縁側に残るもの
正月の朝は、考えごとがうるさい。
家の中は静かなのに、頭の中だけが忙しい。
私はいつもの場所に座って、外を見ていた。
冬の光は低く、縁側まで長く伸びて、境目を曖昧にする。ここにいると、時間の進み方まで少し緩む気がした。
玄関のほうで、久しぶりの気配がした。
鍵の音。靴を脱ぐ音。ほんの一瞬のためらい。
——帰ってきたな。
毎年この時期になると、同じ気配が戻ってくる。
それでも、年を追うごとに少しずつ違っていた。匂いも、間の取り方も、空気の重さも。
私は声をかけなかった。
昔から、口数が多いほうではない。聞いているほうが楽だったし、そのほうが家の空気も荒れなかった。
この家に、子どもはひとりしかいなかった。
それ以外は、入れ替わりはあっても、長く残るものではなかった。
私は、気づけばずっとここにいた。
居間の向こうで、笑い声がした。
少し無理をしているような、それでもそれを悟られまいとする響き。
私は視線を戻して、また外を見る。
変わらない景色は退屈だが、疲れもしない。
正直に言えば、私は最近、少し困っていた。
長く同じ姿勢でいると、体のあちこちが気になる。
以前なら意識せずに済んだ小さな違和感が、今は無視できない。
年相応、という言葉で片付けてしまえば、それまでだ。
ただ、ときどき考える。
このままでいいのだろうか、と。
場所を変えるほどの理由はない。
けれど、何かを変えなければならない気もする。
答えは出ないまま、時間だけが過ぎていく。
夜、家が静まり返ると、あの子は天井を見つめていた。
考えごとをしているときの顔だ。
話すことはなかった。
けれど、不思議とわかる。
あの目は、同じ問いを抱えている。
その夜、家はいつもより長く起きていた。
灯りが消えるのが遅く、音も完全には途切れない。
私は、いつもの場所で目を閉じていた。
すぐ近くに、別の呼吸がある。
同じ空間に誰かがいるというだけで、
眠りは浅くなったり、深くなったりする。
それは昔から変わらない。
布の擦れる音。
寝返りの気配。
ときどき、ため息。
言葉は交わさなかったが、
そこにいることは、互いに分かっていた。
眠りにつくと、夢を見る。
私は道の途中に立っている。
前にも後ろにも行けるが、どちらにも決め手がない。
高い場所がある。
登れば景色はいいだろうが、風が強そうだ。
低く、狭い道もある。
派手さはないが、足元は確かだ。
どちらも正しくて、どちらも不安だった。
そこに、あの子が現れる。
大きくなって、少し疲れた顔をしている。
「どうしたらいいと思う?」
そう聞かれた気がした。
私は答えない。
代わりに、歩き出す。
選んだのは、よく知っているほうの道だった。
途中に、温かい場所がある。
急がなくていい。立ち止まっても、誰にも咎められない。
後ろから、足音がついてくる。
一定の距離を保ったまま。
それでいい。
一緒に並ぶ必要はない。
目が覚めると、朝だった。
家の中は静かで、どこか満ちている。
翌日も、その次の日も、
家は少しだけ賑やかだった。
食卓に座る時間が増え、
テレビの音が途切れなくなり、
何でもない話が、何度も繰り返される。
私は、変わらず同じ場所にいた。
遠くへ行く必要はない。
ここにいれば、だいたいのことは分かる。
数日が過ぎて、
また、あの準備の気配が家に満ちる。
鞄の音。
玄関に集まる空気。
今度は、短い言葉が落ちてきた。
「またね」
それで十分だった。
玄関が閉まる音を聞いて、
私は、元の場所に戻る。
来たときよりも、足音は軽い。
それは、確かだった。
それを感じて、
私の中の重さも、少しだけ抜けた。
陽だまりは、思ったより低い。
昔より、床が近く感じる。
体を丸めると、自然に尾が足元に触れた。
白と灰色の、慣れた感触。
ああ、と思う。
今年の初夢を見ていたのは、どうやら私のほうだったらしい。
言葉で背中を押すことはできない。
同じ道を歩くこともできない。
それでも、帰ってきた気配を感じて、
同じ高さで、同じ時間を過ごすことくらいはできる。
それで十分だ。
縁側で、静かに目を閉じる。
外は寒いが、ここはまだ、温かい。




