けっ——」
先頭の騎士が、静かながらも語気強く言う。
「ここから先へ進む前に、こいつを渡しておくっ」
そうして彼は、カゴから小瓶を取り出し回した。
中身は液体。薄茶の透けた瓶の内でそれはさらさらと縁を滑っていた。
「皆届いたか。これは、今回の作戦で非常に重要なものである。私が飲めというまで絶対に蓋も開けるな」
「わかったか」と、彼は言うと甲冑を被った。
その片目を覆うように巻かれた包帯は、陰に潜んだ。
「では、行くぞ」
かつては整備されていた跡はあるが、騎士たちの進む道は荒れていた。凹凸が激しく、雑草は膝辺りまで伸びる。
ただ、その道も途中で折れて、彼らは木々の合間へと入っていった。そして、傾斜の付いた中、小さな明かりを頼りに木の葉の上を下っていった。
すると——、
サー、サー。と川のせせらぎが、彼らに押し寄せる。
そこで、先頭の騎士が立ち止まった。
その手は、腰に下げた小瓶へと向いた。
「総員、瓶の蓋を開けろ」
ポンと、コルクの抜ける音が、あちこちでなった。
「いいか、カウントをする。それで飲み、突撃だ」
「と、突撃!?」
一瞬ざわめきが起こったが——。
「飲まなければ死ぬぞ。五、四——」
有無を言わさぬ芯の通った声音で、数が下る。
それに、空気が張りつめた。
「三、二、一」
先の川辺には、赤い眼光が揺れる。
騎士は皆、冑の前方を上げその口元には飲み口が着く。
「飲め!!」
コポコポコポと、液体が総員の体内へと流れる。
「突撃ぃい!!」
そして彼らは、勢いよく川辺へと駆け下りていった。
月下、開けた川辺に、鈍く銀が光る。
騎士の白刃の向く先は、魔獣。
河原の砂利が血に濡れる。
総勢百を越えようかという赤い狼を、騎士たちは斬り倒していく。
ただ、そこに洗練された太刀筋はない。
あるのは、獣の様に荒く力任せに剣を振るう姿。
人間と魔獣ではなく、理性のない獣の喰らい合い。
「うらあああ!!」
牙と剣がかち合い、キンと甲高い音が空を裂く。
魔獣たちはとにかく噛み付く——。
しかし、足、腕、胴、血の垂れているのに、騎士たちは雄たけびを上げ斬り進む。
魔獣たちは次々と地に伏し、瞳から光を失う。
「アオオオン!!」
遠吠えが、山間に響いた。
川を挟んで、奥の森からせせらぎを掻き消す程の重なった足音が迫る。
そして、ずらりと川に沿って並ぶは——魔獣。
白い毛並みの狼が、多数、闇より姿を現した。
その口が大きく開く。すると、内からボッと小さく火の玉が浮かんだ。それは直ぐに膨れ上がって。
——ボンッ。
木々が燃える。水面に炎が映りこむ。
突如として夜の明ける程に周囲が明るくなった。
それにより、照らし出される焼け焦げた石と鎧。加えて、ただれた肉も覗く。
しかし、刃は折れなかった。悲痛の叫びもなかった。
騎士の一人、彼の兜が落ち露になったのは、焦点の飛ぶ瞳。口角は目一杯に釣りあがっている。
今に朽ちそうな体にして、二足で立ち魔獣を斬り捨てる。
胴体へ魔獣が飛びつけば、喰わせて上から突き刺す。溢れだす血も気にすることなく、彼は片腕を狂乱の如く振り回す。
「ガハハハッ!!」
祭りに興じた酔っ払いよりも、おぼつかない足取りで、しかし、確実に命を仕留める。自身の傷など顧みず、バキバキ、ぐしゃぐしゃ、骨を砕かれ肉を裂かれても尚、魔獣を殺していく。
——ただ、それは彼だけではない。
そこにいる騎士皆が、その様相で魔獣を喰らっていた。
それでも、数の多さを前に騎士たちの体は崩れ落ちて。重なるように火にも焼かれ、無惨な姿を晒す。
とうとう、下半身を失う者もいた。
だが、その者は砂利の上を這いつくばり、自身の血で尾を引きながらも魔獣に牙をむく。剣を刺し、それも失えば、噛み付く。
燃え上がる木々から熱風が舞い上がる。その先は闇。
狂った騎士たちは、そのままに戦い続け命を賭して赤い狼を殲滅した。
残るは、一人の騎士と白の狼。
「アーハハハハッ」
高笑いが響いた。
次には、騎士が幅の広い川を一蹴りで渡った。
天より星の落ちるように、白刃が線を描く。それを追い、火の玉が飛ぶ——。
鮮血が舞った。川に沿って血が流れる。
せせらぎが戻った。
最後、立っていたのは、一人の騎士。
ただそれも、体のあちこちから血を吹き出し、力なく膝から崩れ落ちた。
そのまま夜は更け、朝日が昇る。
赤い血と、すすけた銀。川辺にあるのはただの残骸。
その上空を一羽の鳥が往った。
鷹揚に長い尾と大きな翼を広げて、睥睨する。
翼から一枚の羽根が抜けた。
羽は、風に流され川辺にゆらゆらと落ちた。
ふわり乗ったのは、鎧の上。すると、その周囲が淡く光った。
形を失っていた肉片が、集まり一つの人型を作っていく。
それは、鎧の内に収まって、金の長髪が兜から覗いていた。




