第3話「顔面凶器! 変顔対決」
「鍵がないなら、私が描く! これぞパレット流・合鍵作成術だよ!」
パレットはギガ・ブラシを構え、四つの台座の前に仁王立ちした。
パレットの辞書に「正規の手順」という言葉はない。あるのは「創造的な力技」だけだ。
「まずは赤! 情熱の赤!」
パレットは空中に、子供が描いたような歪な形の「赤い鍵」を描画した。実体化した「赤い鍵」は、粘土細工のように柔らかそうだ。とても精密な古代の錠前に合うとは思えない。
「えいっ!」
パレットは「赤い鍵」を赤色に光るスロットに無理やり押し込んだ。グニュリ、という嫌な感触が伝わる。
『認証失敗。不正な合鍵を検知。排除手順を開始します』
台座から無機質な音声が響く。次の瞬間、赤いスロットから強烈な熱線が放たれた。
「あちちちっ!?」
パレットは慌てて手を引っ込める。だが、つなぎ服の袖が少し焦げてしまった。
「うーん、形がちょっと雑だったかな? じゃあ次は青! 冷徹な青!」
懲りずにパレットは、今度は青色の「氷の鍵」を描画し、青いスロットに突っ込んだ。
『認証失敗。温度異常を検知。凍結手順を開始します』
今度はスロットから絶対零度に近い冷気が噴き出す。パレットの腕がカチンコチンに凍りついた。
「つ、冷たーいっ!? 動かないよー!」
「……何をやっているんだ、君は」
ようやく意識を取り戻したロジックが、呆れ果てた声を出す。ロジックは割れたメガネをテープで補修していた。凍りついたパレットを冷ややかな目で見下ろす。
「あ、ロジック、起きたんだ! 見て見て、この台座、私の芸術性を理解してくれないみたい!」
「芸術性じゃなくて、防衛機構に引っかかってるだけだ! このままじゃ全自動防衛機構が稼働して、遺跡ごと消し炭にされるぞ!」
「えー、どうしよう。あと黄色と緑が残ってるんだけど……」
「交代だ。少しは頭を使え」
ロジックが凍結中のパレットを押しのけ、台座の前に立つ。ロジックはガムテープ補修メガネの奥の目を細めた。台座に刻まれた古代文字と、壁画の図像を交互に見比べる。
「……なるほど。これは単純な色合わせじゃない。勇気の国『BRAVE』の赤(勇気)、栄光の国『GLORY』の青(知性)、平和の国『PEACEFUL』の緑(平和)、そして自由の国『FREEDOM』の黄(自由)。四大国を象徴する概念と、それに対応する『行動』が鍵になっているようだ」
ロジックが分析結果を語る。このゲートを開くには、それぞれの国を象徴する「行動」を台座の前で示す必要があるらしい。
「まず『赤(勇気)』だ。壁画の英雄は、恐れずに敵に立ち向かっている。つまり、ここで必要なのは『蛮勇』だ。パレット、君の出番だ」
「え? 私?」
「さっきの熱線にもう一度、真っ向から突っ込め。そして『熱くない!』と叫べ」
「ええーっ!? ヤダよ熱いもん!」
「やるんだ! それが『勇気』だ!」
ロジックに背中を押され、パレットは渋々、赤い台座の前でポーズを取った。熱線が再び放たれる。
「あ、あ、あち……熱くなーいっ!! 全然平気だし! むしろ心地いいし!」
パレットは涙目で叫び、熱線を浴び続けた。すると、赤い台座の光が柔らかく点滅し、カチリ、と解錠音が鳴った。
「……マジで開いた……。古代人の防衛機構はどうなってるんだ……」
ロジックは自分の仮説が正しかったことに驚きつつ、次の手順へ移る。
「次は『青(知性)』だ。これは僕が担当する」
ロジックは青い台座の前に立ち、計算盤を取り出した。ロジックは台座に表示された複雑な古代数式――のように見える模様――を瞬時に解読する。そして、その解答を声高に宣言した。
「答えは、虚数解を含む四次元超立方体の体積計算式だ! 証明終了!」
青い台座が光り、解錠される。
「三つ目は『緑(平和)』。……ポワン、君の番だ」
「は~い。平和ですねぇ。一番得意分野ですぅ」
ポワンが枕を抱えて緑の台座の前に立つ。ポワンはニコニコと微笑み、台座に向かって語りかけた。
「争いはやめましょう~。みんなで仲良くお昼寝すれば、世界は平和になりますよぉ~。……あと、もし開かなかったら、この遺跡を枕で『永遠の眠り』につかせますけど、いいですかぁ?(笑顔で)」
後半の発言に平和の欠片もなかった。だが、台座は前半の言葉だけに反応したのか、緑色の光が点滅し、解錠された。
「最後は『黄(自由)』だ。……これが一番厄介だな」
ロジックが黄色の台座を見る。壁画には、鎖を引きちぎり、自由に空を飛ぶ人々の姿が描かれている。
「『自由』を証明する行動……。既存のルールに縛られない、予測不能なアクションが必要だ」
三人が顔を見合わせる。この中で最も「自由」な存在は誰か。答えは火を見るより明らかだった。
ロジックとポワンの視線が、同時にパレットへと突き刺さる。
「パレット、もう一度君の出番だ」
「えっ、また私!? 今度は何すればいいの? また熱線風呂?」
「違う。君が普段やっているような、『最も意味不明で自由な行動』をしろ。この台座の予想を裏切るんだ」
「意味不明ってひどいな! 私は常にクリエイティブなだけなのに!」
パレットはブツブツ文句を言いながら、黄色の台座の前に立った。
「自由とは、期待に応えないこと! そして、重力という最大の束縛から解き放たれること……つまり、寝る!!」
パレットは高らかにそう宣言した。ためらいなく冷たい石畳の上に大の字になって寝転がる。そして、瞬時に脱力し、スヤスヤと寝息を立て始めた。
「……は?」
ロジックが眼鏡をずり落とす。ポワンが「あら、お仲間ですねぇ」と嬉しそうに微笑んだ。
遺跡の最深部、数千年の時を超えた試練の場において、「不貞寝」をかます勇者。それは常識という概念への最大の冒涜であり、確かに究極の「自由」な振る舞いであった。
黄色い台座が激しく明滅する。古代の防衛機構もまた、この予測不能な入力データに処理落ち寸前のようだ。
『解析中……解析中……。対象の行動……「完全なる怠惰」。既存のルールへの「無関心」。……認定します。これぞ自由の国『FREEDOM』の極致!』
ピローン! という間の抜けた正解音が鳴り響き、黄色い光が輝いた。
「嘘だろ!? ただ惰眠を貪っただけだぞ!」
ロジックのツッコミは虚しく響き、四つの台座全てが認証を完了した。
ゴゴゴゴゴ……!
重低音と共に、ホール奥の巨大な扉がゆっくりと開き始めた。隙間から漏れ出す空気は、まるで帯電したオゾンのような、ピリリとした刺激臭を含んでいた。
「んあ? 開いた? やっぱり私の才能が怖いよ……」
パレットがむっくりと起き上がり、よだれを拭う。
「さあ行こう! これだけ厳重にロックしてたんだから、中にはきっと『とびっきりの何か』があるはず! 私の勘だと、世界を塗り替える伝説の絵の具か、あるいは二度寝に最適なフカフカのベッドだね!」
三人が扉の奥へと足を踏み入れる。そこはパレットが期待した寝室でも画材でもなく、予想していた「宝物庫」とも全く異なる空間だった。
ドーム状の広大な空間。壁一面に埋め込まれた無数のクリスタルが、青白く脈動している。中央には、巨大な「柱」のような装置が聳え立っており、その周囲を複雑な形状のリングが回転していた。
「これは……古代の『ジルコン制御施設』か? 宝物庫というより、研究施設だ」
ロジックが息を呑む。彼が知る栄光の国『GLORY』の科学技術をもってしても、解析不能な超古代技術の塊だ。
その時だった。
「ああっ!? ちょっと、勝手に!」
ロジックが腰に下げていた密封容器が、内側から弾け飛んだ。
中に入っていた、あのドーラ・ボムから回収した「黒いジルコンの欠片」が、まるで意思を持ったかのように宙に浮き上がったのだ。
「石が……逃げた!?」
黒いジルコンの欠片は一直線に部屋の中央へ飛び去り、回転するリングの中心にある「コア」のような部分へと吸い込まれていった。
カチリ。
石が嵌まる音がした瞬間、部屋中のクリスタルが一斉に赤く変色した。
『警告。警告。未登録の「変異ジルコン」接続を確認。強制再起動……。防衛規定、破損。人格制御系、読み込み中……』
不穏なアナウンスが響き渡る。中央の柱から立体映像が投影された。
そこに現れたのは、ノイズ混じりの半透明な少女の姿だった。古代の衣装を纏っているが、その目は虚ろで、口元には歪んだ笑みを浮かべている。
『アハ……アハハ……。久しぶりね、ニンゲンたち。私の眠りを妨げるのは、どこの愚か者?』
立体映像の少女は、パレットたちを見下ろして冷たく言い放った。
「わあ、幽霊だ! しかも性格悪そう!」
パレットが指差す。
『幽霊じゃないわ。私はこの施設の管理者……だった残骸よ。あんな黒いジルコンの欠片のせいで、最悪の目覚めだわ。……ねえ、退屈だから遊んでくれる? 負けた方の存在を消去する「死の遊戯」で』
少女が指を鳴らすと、部屋の床がパネル状に光り輝き、巨大なチェス盤のようなフィールドが展開された。
「おいおい、冗談じゃない! 存在消去だと!?」
ロジックが顔を引きつらせる。
「死のゲームですかぁ。ルールが難しかったら寝ててもいいですかね?」
ポワンは相変わらずだ。
「待った待った待った! 『死の遊戯』なんて流行らないよ! 今のトレンドはもっと平和的で、かつアーティスティックなやつ!」
パレットは両手でバツ印を作り、仮想人格の少女の提案を真っ向から却下した。
『……は? 却下? 貴様、自分の立場を理解して……』
「私の立場は『挑戦者』! だから種目を選ぶ権利があるはず! 勝負内容は……『限界突破・変顔対決』!! 先に笑ったほう、もしくは『思考停止』したほうが負け! 文句ある!?」
パレットの理屈は穴だらけだが、その勢いは台風並みだ。仮想人格の少女は予想外の提案にフリーズした。
『へ、変顔……? 顔面筋肉の不規則な収縮による感情表現の欠損データを競うというの? ば、馬鹿にしないで! 私は高度な演算能力を持つ……』
「問答無用! 先攻、パレット・バースト! いくよ、私の『本気』を見せてやる!」
パレットはギガ・ブラシを取り出すと、なんと自分自身の顔に直接、蛍光色の絵の具を塗りたくり始めた。目の下に「偽の目」を描き、口の端を耳まで延長して描き足す。
物理的な筋肉操作と、メイクアップによる錯視効果を融合させた、禁断のハイブリッド変顔の準備が整う。
「3、2、1……オープン・ザ・フェイス!!」
パレットが両手で瞼を裏返し、鼻を豚のように押し上げ、舌を顎まで伸ばした状態で、さらに白目を剥いて振り向いた。
それはもはや人間の顔ではなかった。『BRAVE』の前衛芸術家が、泥酔して描いた失敗作を遠心分離機にかけたような「色彩と肉体の暴力」がそこにあった。
「ひっ……!」
ロジックが悲鳴を上げて目を背ける。
「あらぁ、前衛的ですねぇ。夢に出てきそうで素敵ですぅ」
ポワンだけがパチパチと拍手している。
そして、真正面からその「顔」をスキャンしてしまった仮想人格の少女に、劇的な反応が現れた。
『解析開始……対象の顔面データをスキャン……。読込失敗。読込失敗。形状、|非ユークリッド幾何学的。目と口の配置座標に矛盾。こ、これは顔ではない……これは……論理破綻!? 理解不能! 理解不能!』
立体映像の少女が激しく明滅し、ノイズが走り始める。
『記憶領域に深刻な情報の衝突発生! 「笑い」の閾値を限界突破! 処理できません、処理できませプツッ、ザザザザーーーッ!!』
ボンッ!
コミカルな爆発音と共に、立体映像の少女は霧散した。
同時に、中央の柱から煙が上がり、部屋中の赤い警告灯が消え、静寂(と、非常用照明の薄暗さ)が戻ってきた。
「……勝った」
パレットがタオルで顔の絵の具を拭きながら(変顔は解除済み)、親指を立てた。
「仮想人格を顔芸で思考停止させる奴があるか! どんな脆弱性だよ!」
ロジックがツッコむが、結果オーライである。
機能停止した中央の柱から、シュウウ……と蒸気が排出され、シリンダー状のケースがせり出してきた。
中には、先ほど吸い込まれた「黒いジルコンの欠片」と、もう一つ、見たこともない「奇妙なデバイス」が収められていた。
黒いジルコンの欠片は、心なしか先ほどまでの禍々しい紫色の光が消え、落ち着いた黒曜石のような輝きに戻っているように見える。
「おっ、戦利品だ! これが優勝賞品?」
パレットが躊躇なく手を伸ばし、その遺物を掴み取った。それは分厚い金属板のような形状をしており、表面には微細な溝が幾何学模様を描いている。
「これは……古代の記録媒体か? 待て、溝に光が走っている。ここから北東……海岸線の方角を示しているぞ」
ロジックが覗き込む。スレートの表面に浮かぶ青白い燐光によって、簡易的な地図が浮かび上がっていた。
「海岸線? 海水浴のお誘いですかぁ?」
「いや、この光点の位置には古代文字で……『方舟』と記されている。船か? それとも……」
どうやらこのデバイスは、次の目的地を示しているようだ。自由の国『FREEDOM』の北東海岸。そこに行けば、この変異した黒いジルコンの欠片や、世界の異変に関する何かが分かるかもしれない。
だがその時、遺跡全体がゴゴゴゴと不穏な音を立てて揺れ始めた。
「あー、やっぱり? ボスを倒したら崩れる、これお約束だよね!」
「感心してる場合か! 崩落が始まるぞ! 全力で脱出だ!」
三人は手に入れた記録媒体(と黒いジルコンの欠片)を持って、崩れゆく遺跡から脱出するために走り出した。
命からがら遺跡の外へ飛び出した三人は、砂煙を上げて崩れ落ちる古代の建造物を背に、荒野の地面に倒れ込む。
「はぁ、はぁ……。死ぬかと思った……」
ロジックが仰向けになって空を見上げた。
「でも、面白かったね! お宝(謎のデバイス)もゲットしたし!」
パレットは相変わらず元気だ。
さて、「方舟」の手がかりを得た今、次の目的地は北東の海岸だ。
しかし、ここから海岸まではまだまだ距離がある。そして何より、彼らは今、非常に腹が減っていた。
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コナミ「PROJECT ZIRCON」の二次創作です。
©Konami Digital Entertainment
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