第14話「真実! ガラクタ山の偏屈爺と黄金の涙」
ついに得られた、伝説の鑑定士に繋がるかもしれない、唯一の手がかり。
『ギドの骨董店』。偏屈な爺さん。面白いガラクタ。
そのキーワードを聞いた瞬間、パレットの脳内は、次なる冒険への期待で完全に満たされた。パレットの辞書に、「後で」「明日に」という言葉は存在しない。
「よし、決まり! その『ギド爺さん』とやらに、会いに行こう!」
パレットは、飲み干したジュースのジョッキをテーブルにドンと置くと、勢いよく立ち上がった。偽装した壺(中身は『キンピカ』)を軽々と抱え、もう出発する気満々だ。
「待て、パレット! 今すぐ行く気か!?」
ロジックが慌ててパレットの腕を掴む。
「当たり前じゃん! 善は急げ、お宝は熱いうちに鑑定だよ!」
「外を見ろ! もうとっくに日は暮れて、夜になっている! こんな夜更けに、お宝を持ってうろつくなんて、襲ってくださいと言っているようなものだ!」
ロジックが必死に説得するが、パレットは聞く耳を持たない。
店主は、そんな三人のやり取りを、やれやれといった顔で眺めていた。
「……まあ、夜だろうが昼だろうが、狙われる時は狙われるさ。むしろ、こんな騒ぎの後だ。ぐずぐずして宿を探すより、さっさと誰かの懐に飛び込んじまう方が、いくらかマシかもしれねえな」
それは忠告のようでもあり、突き放しているようでもあった。
「ほら、マスターも『行け』って言ってるじゃん! 行くよ、ロジック!」
パレットは、店主の言葉を自分に都合よく解釈すると、もはや抵抗を諦めたロジックの腕をぐいぐいと引っ張り始めた。
「マスター、ごちそうさま! すごく助かったよ!」
パレットはカウンターに向かって叫ぶと、先ほど『シャークフィン』から巻き上げた、ずっしりと重い金袋を、そのままカウンターの上に放り投げた。
「それ、酒代と情報料! みんなにも、まだまだ飲ませてあげて!」
そのあまりに豪快な支払いに、店主だけでなく、酒場にいた全員が息を呑んだ。
「おい、嬢ちゃん、本気か!? これだけの金があれば……」
「気にしない! また稼げばいいんだから!」
パレットはニカッと笑う。
店主は、一瞬呆気にとられた後、腹の底から笑い出した。
「がはははは! 気に入った! あんたみたいな奴は久しぶりだ! ……おい、待ちな」
店主は、金袋の中から金貨を軽く一掴みすると、それをパレットのポケットにねじ込んだ。
「これくらいは持っていきな。それと……これもだ」
店主はカウンターの下から、古びた錆びた鍵を一つ取り出し、パレットに握らせた。
「もし、『ギド爺さん』が店に入れてくれなかったら、その鍵を見せな。昔、俺があの爺さんから借りて、返しそびれてたモンだ。少しは話を聞く気になるかもしれん」
「え、いいの!? やったー! サンキュー、マスター!」
思わぬ助け舟に、パレットは満面の笑みを浮かべた。
「……全く、君は……」
ロジックは、パレットの無謀さと、結果的に呼び込んだ強運に、もはや溜息しか出なかった。
一行は酒場『塩クジラの腹』を後にし、夜の港町『古き港』へと飛び出していった。
酒場の喧騒を背に、一行は店主に教えられた時計塔を目指す。
ガス灯がぼんやりと照らす石畳の道。時折、闇の中から響く、酔っ払いの歌声や、得体の知れない物音。そして、自分たちの後を、数人の人影が距離を保ちながらつけてきていることに、パレットはまだ気づいていない。
一行は、店主に教えられた通り、オールドポートのシンボルである時計塔を目指した。夜の闇にそびえ立つ塔は、昼間の活気とは対照的に、どこか不気味なほどの静寂を湛えている。
「この裏路地だって言ってたけど……」
ロジックがランタンの明かりで照らしたのは、ガス灯の光も届かない、漆黒の闇が口を開ける細い路地だった。湿った石壁の匂いと、微かなカビの匂いが混じり合い、足元ではゴミ箱を漁る野良猫の瞳だけが不気味に光る。
「うへぇ、暗くてジメジメしてる……。でも、冒険の匂いがプンプンするじゃん! どこだー! 『ギド爺さん』ー、出てこないとお店ごとペイントしちゃうぞー!」
パレットは、困難な状況であるほど燃え上がるタイプだ。パレットは宝探しを楽しむかのように、キョロキョロと周囲を見回しながら、大声で叫んだ。見渡す限り、そこにあるのは古びた建物の裏口や、固く閉ざされた倉庫の扉ばかりで、店らしきものはどこにも見当たらない。
「静かにしろ! 大声を出すな! それに、少し急ごう。どうも背後が気になる」
ロジックは、酒場から自分たちの後をつけてくる気配に、とっくに気づいていた。今はまだ距離があるが、この袋小路のような場所で時間を食えば、いずれ追いつかれるのは明白だった。
その時。
「あらあら」
ポワンが、壁の一点をじっと見つめていた。
「あそこのツタの間に、なんだか可愛い看板が隠れていますよぉ」
ポワンが指差した先。そこは、建物の壁が崩れ、びっしりとツタが覆い茂っている場所だった。パレットとロジックでは、ただの廃墟の一部としか認識していなかった場所だ。
「看板? どこどこ?」
パレットが駆け寄り、邪魔なツタを力任せに引き剥がすと、その下から、ホコリまみれになった朽ちかけの木製看板が現れた。
そこには、達筆だが、ほとんど消えかかった文字で、かろうじてこう読み取れた。
『――ギド――』
「あった! ここだよ!」
パレットが歓声を上げる。
看板が掛かっていたのは、店と呼ぶにはあまりにも寂れた建物だった。ショーウィンドウには分厚い埃が積もり、何が飾られているのかも分からない。重厚な木製の扉は固く閉ざされ、人の気配は全く感じられなかった。
「本当にここで合っているのか……?」
ロジックが半信半疑で呟く。
しかし、彼らに迷っている時間はない。背後から、複数の足音が、徐々にこちらへ近づいてくるのが聞こえ始めた。
背後から迫る、複数の足音。目の前には、人の気配が全くしない、固く閉ざされた古びた扉。
ロジックが「どうする……!」と息を殺して最善策を模索する横で、パレットは最もシンプルで、最もパレットらしい結論に至った。
「留守なら、気づいてもらうまで! 夜逃げの取り立てより、しつこくいくよ!」
「やめろ、馬鹿!」
ロジックの制止の声も虚しく、パレットは遠慮なくその重厚な木製の扉を、小さな拳で力任せにドンドンと叩き始めた。
ドン! ドン! ドン!
静寂を切り裂く無遠慮な音が、袋小路の裏路地に大きく響き渡る。それは、後をつけてきている者たちに「私たちはここにいます」と知らせる、狼煙以外の何物でもなかった。
「ごめんくださーい! 廃品回収屋さん、開けてー! すっごい面白いお宝、見せてあげるからー!」
「静かにしろ! 声がでかい!」
ロジックは半泣きでパレットの口を塞ごうとするが、パレットは全くお構いなしだ。
背後で、ピタリと足音が止んだ。そして、ニヤリと歪んだ声が聞こえる。
「……見つけたぜ、嬢ちゃんたち。袋のネズミだな」
路地の入り口の闇から、『シャークフィン』とその仲間たちが、ナイフをギラつかせながら姿を現した。
「まずい、追い込まれた!」
「あらあら、お客様が二組も。人気のお店なんですねぇ」
絶望するロジックと、暢気なポワン。
パレットは、しかし、諦めていなかった。パレットは扉に向かって、さらに激しく叫んだ。
「おじいちゃーん! 家賃滞納の取り立てじゃないよー! 火事だよー!」
「嘘をつくな!」
その時だった。
ギィ……と、扉に付いていた小さな覗き窓が、錆びついた音を立てて開いた。
その隙間から、一つの目が、爛々とこちらを睨みつけていた。皺だらけの瞼に、剃刀のように鋭い瞳。
「……やかましい。何の騒ぎだ。とっとと失せろ。店は数年前に閉めた」
しゃがれた、不機嫌極まりない老人の声が響いた。
「閉めないで! マスターの紹介で来たの! 『塩クジラの腹』の!」
パレットが叫ぶと、ロジックはハッとして、マスターから渡された錆びた鍵を思い出した。ロジックはポケットから鍵をひったくるように取り出すと、覗き窓の隙間に突きつけた。
「こ、これを見てくれ!」
覗き窓の奥の目が、鍵を認め、わずかに見開かれた。
「……あのクソったれ、まだあんなモンを……」
老人は忌々しげに呟くと、扉の向こうで、何本もの閂を、ガチャガチャと外す音が響き始めた。
その間にも、『シャークフィン』たちはじりじりと距離を詰めてくる。
「おいおい、じいさん! そいつらを通すんじゃねえ! そいつらが持ってるお宝は、俺たちのモンだ!」
絶体絶命。
『シャークフィン』の手がパレットの肩に届こうとした、まさにその瞬間。
ギィィィィィッ!
重い扉が、人間一人がようやく通れるほどの隙間だけ、内側に開いた。
「入れ。ただし、やかましいガキは一分で叩き出す」
「やったー!」
パレットが先頭で転がり込み、ロジック、ポワンが続く。
一行が中に入ったのを確認すると、扉は凄まじい勢いで閉められ、再び内側から何重にもロックされた。
ドン! ドン! 扉を叩く『シャークフィン』たちの怒号と罵声が、厚い扉に阻まれてくぐもって聞こえる。
三人は、ひとまず危機を脱したのだった。
分厚い扉が背後で閉まり、『シャークフィン』たちの怒号が遠のいていく。
一行は、ついに『ギドの骨董店』の中へと入ることに成功した。
しかし、そこは店と呼べるような場所ではなかった。カビと、埃と、古い油の匂いが混じり合った、息の詰まるような闇。床には何かが散乱しており、歩くたびにガラクタを踏みしめる音が響く。視界は全く効かず、まさに漆黒の闇の中だった。
ロジックとポワンが、この異様な状況に静かに息を殺している中、パレットだけは違った。パレットは、まるで親戚の家に来たかのように、元気いっぱいに叫んだ。
「助かったー! ありがとう、おじいちゃん! ナイスタイミング、ナイス鍵!」
パレットの礼儀知らずなほど底抜けに明るい声が、ガラクタの山に響き渡る。
「……やかましい」
闇の奥から、先ほどのしゃがれた声が、不機嫌そうに答えた。
カチ、カチ……。
古びた時計の振り子のような、リズミカルな音が聞こえる。
そして、その音と共に、一つの小さな明かりが、闇の中からゆっくりとこちらへ近づいてきた。
ぼうっとしたランタンの光に照らし出されたのは、背中の曲がった、小柄な老人だった。
顔には、年輪のように深い皺が刻まれ、伸び放題の白い眉毛の下で、剃刀のように鋭い、しかしどこか知的な光を宿した瞳が、三人を見据えている。片方の目には、レンズが何枚も重なった、奇妙な拡大鏡のようなものが取り付けられていた。手には、先ほどの時計のような音の正体である、複雑な歯車が組み合わさった奇妙な金属球を弄んでいる。
彼こそが、『ギドの骨董店』の主、『ギド爺さん』だった。
「……『塩クジラの腹』のクソったれに、何を吹き込まれたか知らんが、ここはただのガラクタ置き場だ。追手が諦めたら、とっとと出ていけ」
ギドは、三人を値踏みするように一瞥すると、興味なさげに踵を返そうとした。
「待ってよ!」
パレットは、慌ててギドの前に回り込むと、抱えていた偽装壺を、ドンと目の前に突き出した。
「ただのガラクタじゃないよ! この中には、すっごく面白いお宝が入ってるんだ! マスターが言ってた! おじいちゃんは、『面白い』ガラクタが好きだって!」
「……面白い、だと?」
ギドの眉が、ぴくりと動いた。
「俺が面白いと思うかどうかは、俺が決める。……見せてみろ」
パレットは、ギドの言葉を待ってましたとばかりに、壺の麻袋の蓋を取り払った。
ランタンのささやかな光しか存在しない闇の中で、『キンピカ』が放つ黄金の輝きは、あまりにも鮮烈だった。
ぷるん、と揺れるその未知の物質を、ギドは、初めて、何の感情も浮かべずに、ただじっと見つめていた。
ギドの鋭い視線が、壺の中の黄金色の液体に注がれる。
パレットが「どうだ!」と言わんばかりに胸を張る横で、ロジックが一歩前に進み出た。ロジックは、この偏屈そうな老人に対しては、パレットのような勢い任せの交渉は悪手だと判断し、自らが冷静に説明を試みることにしたのだ。
「失礼、ギド殿。突然の訪問、お許し願いたい」
ロジックは、栄光の国『GLORY』の商家で叩き込まれた、丁寧な礼法で頭を下げた。
「我々がこれを持ち込んだのは、他でもない。この物質の真価を、あなた様ならば見抜いていただけると考えたからだ」
ロジックは、ゆっくりと顔を上げ、真剣な眼差しで老人を見据えた。
「これは、我々の調査によれば、古代の文献にのみその名が記されている、自己増殖型の希少資源……通称『黄金の揺り籠』と呼ばれる物質だと思われます。我々は、この歴史的価値を持つ物質を、正当な対価で然るべき相手に譲りたいと考えている。そのための、お力添えを……」
ロジックの理路整然とした説明を、ギドは黙って聞いていた。
ギドの表情は変わらない。拡大鏡の奥の瞳は、『キンピカ』の輝きをただ冷徹に分析しているかのようだ。
ロジックの説明が終わっても、ギドはしばらくの間、沈黙していた。カチ、カチ、とギドの手の中の歯車が回る音だけが、店内に響く。
やがて、ギドはふっと息を吐くと、ロジックから視線を外し、再び『キンピカ』へと戻した。
そして、これまでで最も低い、地の底から響くような声で、こう言った。
「……小僧。お前の知識は、書物の上だけの、薄っぺらい知識だ」
「……え?」
「それは『黄金の揺り籠』などという、大層な代物じゃねえ」
ギドは、『キンピカ』を指差した。
「そいつは、かつて『黄金の揺り籠』と呼ばれたものから生み出された……ただの『涙』だ。そして、話にならんほどの『出来損ない』だ」
衝撃的な言葉だった。『出来損ない』。パレットたちが命がけで手に入れたお宝は、この老人の目には、そうとしか映っていないというのだ。
『出来損ない』。
ギドが放った、あまりにも無慈悲な評価。パレットが怒りに顔を赤らめるのを、ロジックはそっと手で制した。感情的になれば、この偏屈な老人はますます口を閉ざしてしまうだろう。必要なのは、冷静な対話だ。
「……涙? 出来損ない? 失礼ながら、ギド殿、それはどういう意味ですかな」
ロジックは、努めて平静な声で、しかし探るように鋭い視線を老人へと向けた。
「私の調べた限り、古代の文献にそのような記述は一切見当たりませんでした。『黄金の揺り籠』は、それ自体が完成された希少資源であったはず。もし、我々の認識が誤っているのであれば、ご教示いただきたい。なぜ、これが『涙』であり、『出来損ない』なのですか」
ロジックの問いかけ。それは、書物から得た知識への自信と、目の前の老人が持つ未知の知識への探究心が入り混じった、純粋な問いだった。
ギドは、初めて、パレットたちをただのガキではない、と認識したかのように、その拡大鏡の奥の瞳で、じっとロジックを見つめ返した。
カチ、カチ……。
手の中の歯車を数回弄んだ後、ギドは重い口を開いた。
「……ふん。『GLORY』の小僧は、頭でっかちでいけねえ。いいか、小僧。お前たちが読んだ文献なんざ、所詮は『表向き』の記録だ」
ギドは、店の奥にある瓦礫の山から、一枚の薄汚れた設計図のようなものを引っ張り出してきた。
「『黄金の揺り籠』は、ただの自己増殖する金塊じゃねえ。あれは元々、旧文明が大災の竜に対抗するためだけに生み出した、戦略兵器……その『動力源』兼『制御ユニット』として開発された、意思を持つ『液体金属生命体』だ」
「……兵器の、動力源?」
「そうだ。それ自体は、命令に従順で、安定したエネルギーを供給し続けるだけの存在だった。だが、戦争末期、旧文明のクソったれどもは考えやがった。この生命体に、もっと強力な『自己防衛機能』と『攻撃性』を持たせることはできんか、と」
ギドは、忌々しげに言葉を続ける。
「実験は、失敗した。人の手で『感情』を植え付けようとした結果、オリジナルは暴走し、自滅した。そして、その過程で、オリジナルが流した『悲しみ』の感情だけをコピーして生まれ落ちたのが……そいつらのような『涙』だ」
ギドは、再び『キンピカ』を指差した。
「オリジナルが持っていた戦略兵器としての価値も、自己増殖能力も、ほとんど失われている。ただ、金ピカに輝くだけで、外部からの刺激に反応することしかできん。それが『出来損ない』と言わずして、なんと言う」
ギドの口から語られたのは、文献には決して載ることのない、古代の禁忌の歴史だった。
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コナミ「PROJECT ZIRCON」の二次創作です。
©Konami Digital Entertainment
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