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今日も彼は誰かを救っている  作者: 楪 一歩


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10/18

影を喰らう狼

 オレリアはとにかく斬った。その度に血が飛んだ。

 しかし、それでも魔獣が負った傷は消え、やはり何事もなかったかのように起き上がる。


 雨によって冷たい空気が満ち、オレリアの甲冑からは白く蒸気が漏れだす。

 肩で息をして、鎧には傷——。


 「ガウッ」


 一匹の魔獣がオレリアに飛びついた。


 どうにかそれを弾くも、彼女は後方へ飛ばされた。宙を舞うところに、左右からゴブリンが棍棒で殴り掛かる。オレリアは剣で受け止めるが、それは片方だけ。左から振り下ろされた棍棒が、彼女のみぞおちを打ちのめした。


 バシャンと泥が飛び散り、彼女の手から剣が抜け落ちる。オレリアは、背中を思い切り打ち付け、地面に弾んだ。


 それを逃さず、赤毛の狼が彼女の右腕に噛み付く。


 「アァッ!!」


 バキバキと砕ける音と共に、オレリアの悲鳴が響く。

 さらに別の狼が右足に牙を立てる。


 ——音のない喘ぎ。甲冑の奥で、その顔は大きく歪む。

 彼女に死が迫る——。


 「ガウッ」 


 断末魔と共に狼の首が宙を舞った。それも二つ。


 オレリアの左手には、白刃。それを雨と血が伝う。

 ベルトにに携えたもう一本の剣を引き抜いて、オレリアは襲い来た魔獣を薙ぎ払った。


 ただし、満身創痍に膝をつく。彼女は剣に寄りかかり立ち上がるが、右腕は力なくぶらりと垂れ下がっている。


 また、雨足が強くなった。

 大雨の下に数多の魔獣。

 騎士の半数は既に死んでいた。制圧一歩手前で、形勢逆転。そこは地獄と化した。


 「撤退だっ」


 砦の壁際で、魔獣を切り裂きセドリックが言った。


 「早く伝令をっ——」


 彼が目を向ければ、伝令役はゴブリンに叩き潰されていた。


 セドリックはそのゴブリンを斬り捨てて、伝令役のカバンを拾い上げ漁った。そして、彼は手で雨よけをしてどうにか導火線に火をつけた。

 そのまま立ち上がると、彼はまた剣を構えた。


 「はは」とセドリックは笑った。その笑顔は乾いている様で、貼り付いたものではなかった。

 雨のカーテンの中、赤く魔獣の瞳が揺れる。


 天高く、パンと弾けたのは、青の信号弾だった。

 天から降り注ぐ水の槍が魔獣を貫く。

 ——が、どうしても魔獣は、蘇った。そして、喰いにかかる。


 セドリックは剣を置いた。そして雨空を見上げる。

 甲冑の頬を雨粒が流れ、落ちていく。彼はやはり笑っていた。


 「——アオオーン」


 雨音を裂き、突然響く遠吠え。

 それは、赤毛の狼のものではなかった。


 ——黒い影。


 戦場の中心に、地面から、黒い何かがせり上がって形を成していく。雨をはじき、くりぬかれたように、景色を飲み込んで。


 そこには黒の狼——影喰が立っていた。


 影喰は、雨を浴びるままに鎮座した。魔獣も騎士も全ての視線を集めていた。

 影喰の顔がゆっくりと動き、辺りを見回す。


 赤の狼はそれに「グルル」と喉を鳴らし、ゴブリンは身構える。

 ただ、影喰は一歩も動かない。


 雨のみが、戦場に落ちる——。それを破ったのは、魔獣だった。


 周囲の魔獣は一斉に、影喰へと飛びかかった。

 剝き出しの牙に、鋭い爪。


 それが影喰に届こうかという時、空を一筋の稲妻が走った。

 伴い影が生まれる——。 


 「‥‥また、まただ」


 ボロボロの体の、オレリアの口から言葉が漏れた。


 魔獣は皆死んだ。

 稲妻が走ったその一瞬で、砦の魔獣は皆死んだ。三階にいた猫背のゴブリンも、パタリ床に伏していた。

 ただ、雨は魔獣だけではなく、人の屍も同様に濡らす。


 「アオオーン」


 影喰は、最後砦の上にて遠吠えをあげ姿を消した。


 その姿を、オレリアは虚ろに見上げた。

 そして、そのまま地面に倒れ込んだ。



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