第15話「覚醒! 星彩の筆とガラクタ通りの大乱戦」
『出来損ない』。
ギドが吐き捨てたその言葉は、冷たい刃となって、三人と二匹の胸に突き刺さった。
「……なんだよ、それ……」
一番最初に反応したのは、パレットだった。
「出来損ないですって!? あんたに、この子の何が分かるって言うのよ!」
パレットの瞳に、怒りの炎が燃え上がる。
「『キンピカ』は、悲しくて生まれたのかもしれない! でも、この子は生きてる! 笑ったり、怖がったり、ちゃんと心を持ってる! それを……ただのガラクタみたいに!」
パレットの怒りに呼応するかのように、これまで大人しく壺に収まっていた『キンピカ』が、激しく波立った。その黄金色の身体は、怒りを示すかのように、普段の穏やかな輝きではなく、チカチカと激しい火花のような光を放ち始める。
そして、パレットの肩の上。『カニタ』もまた、小さな身体をカタカタと震わせていた。赤い眼は、敵意を示す赤色光でギドを睨みつけ、小さなハサミを威嚇するように、カチカチと鳴らしている。『カニタ』にとっても、主である『キンピカ』を侮辱されたことは、決して許せることではなかった。
ロジックとポワンは、そのただならぬ雰囲気に息を呑む。
しかし、ギドはそんなパレットたちの怒りを、鼻で笑った。
「……心、だと? ふん、やかましい。それはただの、プログラムされた感情の残滓だ。価値なきガラクタの、最後の断末魔よ」
その言葉が、引き金になった。
「……もういい」
パレットの声が、氷のように冷たく響いた。
「あんたみたいな、物の心も分からない石頭じいさんに、ごちゃごちゃ言われるのは、もうたくさんだ」
パレットは、背負っていた『ギガ・ブラシ』を、静かに、しかし力強く構えた。
「見てなさいよ。今ここで、証明してやる」
「『キンピカ』は、ただの『出来損ない』なんかじゃない!」
パレットはそう叫ぶと、『アヒル型運搬容器』の中の『キンピカ』に向かって、『ギガ・ブラシ』の穂先を、そっと浸した。
黄金色の液体が、絵の具のように筆の毛先に絡みつき、きらきらと光の粒を滴らせる。それは、パレットがこれまで使ってきた、どんな絵の具よりも鮮やかで、そして力強いエネルギーを秘めているように感じられた。
「パレット……!」
ロジックが、パレットが何をしようとしているのかを察し、息を呑んだ。
パレットは、『キンピカ』そのものを「画材」として、自らのジルパワー『想像の実体化』を発動させようとしていたのだ。
パレットが筆を構え、ジルパワーを高め始めた、その瞬間。
パレットの肩の上で、赤い眼を怒りに燃え上がらせていた『カニタ』が、まるで弾かれたように跳躍した。
「ギシャァァッ!」
短い咆哮と共に、『カニタ』は一直線に『ギガ・ブラシ』へと飛びつき、その柄の中ほどに、小さな金属の足でガッシリとしがみついた。
「『カニタ』!? どうしたの!?」
パレットが驚きの声を上げる。
その刹那、『カニタ』の全身から、これまでとは比較にならないほどの、蒼白いジルパワーの光が迸った。それは、休眠状態にあった古代の兵器が、主の危機に際して、全ての安全装置を解除し、リミッターを超えるほどの力を解放したかのようだった。
そして、奇跡が起こる。
『カニタ』から放たれた蒼い光と、『キンピカ』を纏った『ギガ・ブラシ』から溢れる黄金の光。
二つの光が、ジルパワーを触媒として、互いに引き寄せられ、絡み合い、そして、一つに融合していく。
「うわっ……!?」
パレットの手の中で、『ギガ・ブラシ』がその姿を変え始めた。
木製だったはずの柄は、『カニタ』の装甲と同じ『ジルコン合金板』の輝きを帯び始め、その表面には『カニタ』のボディにあったのと同じ、微細なハニカム模様が浮かび上がる。柄の先端、パレットが握る部分には、まるで最初からそこにあったかのように、『カニタ』が制御ユニットとして完全に一体化していた。
そして、筆の穂先。『キンピカ』を吸い上げたその部分は、もはやただの毛束ではない。黄金色のエネルギーそのものが、美しい筆先の形を成して、絶えず揺らめいている。
それはもはや、ただの『ギガ・ブラシ』ではなかった。
パレットの創造の力、『キンピカ』の純粋なエネルギー、そして『カニタ』の古代のデータ。三つの力が一つに統合され、進化を遂げた、全く新しいジルコンギア。
そして何より、それは、パレットの脳内に、直接、力強く語りかけてきた。
――― 我が主よ。生まれ変わりし我らが名は『星彩の筆』。さあ、命令を。共に、我らを侮辱した愚か者に、真の創造の力を見せつけよう。
それは、コントロール可能な、明確な「意志」を持つ、相棒の誕生だった。
これまで「出来損ない」と断じ、冷ややかな目で見下ろしていたギドが、その生涯で初めてと言えるほどの、ありありとした驚愕の表情を浮かべた。
拡大鏡の奥の、剃刀のように鋭かった瞳が、信じられないものを見るように、大きく、大きく見開かれる。
「……馬鹿な……」
そのしゃがれた声は、もはや不機嫌さではなく、純粋な驚きと、理解不能な現象を前にした畏怖に打ち震えていた。
「『涙』が……自らの意志で、他のギアと融合し、核となって進化を遂げただと……!? あり得ん……! そんな記録は、どこにも……!」
ギドが知る旧文明の知識、ギドが信じてきたジルコン工学の常識。
その全てが、今、目の前で、勇気の国『BRAVE』の片田舎から来た、常識外れの少女一人によって、根底から覆されようとしていた。
ギドの脳裏に、埃をかぶった書斎の奥深く、禁書として封印していた一冊の古い日誌の記述が、鮮明に蘇る。
それは、ギドが若い頃、命がけでとある遺跡から持ち帰った、旧文明の天才科学者が残した、狂気と紙一重の研究記録だった。
その科学者は、実験の最後に、こう書き残していた。
『――あるいは、もし、この『涙』に、計算や論理ではない、『真の心の繋がり』を与え得る存在が現れたならば。その時こそ、我々が成しえなかった、奇跡が起こるのかもしれない――』
(……まさか。あの与太話が、長年追い求めてきた伝説が、真実だったというのか……?)
ギドは、生まれ変わった『星彩の筆』と、それを握るパレットの姿を、ただ呆然と見つめることしかできなかった。
ギドが、生涯をかけて集めてきたどんなガラクタよりも、「面白い」ものが、今、目の前で生まれ落ちたのだ。
ギドが驚愕に目を見張り、一人、過去の文献の記憶に震えている。
ロジックとポワンは、目の前で起こった奇跡的な現象に、ただただ息を呑んで見守っている。
そんな周囲の喧騒をよそに、パレットは、自らの手の中で輝く、新たなる相棒と、静かな対話を交わしていた。
――― 我が主よ。我らが名は……
その力強い意志が、直接、脳内に響いてくる。
パレットは、感嘆と、そして深い愛情を込めて、その名を声に出した。
「――― 星彩の筆……!」
それは、星々の輝きを意味する『アストラル』の名。
『キンピカ』の黄金の輝きと、『カニタ』の古代の魂、そしてパレット自身の、星のように無限に広がる創造力が一つになった、まさに、この瞬間に生まれた奇跡にふさわしい名前だった。
『星彩の筆』は、その呼びかけに応えるかのように、その黄金の穂先を、より一層、きらきらと輝かせた。
もはや、言葉は必要なかった。
パレットと『星彩の筆』は、完全に一つになっていた。
この奇跡を前にして、ギドの顔に明らかな動揺が走っていた。ギドは「……あり得ん……そんな記録は、どこにも……!」と唇をわななかせた後、ハッと我に返ったように口を閉ざした。
その僅かな変化を、ロジックが見逃すはずがなかった。
「ギド殿」
ロジックは、まだ目の前の奇跡の余韻に浸っているパレットとポワンを横目に、一歩、老人へと踏み込んだ。その声は、これまでになく低く、鋭かった。
「あなたは、何かを知っている。あなたは、この現象と比較しうる、何らかの『記録』か、あるいは『書物』をご存知だ」
ロジックの指摘は、的確にギドの言葉の矛盾を突いていた。
ギドの目が、ギロリとロジックを睨みつける。
「……小僧が、盗み聞きとは、感心できんな」
「答えていただきたい。我々が手にしたこれは、一体何なのですか。あなたが知る『記録』には、これに類する現象が、どのように記されていたのですか」
ロジックの真剣な問いかけ。それは、もはや金銭的な価値を求めるものではない。この世界に存在する、未知の真理に触れたいという、栄光の国『GLORY』出身のロジックらしい、純粋な知的好奇心と探究心の発露だった。
ギドは、ロジックのその曇りなき瞳をしばらく見つめた後、ふいと顔をそむけた。
「……知らん。俺はただの骨董店の店主だ。偶然か必然か、そんなもんは、この世界の創造主にでも聞くんだな」
そう吐き捨てると、ギドは再び口を閉ざしてしまった。
これ以上、ここから情報を引き出すのは難しいだろう。
だが、ロジックは確信していた。この老人は、この現象の意味を、そして、その先に待つ何かを、知っている、と。
そしてそれは、いずれ自分たちの冒険の行く末に、再び深く関わってくることになるだろう、と。
ギドが頑なに口を閉ざし、ロジックが「今は、な……」と口にしかけた、その時だった。
ドン! ドンドン!
店の外から、重く分厚い扉が、何かで乱暴に叩かれる音が響き渡った。
それに続き、『シャークフィン』の耳障りな怒声が、くぐもって聞こえてくる。
「おい、ギドのじじい! いつまでガキどもを匿ってやがるんだ! さっさとそいつらを引きずり出せ! でねえと、お前のそのガラクタの城ごと、火の海に沈めてやるぞ!」
もはや、ただのチンピラの脅しではなかった。本気で店を破壊してでも、『キンピカ』を奪い取ろうという、明確な殺意が込められている。
「うわ、まだいたんだ、あのシャークおじさん」
パレットが呆れたように言う。
「当然だ。あれだけのものを見せびらかした後だ。このまま無事に朝を迎えられるとでも思っていたのか」
ロジックは扉の方を睨みつけ、警戒を強めた。
ガン! ガン!
今度は、何か鉄の棒のようなもので、扉をこじ開けようとする音が響き始める。扉は頑丈だが、それも時間の問題だろう。
「あらあら、お外のお客さん、とっても元気ですねぇ。なんだか、お店が揺れているようですぅ」
ポワンがのんびりと呟く。
この店のどこかに裏口でもあるのか、あるいは、この場で決着をつけるしかないのか。
ロジックが脱出経路の計算を始め、パレットが新たな相棒である『星彩の筆』を握りしめた、その時。
「……ちっ。外のハエどもが、やかましくてかなわんな」
ギドが、これまでで一番低い、心の底から忌々しげな声を漏らした。
ギドは、初めて自らの手で、店の扉の閂を、一つ、また一つと、ゆっくりと外し始めた。
「おい、ギド殿!? 何を!?」
ロジックが驚きの声を上げる。
ギドは、そんなパレットたちを一瞥もせず、ただ静かに言った。
「……俺のガラクタに、指一本でも触れさせてみるがいい」
そして、ギドは、扉を、ほんの少しだけ、開いた。
その隙間から、ギドは外の『シャークフィン』たちに向かって、こう言い放った。
「――― おい、ゴミども。五秒だ。五秒以内に俺の前から消えろ。でなければ、お前たちのその汚い皮を剥いで、俺の『収集品』に加えてやる」
ギドが放った、静かにキレる、血も凍るような脅し文句。
しかし、金と欲望に目がくらんだ『シャークフィン』たちに、その言葉の本当の重みは届かなかった。
「はっ! 寝ぼけてんじゃねえぞ、クソじじい!」
『シャークフィン』は、むしろその言葉に激昂した。
「お前も、そのガキどもも、まとめて海の藻屑にしてやる! 野郎ども、かかれぇ!」
『シャークフィン』の号令と共に、十数人のならず者たちが、雄叫びを上げて、開かれた扉の隙間から店の中へと、雪崩のように突入してきた。
狭い店内は、あっという間に、怒号と、武器がぶつかり合う金属音、そしてガラクタが破壊される音に満たされた、大乱戦の場と化した。
「よしきた! 待ってました!」
この状況を、ただ一人、待ちわびていた人物がいた。パレット・バーストだ。
パレットは、生まれ変わった相棒、『星彩の筆』を構え、その顔には満面の笑みが浮かんでいた。
「行こう、『星彩の筆』! あいつらに、本物の『芸術』を見せてやる!」
『――命令ヲ、我が主』
ブラシから、力強い意志が流れ込んでくる。
パレットは、なだれ込んでくるチンピラの第一陣に向かって、『星彩の筆』を大きく一閃した。
「まずは、ご挨拶代わり! 『星屑の飛沫』!!」
穂先から放たれたのは、ただの絵の具ではなかった。
黄金と蒼の光の粒子が、まるで星屑の奔流のように、チンピラたちを直撃する。
「ぐわあああっ!?」
「目が、目がぁ!」
粒子を浴びた男たちは、まるで全身を無数の針で刺されたかのような衝撃に身を震わせ、視界を奪われてその場に崩れ落ちた。それは、『キンピカ』のエネルギーと、『カニタ』の戦闘データが融合して生まれた、新たな能力だった。
「すごい、すごい! キラキラしてて、超キレイ!」
「感心してる場合か!」
後方から、ロジックが計算盤を盾にしながら叫ぶ。
「あらあら、店内が賑やかになりましたねぇ。ダンスパーティの始まりですぅ」
ポワンは、枕を振り回して、近づいてくるチンピラを的確に後頭部から殴りつけ、一人、また一人と静かに無力化していく。
そして、ギド。
ギドは、自らのテリトリーを荒らす害虫を駆除するかのように、淡々と、しかし的確に敵を排除していた。手にした歯車の球体を巧みに操り、敵の関節をピンポイントで破壊し、あるいは、ガラクタの山に仕掛けておいた不可視のワイヤートラップで、チンピラたちを宙吊りにしていく。
ギドは、ただの骨董店の店主などではなかった。この町の裏の世界を生き抜いてきた、老練の戦士だったのだ。
乱戦の末、『シャークフィン』とその仲間たちは、傷つき、あるいは気を失い、あるいは天井から吊るされ、あっという間に全滅した。
最後に残った『シャークフィン』が、震える足で店の外へ逃げ出そうとした、その背中に。
「待ちな!」
パレットが、『星彩の筆』の穂先を、彼の首筋に突きつけた。
「……ひっ」
「おじさんたちのおかげで、この子の、すっごい力が分かったよ。お礼に、とっておきのアートをプレゼントしてあげる」
パレットはニヤリと笑うと、『シャークフィン』の背中に、巨大で、カラフルで、そして、どうやっても洗い落とせそうにない「負け犬」という文字を、見事に描き上げた。
* * *
チンピラたちを蹴散らし、静寂を取り戻した店の中。
ギドは、壊されたガラクタを見て一つ大きなため息をついた後、パレットに向き直った。
「……小娘。お前、面白いモンを手に入れたな」
その声には、もはや侮蔑の色はなかった。
「でしょー!」
「……その筆、『星彩の筆』とか言ったか。そいつはもう、金に換えられるような代物じゃねえ。お前自身の一部だ。大事にしな」
それは、偏屈な老人からの、最大級の賛辞だった。
お宝は、手に入らなかった。
金貨も、ほとんど酒場で使い果たしてしまった。
だが、パレットたちの手元には、マスターがくれた一握りの金貨と。
そして何より、かけがえのない、意志を持つ相棒が残った。
新たな力を手にしたパレットと、その仲間たち。
外は満天の星がきらめいていた。
彼らの、世界をカラフルに塗りつぶす冒険は、まだ始まったばかりだ。
<了>
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コナミ「PROJECT ZIRCON」の二次創作です。
©Konami Digital Entertainment
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