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第13話「祝杯! 酒場の賭けと偏屈爺の骨董店」

「よし、腹が減っては戦はできぬ! 聞き込みも、美味しいご飯も、いっぺんに済ませられる場所といったら、やっぱり酒場でしょ!」


 パレットの提案に、ロジックも「確かに、それが一番手っ取り早いかもしれんな」と同意した。長旅で、ロジックも温かい食事にありつきたかったのだ。


 三人は、港のメインストリートで一際大きな、年季の入った木製の看板を掲げた酒場を選んだ。看板には『塩クジラの腹』と書かれており、中からは船乗りたちの陽気な歌声と、『麦酒(エール)』のジョッキがぶつかり合う音が漏れ聞こえてくる。

 パレットは、まるで自分の家に帰ってきたかのように、躊躇なくその西部劇風扉(スイングドア)を蹴破るような勢いで押し開けた。


 ガヤガヤと喧騒に満ちていた酒場が、一瞬、シンと静まり返った。

 日に焼けた船乗りたち、カードに興じる男たち、そしてカウンターでグラスを磨いていた屈強な店主(マスター)。全ての視線が、入り口に立つ奇妙な三人組に注がれる。

 派手なつなぎ服(オーバーオール)に、パンクな肩当て(『カニタ』)を乗せた少女。

 その隣で胃を押さえている、眼鏡の少年。

 そして、巨大な枕を抱きしめた、眠そうな少女。

 場違いな一行の登場に、酒場の空気が凍り付いた。


 しかし、パレットはその空気を読むことなく、一番近くにあった空席のテーブルに、ドン! と偽装した壺(中身は『キンピカ』)を置いた。


「おじさーん! この店で一番美味しいもの全部と、ジュース三つ!」


 そしてパレットは、カウンターに向かって、この日一番の大声で叫んだ。


「それと、ついでに教えて! この町で一番腕のいい鑑定士(アプレイザー)って、誰!?」


 パレットのあまりにもストレートで、無防備な問いかけに、張り詰めていた酒場の空気は一転、爆笑の渦に変わった。


「がはは! なんだこの嬢ちゃんは!」

鑑定士(アプレイザー)だと? そんな上品なモンが、こんな潮臭い場所にいるわきゃねえだろうが!」

「馬鹿! 大声で情報を求めるな!」


 ロジックがパレットの頭を叩くが、もう遅い。

 カウンターの店主(マスター)――顔に大きな切り傷のある、百戦錬磨といった風情の男――は、呆れたように、しかしどこか面白そうにパレットを見つめた。


「威勢のいい嬢ちゃんだな。うちは情報屋じゃねえ。酒と飯を出す店だ。だがまあ、注文してくれた客に、知ってることを少しばかり話してやるくらいのサービスはするさ」


 店主(マスター)が顎で席をしゃくる。


「で、嬢ちゃんたちは、何を鑑定してもらいてえんだ? その古臭い壺かい?」


 店主(マスター)の問いに、パレットが「そう、この中にはね……!」と得意げに口を開きかけた、その時だった。

 酒場の隅の薄暗いテーブルから、下卑た笑い声と共に、一人の男が立ち上がった。鮫の歯で作った首飾りを下げた、見るからに悪党面の男だ。


「へっ、鑑定士(アプレイザー)だってよ。嬢ちゃん、ツイてるな。このシャークフィン様が、この町じゃ一番の『鑑定眼()』を持ってるぜ? 特に、他人の懐に入ってるお宝の価値を『鑑定』させたら、右に出る者はいねえ」


 シャークフィンと呼ばれた男が、仲間たちとゲラゲラ笑いながら、ナイフの柄を弄び、三人のテーブルへと近づいてくる。


 酒場の空気が、再び緊張をはらんだものに変わる。シャークフィンと名乗る男とその仲間たちが、明らかに面倒事を起こす気満々で、三人のテーブルを取り囲むように近づいてきた。

 ロジックは即座に「関わるな」という視線をパレットに送ったが、パレットの好奇心と挑戦心は、危険を察知する本能より優先される。


「へえ、すごいじゃん! そんなに鑑定眼()に自信があるんだ!」


 パレットは、シャークフィンの挑発に真正面から乗っかった。パレットは小悪魔のような笑みを浮かべると、テーブルの上の偽装された壺を、ポンと軽く叩いた。


「じゃあさ、目利きのシャークおじさん。この壺の中身が、一体どれくらいの価値があるものか、当ててみなよ!」


 その言葉に、シャークフィンは下卑た笑いを深めた。


「はっ、安い挑発だ。どうせ、ばあちゃんの形見のガラクタか、綺麗な石ころでも入ってるのがオチだろうが……」


 そう言いながらも、シャークフィンの目は値踏みするように壺を舐め回している。


「もし、見事に当てたらどうするんだ? そのお宝、俺様に譲ってくれるのか?」

「いいよ! もし、あんたの『鑑定額』が、この中身の本当の価値とピッタリ同じだったらね! でも、もし外れたら……」


 パレットはニヤリと笑った。


「あんたが今持ってるお金、全部私たちにちょーだい! どう? この勝負、乗る?」


 あまりにも無謀で、自殺行為に近い賭けだった。


「パレット、やめろ! 何をしている!」


 ロジックが小声で制止するが、もう遅い。

 シャークフィンと、周囲で見ていた船乗りたちの目の色が変わった。ただの因縁が、一瞬にしてこの港町らしい、ハイリスクな『博打(ギャンブル)』へと変わったのだ。


「……面白い。その威勢の良さ、気に入ったぜ」


 シャークフィンはナイフをテーブルに突き立てると、懐からずしりと重そうな革袋を取り出し、テーブルに叩きつけた。中からは、金貨(ゴールド)がジャラりとこぼれる。相当な額だ。


「乗ってやる。だが、どうやって答え合わせをする? こいつの本当の価値なんて、誰が判断するんだ?」


 シャークフィンがもっともな疑問を口にする。

 その問いに答えたのは、パレットではなかった。


「俺が、その審判役を務めてやろう」


 これまで黙ってカウンターでグラスを磨いていた、店主(マスター)だった。

 店主(マスター)はゆっくりとカウンターから出てくると、その鋭い目で壺を一瞥した。


「言っておくがシャークフィン。もしお前が負けたら、金輪際、俺の店で他の客に絡むことは許さん。そして、その金は嬢ちゃんのモノになる……それでいいな?」


 店主(マスター)の介入は予想外だったが、パレットにとっては好都合だ。


「もちろん! で、シャークおじさんの鑑定結果は?」


 全員の視線が、シャークフィンに集まる。

 シャークフィンは腕を組み、壺を睨みつけ、考え込んだ。

 (ハッタリか? いや、あの度胸。ただのガキじゃねえ。となると、中身は相当なモンのはずだ。宝石か? ジルコンの原石か? あるいは、古代遺物(レリック)か……?)


 シャークフィンはニヤリと笑うと、自信満々に言い放った。


「……分かったぜ。その壺の中身は、勇気の国『BRAVE(ブレイブ)』の王室御用達の画家が描いた、伝説の絵画『虹色の涙』だ! 価値にして、金貨五千枚!」


 シャークフィンの自信満々な鑑定結果に、酒場全体が「おおっ」とどよめいた。まさかの高額鑑定だ。

 ロジックは「まずい、どう切り抜ける……」と青ざめ、パレットの無謀な賭けを、固唾をのんで見守っている。

 しかし、当のパレットは、まるで最高のジョークを聞いたかのように、腹を抱えて笑い出した。


「あはははは! 絵画!? 虹色の涙!? おじさん、センスは悪くないけど……」


 パレットは笑い涙を拭うと、シャークフィンに向かって、ビシッと指を突きつけた。


「ブッブー! 大外れーっ!」


 パレットは高らかに宣言すると、もったいぶる素振りも見せず、壺にかけられた蓋を、バッと取り払った。

 次の瞬間。

 酒場を満たしていた薄暗いランプの光が、まるで霞んでしまうほどの、圧倒的な輝きが放たれた。


 壺の中から溢れ出した光は、純粋な黄金の色。

 しかも、それは自らが光を発しているかのように、キラキラと輝き、そして生きているかのように、ぷるん、と揺らめいている。

 黄金色の液体ペット『キンピカ』が、初めて大勢の人々の前にその姿を現したのだ。


 騒がしかった酒場が、水を打ったように静まり返った。

 酒を飲んでいた船乗りは、ジョッキを口に運びかけたまま固まり、カードでイカサマをしていたある男は、隠し持っていたカードを床に落とした。

 誰もが、目の前で起こっている非現実的な光景に、言葉を失っていた。


「……な……んだ……こりゃあ……?」


 一番近くで見ていたシャークフィンの顔から、血の気が引いていく。絵画? 金貨五千枚? そんな陳腐な価値観が、目の前の「未知の富」の前では、何の説得力も持たないことを、シャークフィンは本能で理解した。欲望よりも先に、理解不能なものへの畏怖がシャークフィンの心を支配していた。


「これが答えだよ。どう? あんたの鑑定、全然違うでしょ?」


 パレットは得意満面で胸を張る。

 その隣で、ロジックは「終わった……」とばかりにテーブルに突っ伏し、頭を抱えていた。こんな大勢の中で、伝説級のお宝を公開してしまったのだ。もはや、この町の悪党全員に公開処刑を宣言されたも同然だった。


 沈黙を破ったのは、審判役である店主(マスター)だった。

 店主(マスター)は、百戦錬磨のポーカーフェイスをわずかに崩し、驚愕の色を目に浮かべながらも、静かに、そして重々しく宣言した。


「……シャークフィン。お前の負けだ。その金袋を、そこの嬢ちゃんに渡しな」


 我に返ったシャークフィンは、悔しさと、そしてそれを上回る強欲に顔を歪ませたが、店主(マスター)の言葉に逆らうことはできなかった。シャークフィンは舌打ちを一つすると、金袋をテーブルに放り投げ、仲間たちと共にすごすごと酒場の隅へと戻っていった。しかし、その目は、決して諦めてはいなかった。まるで蛇のように、執拗に『キンピカ』を睨みつけている。


「やったー! 臨時収入ゲットー!」


 パレットは、ずしりと重い金袋を掴んで満面の笑みを浮かべた。周囲の船乗りたちが、欲望と嫉妬の入り混じった視線を向けていることなど、パレットは全く気にしていない。

 ロジックが「早くこの場を離れるぞ!」と急かすが、パレットは聞く耳を持たなかった。


「まあまあ、そう焦らないでよ、ロジック! 勝利の後には、祝杯ってもんでしょ!」


 パレットは金袋を高々と掲げると、カウンターの店主(マスター)に向かって、再び酒場中に響き渡る声で叫んだ。


「マスター! このお金で、ここにいるみんなに、この店で一番高いお酒を一杯ずつおごるよ! ツケは全部こっちに回しといて!」


 その瞬間、先ほどまで「値踏み」するような目を向けていた船乗りたちの顔が、一斉にパッと輝いた。


「おおっ!」

「嬢ちゃん、気前がいいな!」

「マスター! 『GLORY(グローリー)』産の最高級エールだ!」

「俺は北国の蒸留酒をくれ!」


 酒場は、先ほどまでの緊張が嘘のように、お祭り騒ぎの歓声に包まれた。


「……君は……自分が何をしているか分かっているのか……」


 ロジックは、ほとんど気絶しかけたように呟いた。敵意を金で逸らすどころか、自分たちが「金払いのいいカモ」であることを、大声で宣伝してしまったのだから。


「いいじゃん、みんなで飲んだ方が楽しいよ! ね、マスター!」

「……とんでもねえ嬢ちゃんだな」


 店主(マスター)は呆れながらも、どこか面白そうに口の端を吊り上げて笑うと、次々と酒の注文をさばき始めた。


「嬢ちゃんたちには、うちの特製『海鮮焼き(シーフード・グリル)』をサービスしてやる。腹が減ってるんだろ? 食いな」


 すぐに、三人のテーブルには、巨大な魚を丸ごと焼いた豪快な料理と、新鮮な貝の酒蒸し、そして黒パンとスープが並べられた。


「うわーっ! おいしそう!」


 長い旅でまともな食事にありつけていなかった三人は、目の前の温かい料理に目を輝かせた。

 パレットは焼いた魚の身を豪快にほぐし、ポワンは貝のスープを幸せそうにすすり、ロジックでさえ、警戒心を一時的に忘れ、夢中で黒パンをスープに浸して頬張った。


「はい、『キンピカ』と『カニタ』も、いっぱいお食べ!」


 パレットは自分の分の魚の身を少し取り分けると、開けっ放しにしている壺の中の『キンピカ』に向かって、ポトリと放り入れた。『キンピカ』は嬉しそうにぷるんと揺れ、魚の身をその黄金の体の中に取り込んでいく。

 続いて、パレットは肩の上の『カニタ』に向かって、小さな骨を差し出した。


「はい、『カニタ』はこれね!」

「……パレット、そいつは機械だ。骨は食べないと思うぞ……」


 ロジックが呆れて言うと、『カニタ』は小さなハサミで骨を受け取ると、それを器用に砕き、何やら体内の分析機構のような場所へと取り込んだ。意外と食べられる(?)のかもしれない。


 酒場は、パレットのおごりによって、かつてないほどの盛り上がりを見せていた。船乗りたちは陽気に歌い、踊り、そして口々にパレットたちを「幸運の女神だ!」と称賛する。

 しかし、その喧騒の影で。

 酒場の隅のテーブルでは、シャークフィンとその仲間たちが、目の前の酒には一切口をつけず、まるで獲物を狩る前の獣のように、静かに、そして鋭く、三人の姿を見つめ続けていた。

 そして、彼らだけではない。酒場の外の暗がりからも、この騒ぎを聞きつけた町のならず者たちが、何人も店の様子を伺っていることに、三人はまだ気づいていなかった。


 酒場のお祭り騒ぎは、最高潮に達していた。

 パレットのおごった高級エールで機嫌を良くした船乗りたちは、腕を組んで踊り、テーブルを叩いて故郷の歌を歌っている。三人も、店主(マスター)がサービスしてくれた絶品の『海鮮焼き(シーフード・グリル)』をすっかり平らげ、長旅の空腹はすっかり満たされた。


「んー、おいしかった! やっぱり、冒険の後のご飯は最高だね!」


 パレットは満足げにお腹をさすると、お代わりのジュースをぐいっと飲み干した。そして、まるで今思い出したかのように、カウンターで腕を組んで騒ぎを眺めている店主(マスター)に向かって、再び声を張り上げた。


「ねえ、マスター! ご飯ごちそうさま! それでさ、さっきの話の続きなんだけど、この町で一番すごい鑑定士(アプレイザー)さんのこと、教えてよ!」


 パレットの能天気な声に、店主(マスター)は呆れたように首を振った。店主(マスター)は三人のテーブルまでやってくると、周囲に聞こえないよう、声を潜めて言った。


「……嬢ちゃん、あんた、物事の順番ってもんを考えたことがあるか? あんなとんでもねえお宝を見せびらかした『後』で、鑑定士(アプレイザー)を探すなんざ、焚火の隣で火薬をいじくるようなもんだ。あんたたちはもう、この町の悪党全員の『獲物リスト』の筆頭に載ってるぞ」


 店主(マスター)の視線が、酒場の隅で未だに三人を睨みつけているシャークフィンのテーブルへと、ちらりと向けられる。


「えー、でも、もう見せちゃったもんは仕方ないじゃん」

「……まあ、そうだな」


 店主(マスター)は深いため息をつくと、少しだけ考え込む素振りを見せた。


「……この町で、本物の『目』を持つ人間は一人しかいねえ。だが、そいつは自分から『鑑定士(アプレイザー)』だなんて名乗っちゃいねえよ」

「じゃあ、なんて?」

「ただの『廃品回収屋(ジャンク・ショップ)』だ」


 店主(マスター)は、町の中心にある時計塔を指差した。


「時計塔の通りを一本裏に入った、猫しか通らねえような薄暗い路地にな、『ギドの骨董店』って店がある。主は『ギド爺さん』。一日中、店に引きこもって、ガラクタをいじくり回してる偏屈な爺だ」

「そのおじいちゃんが、一番すごいの?」

「ああ。あの爺さんの『目』は、ただの骨董品の値踏みなんかしねえ。物の来歴、それに宿る魂、そして『真の価値』まで見通すと言われてる。『賢者の組合(ワイズマン・ギルド)』の末裔だなんて噂もあるが……真偽は定かじゃねえ。ただ一つ言えるのは、あの爺さんは、自分が『面白い』と思ったガラクタしか、決して手に取らねえってことだ」


 店主(マスター)は、パレットがテーブルに置いた偽装壺を一瞥した。


「そいつが、『ギド爺さん』を唸らせるほどの『面白さ』を持ってるなら、あるいは話を聞いてくれるかもな。だが、気をつけな。あの爺さんは、人間嫌いで有名だ。門前払いされるのがオチかもしれんぜ」


 ついに、具体的な手がかりが得られた。


廃品回収屋(ジャンク・ショップ)の『ギド爺さん』……面白そうじゃん!」


 パレットの瞳が、新たな好奇心で輝き始める。


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コナミ「PROJECT ZIRCON」の二次創作です。

©Konami Digital Entertainment

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