第6話「激闘! 踊るミラーボールと黄金の悪夢
「警報なんて鳴らさせないよ! カニさんには、やっぱりお砂場遊びがいちばん!」
ロジックの悲鳴をBGMに、パレットは絶体絶命の状況を楽しむかのようにニヤリと笑った。パレットはギガ・ブラシを地面に叩きつけると、まるで大地を画板にするように、猛烈な勢いで円を描き始めた。
「喰らえ、私の必殺芸術! 想像の実体化、『底なし蟻地獄・砂箱』!!」
パレットが描き上げた瞬間、円の内側の地面が物理法則を放棄した。硬い岩盤はまるで水面のように波打ち、次の瞬間には渦を巻く巨大な流砂へと変貌を遂げたのである。
「キィ!? ギギギ……!」
斥候である機械蟹たちは、足元の突然の異変に対応できない。機械蟹たちのプログラムに「地面が液体になる」という想定はなかったのだ。多脚のメリットも虚しく、彼らは次々とバランスを崩し、もがきながら砂の中へと沈んでいく。
ギチギチ、ガシャガシャという金属の断末魔が響き渡る。鳴らそうとしていた警報音は、砂が機構内部に詰まることで「キィィ……ブブブ……」という情けない音に変わり、やがて完全に沈黙した。
十数体の機械蟹が、あっという間に砂の中に飲み込まれていく。残ったのは、渦の中心で時折光る、赤い単眼の残光だけだった。
「……流砂? ここは海岸の岩場だぞ、地質学的にあり得ない……いや、そもそも君の能力に物理法則を求めるのが間違いだった……」
ロジックは、目の前で起こった超常現象にツッコむ気力すら失い、ガクリと膝をついた。
「あらあら、素敵なお風呂ですねぇ。カニさんたち、とっても気持ちよさそうですぅ。これも一種の砂像芸術ですね」
ポワンはパチパチと手を叩いて、パレットの「作品」を称賛した。
「ふふーん、どーよ! これで静かになったでしょ! さあ、道は開けた! お宝目指して突撃だー!」
パレットは得意満面で胸を張るが、目の前にはパレット自身が作り出した、直径10メートルはあろうかという流砂が渦を巻いており、先に進む道を塞いでいる。
「あのねえパレット。君のせいで、僕らも先に進めなくなったんだが?」
「あ」
パレットは今気づいた、という顔で固まった。
洞窟の奥からは、依然として不気味な気配が漂ってくる。最初の斥候部隊を退けたに過ぎず、この先には更なる危険が待ち構えていることは明らかだった。そして、その危険地帯へ至るための道は、今や巨大な蟻地獄と化している。
「うーん、橋を描くのもいいけど、また変なのが出来たら面倒だし……」
パレットが腕を組んで悩んでいると、その横でポワンが抱き枕に耳を当てていた。
「ん~……ふむふむ……」
「何してるんだ、ポワン」
ロジックが尋ねると、ポワンは真剣な顔でロジックに向き直った。
「私の枕が、『あっちの湿ってる壁のあたり、なんだかヒンヤリして気持ちいいですよ』と囁いていますぅ。きっと、向こう側から涼しい風が吹いているんですよ」
ポワンが指差したのは、流砂の横にある、びっしりと緑色の苔に覆われた広大な壁だった。一見すると、ただの岩壁にしか見えない。
「枕のお告げだって? そんな非科学的な……」
ロジックが呆れたように言いかけたが、パレットの目はキラリと輝いていた。
「なるほど! 隠し通路だ! ポワンの枕探知、意外と当たるもんね!」
パレットは躊躇なく、苔むした壁に向かって歩き出した。そして、ギガ・ブラシの硬い柄の部分で、壁をコンコンと叩き始めた。
ゴツッ、ゴツッ……コツン!
明らかに他の場所とは違う、空洞音が響く場所を見つけた。
「ここだ! 隠された扉に違いない! くらえ、秘技『扉取っ手創造』!!」
パレットは、その壁面に「大きくて立派なドアノブ」の絵を描き始めた。古代の壁に似つかわしくない、ピカピカの金色のドアノブだ。
パレットが描き上げた瞬間、ドアノブは物理的な質量を持って実体化した。
「オープン・セサミ!」
パレットがそのドアノブを掴み、力任せに引っ張ると、ゴゴゴゴ……という重々しい音と共に、壁の一部が内側へと回転し始めた。
それは扉というより、回転式の隠し壁だったようだ。
「やったね! やっぱり近道あったじゃん!」
隙間の向こうには、正規ルートとは別の、狭い通路が奥へと続いているのが見えた。壁には非常灯らしき赤いジルコンが等間隔で埋め込まれており、薄暗いが視界は確保できる。
「正規ルートを塞がれた際の、メンテナンス用か、あるいは脱出用の通路か。どちらにせよ、斥候の群れと鉢合わせるよりは安全な確率が高い」
ロジックも同意し、一行は隠された通路へと足を踏み入れた。
通路は狭く、人が一人ようやく通れるほどの幅しかない。壁は金属で覆われており、時折、剥き出しになったパイプや配線が走っている。パレットが作った流砂の音も、ここではもう聞こえない。
しばらく進むと、通路は少し開けた小部屋のような空間に繋がった。
そこは、かつて施設の職員が休憩や監視に使っていた場所のようだった。壁にはひびの入ったモニターが埋め込まれ、床には錆びついた机や椅子が散乱している。
「わ、なんか秘密基地みたい! お宝も落ちてるかも!」
パレットがガラクタを漁り始めると、ロジックが壁のモニターに気づいた。
「待て、このモニター、まだ生きているぞ」
ロジックが埃を払うと、モニターには微かに文字が表示されていた。それは、この施設の記録の断片のようだった。
『……年……月……日。警報。セクター3より高エネルギー反応を検知。形状、不定形。識別コード、"Gold Cradle"……』
『……システム暴走。防衛ユニットが対象物を敵性と誤認。攻撃を開始……融合……汚染がセクター全域に拡大……』
『……最終記録。この施設は遺棄する。隔壁を完全封鎖せよ。内部の"アレ"は、もはや我々の手には負えない……』
「ゴールド・クレイドル……やはり、ここにお宝はあるんだ!」
パレットは喜ぶが、ロジックの表情は険しい。
「だが、状況は最悪だ。ログによれば、お宝は施設の防衛システムと『融合』して、汚染を広げる怪物になっている。それが、この洞窟の主の正体か……」
「へえ、じゃあ、その怪物を倒せば、お宝が手に入るってことだね! 話が早い!」
「なぜそうなる!」
パレットが楽観的に叫んだ、その時だった。
一行が入ってきた通路の奥、つまり隠し壁のあった方から、ガシャン! という金属音が響いた。
「……今の音は?」
三人が振り返ると、通路の闇の向こうから、ゆっくりと何かが近づいてくるのが見えた。
赤い単眼。
しかし、先ほどの斥候たちのような小さなものではない。それは、まるで巨大な探照灯のように大きく、不気味に輝いている。そして、その単眼を持つ主は、この狭い通路を完全に塞ぐほどの巨体だった。
『……侵入者……発見。……排除スル……』
機械的で、しかしどこか歪んだ合成音声。姿を現したのは、この通路の警備を担当していた大型の防衛機構だった。球状のボディに複数のアームを持ち、その先端はドリルやカッターになっている。数千年もの間、この通路で侵入者を待ち続けていたのだろう。
隠し通路に入ったつもりが、出口と入り口を塞がれ、警備ロボットと密室で対峙するという、絶体絶命の状況に陥ってしまった。
「こいつ、旧式だ! 見てみろ、動力供給を外部のケーブルに頼っている!」
絶体絶命の状況下で、ロジックの分析能力が活路を見出した。ロジックは防衛機構の巨体の側面に接続された、腕ほどもある太い動力ケーブルを指差した。ケーブルは壁の配管から直接伸びており、禍々しい紫色のジルコンエネルギーが脈打つのが見える。
「あれを切断すれば、活動を停止させられる確率が極めて高い! だが、近づく前にミンチにされるぞ!」
ロジックの言葉通り、防衛機構はドリルアームを高速回転させ、通路を削りながら着実に距離を詰めてくる。回避できるスペースはほとんどない。
「よしきた! 近づけないなら、こっちから『行かせれば』いいんでしょ!」
パレットが叫ぶと同時に、ポワンがふわりと前に出た。
「あらあら、そんなにイライラしないでくださいな。肩でもお揉みしましょうか?」
ポワンは巨大な枕を構え、なぜか迫り来る殺人機械に向かってニコニコと話しかけ始めた。
『負荷……意味不明……ナ人間……』
防衛機構の電子頭脳は、その予測不能な行動に一瞬だけ、処理の遅延を起こした。標的認識が、敵対的行動を取るパレットとロジック、そして非敵対的(?)な行動を取るポワンの間で揺らぐ。
その一瞬の隙を、パレットは見逃さなかった。
「今だ! いっけー! 出張版『飢えたるビーバー隊』!!」
パレットはギガ・ブラシで空中に、大きな出っ歯を持つ、漫画のようにデフォルメされたビーバーを二匹、素早く描き上げた。
実体化したビーバーたちは、まるでこの世の全てを憎むかのような凶悪な目つきで、一直線に動力ケーブルへと突進する。
「ギギィッ!?」
防衛機構がビーバーたちの存在に気づき、アームを振り下ろそうとするが、それよりも早くビーバーたちの強靭な前歯がケーブルの装甲に食らいついた。
ガジガジガジガジッ!
凄まじい勢いで火花が散り、装甲が削られていく。
『損傷……警告……動力……低下……』
防衛機構の動きが目に見えて鈍くなる。
「あと少し! 頑張れビーバーちゃん!」
パレットが声援を送ると、ビーバーたちは最後の力を振り絞り、ついにケーブルの芯線を噛みちぎった。
バチバチバチッ!
夥しい量の火花が弾け、防衛機構の赤い単眼が激しく明滅した。ドリルの回転は止まり、全ての関節から黒煙が噴き出す。
『シ……システム……強制終了……』
断末魔のような合成音声を最後に、巨大な鉄の塊は完全に沈黙し、前のめりに通路を塞ぐ形で停止した。
「やったー! 鉄クズにしてやったぜ!」
パレットが勝利のVサインを掲げる。
「寿命が百年縮んだ……。だが、作戦成功だ」
ロジックはその場にへたり込んだが、安堵の表情を浮かべていた。
「ふぅ、肩が凝り固まっていましたねぇ。これでゆっくりお休みになれますね」
ポワンは動かなくなった防衛機構の肩(らしき部分)を、枕で優しくポンポンと叩いていた。
「入り口は塞がってしまったが、防衛機構が出てきた隠し扉から、奥に進むことができそうだ」
ロジックは、動かなくなった鉄塊を冷静に検分した。
防衛機構の残骸をアスレチックのように乗り越え、先ほどまでなかった秘密の通路を進んで行く。右に左に、上へ下へと、曲がりくねった通路の先、一行は広大な空間へとたどり着いた。
そこは、ドーム状になった巨大な地下空洞だった。天井からは鍾乳石のようにジルコンの結晶が垂れ下がり、壁には正体不明の発光するキノコが群生していて、空間全体を青白く幻想的に照らし出している。
そして、空洞の中央。
そこには、直径数十メートルはあろうかという巨大な、脈動する黄金色のスライムの塊が存在した。
「あれが……『黄金の揺り籠』……!」
ロジックが息を呑む。
しかし、その姿は彼らが想像したような美しいお宝ではなかった。スライムの中には、かつての防衛システムだった機械の残骸や、無数の赤い単眼が取り込まれており、まるで巨大なアメーバ状の怪物のように、ドクン、ドクンと不気味に蠢いている。ログにあった通り、お宝と機械が融合し、汚染された成れの果ての姿だ。
「うわああ、見てよアレ! 大きい! 金ピカ! そしてキモい!」
パレットは目の前に広がる光景に、恐怖よりも先に興奮を覚えた。巨大な黄金のスライムは、おびただしい数の機械部品と赤い単眼を取り込みながら、巨大な心臓のように脈動している。あれが「黄金の揺り籠」の成れの果て、この洞窟の主だ。
「あれがログにあった汚染された防衛システムか。ジルコンエネルギーと有機物が融合した、最悪の混合体だ。下手に攻撃すれば、どんな反撃が来るか……」
ロジックが慎重に分析を始める横で、パレットはすでにギガ・ブラシを天高く掲げていた。
「ボス戦の始まりは、派手な演出からって決まってるんだよ! 見てなさい、この薄暗いステージを、ピカピカの舞踏会場に変えてやる!」
パレットが見上げたのは、洞窟の天井から無数に垂れ下がる、巨大なジルコンの結晶だった。
「照明は天井にあり! 想像の実体化、『虹色回転鏡球』!!」
パレットが空中に描いたのは、人間ほどの大きさもある、キラキラと輝く巨大な回転鏡球だった。実体化したそれは、物理法則を無視して天井の中央付近まで上昇すると、ゆっくりと回転を始めた。
しかし、ただの回転鏡球ではない。その表面からは、パレットのジルパワーによって生み出された七色のレーザー光線が無数に放たれ始めたのだ。
シュババババッ!
レーザー光は天井のジルコン結晶に乱反射し、洞窟全体が目も眩むほどの光の洪水に飲み込まれた。青、赤、緑、黄……無数の光の筋が洞窟内を駆け巡り、さながら巨大なディスコホールのようだ。
「……ギ……!?」
突然の光の暴力に、巨大スライムの動きが止まった。スライムの体表に無数に浮かぶ赤い単眼が、激しく明滅を繰り返す。どうやら、その視覚センサーは強烈な光に弱いようだ。
『視覚……センサー……過負荷……標的……消失……』
スライムの中から、歪んだ合成音声が響き渡る。
「やった! 目が眩んでる今がチャンスだよ!」
パレットが叫ぶ。
「なんて無茶な作戦だ……だが、確かに効果はある!」
ロジックも、光の明滅に目を細めながらも、好機と判断した。
「ふふっ、綺麗ですねぇ。なんだか踊りたくなってきましたぁ」
ポワンは光の洪水の中、なぜか優雅にワルツを踊り始めている。
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コナミ「PROJECT ZIRCON」の二次創作です。
©Konami Digital Entertainment
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