影を喰らう狼
オレリアはとにかく斬った。その度に血が飛んだ。
しかし、それでも魔獣が負った傷は消え、やはり何事もなかったかのように起き上がる。
雨によって冷たい空気が満ち、オレリアの甲冑からは白く蒸気が漏れだす。
肩で息をして、鎧には傷——。
「ガウッ」
一匹の魔獣がオレリアに飛びついた。
どうにかそれを弾くも、彼女は後方へ飛ばされた。宙を舞うところに、左右からゴブリンが棍棒で殴り掛かる。オレリアは剣で受け止めるが、それは片方だけ。左から振り下ろされた棍棒が、彼女のみぞおちを打ちのめした。
バシャンと泥が飛び散り、彼女の手から剣が抜け落ちる。オレリアは、背中を思い切り打ち付け、地面に弾んだ。
それを逃さず、赤毛の狼が彼女の右腕に噛み付く。
「アァッ!!」
バキバキと砕ける音と共に、オレリアの悲鳴が響く。
さらに別の狼が右足に牙を立てる。
——音のない喘ぎ。甲冑の奥で、その顔は大きく歪む。
彼女に死が迫る——。
「ガウッ」
断末魔と共に狼の首が宙を舞った。それも二つ。
オレリアの左手には、白刃。それを雨と血が伝う。
ベルトにに携えたもう一本の剣を引き抜いて、オレリアは襲い来た魔獣を薙ぎ払った。
ただし、満身創痍に膝をつく。彼女は剣に寄りかかり立ち上がるが、右腕は力なくぶらりと垂れ下がっている。
また、雨足が強くなった。
大雨の下に数多の魔獣。
騎士の半数は既に死んでいた。制圧一歩手前で、形勢逆転。そこは地獄と化した。
「撤退だっ」
砦の壁際で、魔獣を切り裂きセドリックが言った。
「早く伝令をっ——」
彼が目を向ければ、伝令役はゴブリンに叩き潰されていた。
セドリックはそのゴブリンを斬り捨てて、伝令役のカバンを拾い上げ漁った。そして、彼は手で雨よけをしてどうにか導火線に火をつけた。
そのまま立ち上がると、彼はまた剣を構えた。
「はは」とセドリックは笑った。その笑顔は乾いている様で、貼り付いたものではなかった。
雨のカーテンの中、赤く魔獣の瞳が揺れる。
天高く、パンと弾けたのは、青の信号弾だった。
天から降り注ぐ水の槍が魔獣を貫く。
——が、どうしても魔獣は、蘇った。そして、喰いにかかる。
セドリックは剣を置いた。そして雨空を見上げる。
甲冑の頬を雨粒が流れ、落ちていく。彼はやはり笑っていた。
「——アオオーン」
雨音を裂き、突然響く遠吠え。
それは、赤毛の狼のものではなかった。
——黒い影。
戦場の中心に、地面から、黒い何かがせり上がって形を成していく。雨をはじき、くりぬかれたように、景色を飲み込んで。
そこには黒の狼——影喰が立っていた。
影喰は、雨を浴びるままに鎮座した。魔獣も騎士も全ての視線を集めていた。
影喰の顔がゆっくりと動き、辺りを見回す。
赤の狼はそれに「グルル」と喉を鳴らし、ゴブリンは身構える。
ただ、影喰は一歩も動かない。
雨のみが、戦場に落ちる——。それを破ったのは、魔獣だった。
周囲の魔獣は一斉に、影喰へと飛びかかった。
剝き出しの牙に、鋭い爪。
それが影喰に届こうかという時、空を一筋の稲妻が走った。
伴い影が生まれる——。
「‥‥また、まただ」
ボロボロの体の、オレリアの口から言葉が漏れた。
魔獣は皆死んだ。
稲妻が走ったその一瞬で、砦の魔獣は皆死んだ。三階にいた猫背のゴブリンも、パタリ床に伏していた。
ただ、雨は魔獣だけではなく、人の屍も同様に濡らす。
「アオオーン」
影喰は、最後砦の上にて遠吠えをあげ姿を消した。
その姿を、オレリアは虚ろに見上げた。
そして、そのまま地面に倒れ込んだ。




