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縁側に残るもの

作者: 橘響
掲載日:2026/01/03

正月の朝は、考えごとがうるさい。

家の中は静かなのに、頭の中だけが忙しい。


私はいつもの場所に座って、外を見ていた。

冬の光は低く、縁側まで長く伸びて、境目を曖昧にする。ここにいると、時間の進み方まで少し緩む気がした。


玄関のほうで、久しぶりの気配がした。

鍵の音。靴を脱ぐ音。ほんの一瞬のためらい。


——帰ってきたな。


毎年この時期になると、同じ気配が戻ってくる。

それでも、年を追うごとに少しずつ違っていた。匂いも、間の取り方も、空気の重さも。


私は声をかけなかった。

昔から、口数が多いほうではない。聞いているほうが楽だったし、そのほうが家の空気も荒れなかった。


この家に、子どもはひとりしかいなかった。

それ以外は、入れ替わりはあっても、長く残るものではなかった。

私は、気づけばずっとここにいた。


居間の向こうで、笑い声がした。

少し無理をしているような、それでもそれを悟られまいとする響き。


私は視線を戻して、また外を見る。

変わらない景色は退屈だが、疲れもしない。


正直に言えば、私は最近、少し困っていた。


長く同じ姿勢でいると、体のあちこちが気になる。

以前なら意識せずに済んだ小さな違和感が、今は無視できない。


年相応、という言葉で片付けてしまえば、それまでだ。

ただ、ときどき考える。

このままでいいのだろうか、と。


場所を変えるほどの理由はない。

けれど、何かを変えなければならない気もする。

答えは出ないまま、時間だけが過ぎていく。


夜、家が静まり返ると、あの子は天井を見つめていた。

考えごとをしているときの顔だ。


話すことはなかった。

けれど、不思議とわかる。

あの目は、同じ問いを抱えている。


その夜、家はいつもより長く起きていた。

灯りが消えるのが遅く、音も完全には途切れない。


私は、いつもの場所で目を閉じていた。

すぐ近くに、別の呼吸がある。


同じ空間に誰かがいるというだけで、

眠りは浅くなったり、深くなったりする。

それは昔から変わらない。


布の擦れる音。

寝返りの気配。

ときどき、ため息。


言葉は交わさなかったが、

そこにいることは、互いに分かっていた。


眠りにつくと、夢を見る。


私は道の途中に立っている。

前にも後ろにも行けるが、どちらにも決め手がない。


高い場所がある。

登れば景色はいいだろうが、風が強そうだ。


低く、狭い道もある。

派手さはないが、足元は確かだ。


どちらも正しくて、どちらも不安だった。


そこに、あの子が現れる。

大きくなって、少し疲れた顔をしている。


「どうしたらいいと思う?」


そう聞かれた気がした。

私は答えない。


代わりに、歩き出す。

選んだのは、よく知っているほうの道だった。


途中に、温かい場所がある。

急がなくていい。立ち止まっても、誰にも咎められない。


後ろから、足音がついてくる。

一定の距離を保ったまま。


それでいい。

一緒に並ぶ必要はない。


目が覚めると、朝だった。

家の中は静かで、どこか満ちている。


翌日も、その次の日も、

家は少しだけ賑やかだった。


食卓に座る時間が増え、

テレビの音が途切れなくなり、

何でもない話が、何度も繰り返される。


私は、変わらず同じ場所にいた。

遠くへ行く必要はない。

ここにいれば、だいたいのことは分かる。


数日が過ぎて、

また、あの準備の気配が家に満ちる。


鞄の音。

玄関に集まる空気。


今度は、短い言葉が落ちてきた。


「またね」


それで十分だった。


玄関が閉まる音を聞いて、

私は、元の場所に戻る。


来たときよりも、足音は軽い。

それは、確かだった。


それを感じて、

私の中の重さも、少しだけ抜けた。


陽だまりは、思ったより低い。

昔より、床が近く感じる。


体を丸めると、自然に尾が足元に触れた。

白と灰色の、慣れた感触。


ああ、と思う。

今年の初夢を見ていたのは、どうやら私のほうだったらしい。


言葉で背中を押すことはできない。

同じ道を歩くこともできない。


それでも、帰ってきた気配を感じて、

同じ高さで、同じ時間を過ごすことくらいはできる。


それで十分だ。


縁側で、静かに目を閉じる。

外は寒いが、ここはまだ、温かい。

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