第10話「覚醒! 魂の共鳴と蒼き空の記憶」
アイオンに導かれ、一行は『方舟』の深部、これまで立ち入ったことのない重厚な隔壁の前で足を止めた。壁面には、古代文字で『第7格納庫:緊急保管区画』と物々しく刻まれている。
『コノ奥デス』
アイオンが壁の制御盤に手をかざすと、ゴゴゴゴゴ……という振動と共に、数千年の沈黙を破って巨大な扉がゆっくりと左右に開き始めた。隙間から漏れ出す空気は、ひどく乾燥しており、高濃度のジルコン粒子で満たされているのが肌で感じられた。
そして、一行は息を呑んだ。
広大な格納庫の中央。厳重な固定アームと、無数のエネルギーケーブルで拘束されるようにして、鈍色の流線型マシンが鎮座していた。それは魚の滑らかさと、猛禽の鋭さを併せ持った、生命体のようなフォルムをしていた。
『試作型ジルコン噴射騎乗機……。記録上、完全ナ休眠状態ニアルハズ……』
アイオンが淡々と解説した、その時だった。
パレットが格納庫に一歩足を踏み入れた瞬間、ロジックが腰に下げていた「スレート」と、パレットのポーチに入っている『始原の結晶』が、キィン、と高く共鳴音を発した。
それに呼応するかのように、休眠状態だったはずの騎乗機の機体全体が、淡い青色の光を放ち始めたのだ。
ピ……ピピ……ピピピピピ……!
静かだった機体から電子音が鳴り響き、閉じていたコクピットの天蓋部分が、まるで生物の目のようにカッと開いて光を灯した。
『……警告。警告。外部キー(始原の結晶)トノ強制リンクを確認。パイロット認証ヲスキップシ、システムガ強制起動シマス』
アイオンの冷静な警告が響き渡るのと、マシンが咆哮を上げるのは同時だった。
ギュイイイイイイイイイインッ!
耳をつんざくような甲高い起動音と共に、騎乗機は機体を拘束していた固定アームを、まるで溶けた飴細工のようにへし曲げた。そして、接続されていたエネルギーケーブルが、火花を散らしながら引きちぎられていく。
「うわっ!?」
解き放たれたマシンは、まるで野生に返った猛獣のように、格納庫の壁や床を縦横無尽に暴走し始めた。その速度は目で追うのがやっとで、時折壁に激突しては火花を散らし、方向を変えてまた爆走する。
『危険デス! アレハ魂ヲ持タナイ、タダノ力ノ奔流! 正式ナ騎手ニヨル調律ヲ受ケテイナイタメ、エネルギーヲ使イ果タスマデ暴走ヲ続ケマス!』
「暴れ馬じゃん! 面白そう!」
パレットは危険な状況にもかかわらず、目を輝かせている。
「面白がってる場合か! 早く止めないと、格納庫ごと爆発するぞ!」
ロジックは悲鳴を上げ、柱の影に隠れた。
「あらあら、元気な子ですねぇ。まるで思春期の子供ようですぅ」
ポワンだけが、いつも通りのんびりとその光景を眺めていた。
ロジックの悲鳴も、アイオンの警告も、今のパレットにとっては最高のBGMにしか聞こえていなかった。目の前で火花を散らしながら爆走する古代の戦闘機は、パレットにとって最高の遊び相手に見えたのだ。
「見てなさい! 『FREEDOM』の暴れ馬くらい乗りこなせないと、一流の冒険家とは言えないんだからね!」
意図の分からない宣言と共に、パレットはギガ・ブラシを地面に突き立てると、それを棒高跳びのポールの様にして、高々と跳躍した。
「パレット、やめろ! 無謀だ!」
狙うは、壁に一度激突し、体勢を立て直そうと一瞬だけ動きが鈍った騎乗機の背後。
空中で体勢を整えたパレットは、まるで猫のようにしなやかにその背中――流線型のコクピットの上に着地した。
「よっと! 暴れないで、良い子だから!」
パレットは機体に必死にしがみつき、手綱でも探すかのように手探りする。
『……侵入者……機体上部ニ……重量ヲ感知……排除シマス』
機体から機械音声が鳴り響き、騎乗機はパレットを振り落とそうと、これまでにないほどの激しい動きを見せ始めた。
上下に激しく揺さぶられ、格納庫の天井ギリギリを飛行し、スピンしながら急降下する。それはもはやロデオというより、拷問のようなアトラクションだった。
「うおおおおおお! 目が! 目が回るうううう!」
さすがのパレットも、三半規管の限界を超えた動きに悲鳴を上げる。
「自業自得だ! ……いや、しかし、なんとかしがみついている……!?」
ロジックはハラハラしながらも、その異常なバランス感覚に驚いていた。
その時、パレットはあることに気づいた。
(こいつ、私がしがみついてる間……力が弱まってる!?)
アイオンが言っていた「魂を持たない力」。正式な騎手がいないことで暴走していたこのマシンは、パレットという「乗り手」が乗ったことで、無意識のうちにその力を制御しようとし始めているのかもしれない。しかし、パレットは正規の騎手ではないため、その制御がうまくいかず、結果として抵抗しているように見えるのだ。
「なるほどね……! ようは、ちゃんと『友達』になればいいってことだ!」
パレットは振り落とされそうになりながらも、ニヤリと笑った。パレットは空いている片手でギガ・ブラシを握りしめると、機体の装甲に直接絵を描き始めた。
描いたのは、大きな「ハートマーク」だった。
「私の気持ち、受け取って! これで私たち、ズッ友だよ!」
ハートマークが実体化した瞬間、パレットと騎乗機の間に、淡いピンク色の光のラインが結ばれた。それは、ジルパワーによる強制的な「心の接続」だった。
『……シンクロ……率……上昇……パイロットノ感情データ……流入……』
マシンの無機質な声に、わずかな戸惑いの色が混じる。
「あはは! どうだ! 私の頭の中は、お菓子と冒険と落書きでいっぱいだぞ!」
パレットの脳天気でカオスな思考データが、古代兵器の制御システムに雪崩れ込んでいく。
『……認証失敗……理解不能ナ思考……デモ……ワルイ……キモチ……シナイ……』
あれほど激しかった暴走が、嘘のようにぴたりと止まった。
騎乗機は、格納庫の中央で静かにホバリングすると、パレットを振り落とすことなく、大人しくなった。
コクピットの眼の光が、攻撃的な赤色から、穏やかな青色へと変わっている。
「やった! 友達、できた!」
パレットは、マシンの上でVサインを掲げた。
ロジックとポワン、そしてアイオンが安堵のため息をついた、その瞬間だった。
パレットの脳内に、奔流のような映像と感情が流れ込んできた。
それは、パレット自身の記憶ではない。今、心を通わせたばかりのこのマシン――騎乗機が、数千年の封印の中で抱き続けてきた、断片的な記憶だった。
――― 蒼い空。どこまでも広がる雲海の上を、数多の同型機と共に編隊を組んで飛翔している。
――― 眼下には、緑豊かな大地。しかし次の瞬間、その大地が巨大な爆発に飲み込まれ、天を突くほどの黒い柱が立ち上る。『大穴』の誕生の瞬間か。
――― 悲鳴。怒号。そして、空を覆い尽くす、巨大な翼を持つ『大災の竜』の影。
――― 目の前で、仲間たちの機体が次々と撃ち落とされていく。黒い炎。絶望的な力の差。
――― 『退避セヨ! 方舟ヘ帰艦セヨ!』
――― 必死に母艦へと逃げ帰るが、追撃は止まない。艦が盾となって、敵の攻撃を受け続ける。
――― システムに走る激痛のようなエラーメッセージ。視界が暗転していく。最後に映ったのは、一人の若い女性パイロットの、悲しげな笑顔だった。
「……っ!」
パレットは、まるで自分がその場にいたかのような、強烈な記憶の追体験に、思わず胸を押さえた。
悲しみ、恐怖、そして守れなかったことへの深い後悔。それは、ただの機械が持つにはあまりにも人間的な感情の残滓だった。
「……そうか。君も……戦ってたんだね。ずっと、一人で」
パレットは、自分が描いたハートマークの上から、優しく機体を撫でた。
騎乗機は、まるでそれに答えるかのように、その青い眼を一度だけ、ゆっくりと瞬かせた。
「……パレット? どうしたんだ、急に黙り込んで」
ロジックが心配そうに声をかける。
「ううん、なんでもない! ちょっと、この子と話してただけ!」
いつもの笑顔に戻ったパレットは、しかし、すぐに真剣な表情になると、仲間たちに向かって高らかに宣言した。
「この子の名前、決めた! 『ソラ』だ!」
パレットは、先ほど垣間見た、マシンがかつて飛んでいたどこまでも蒼い空を思い浮かべて、その名をつけた。それは、ただの識別名ではない。パレットが、この古代兵器に宿る魂――あるいは、その記憶の残滓――に贈る、初めてのプレゼントだった。
『……』
マシンは何も答えなかったが、その眼の青い光が、心なしか一層優しく輝いたように見えた。
「ソラ……。いい名前じゃないか」
ロジックは、パレットの様子の変化に何かを感じ取りつつも、その名前を静かに受け入れた。
「ソラちゃん、ですかぁ。なんだか、空も飛べそうなくらい、素敵なお名前ですねぇ」
ポワンはにこやかに拍手した。
『……機体名『ソラ』ヲ登録シマス』
アイオンもまた、その命名を正式なものとして、方舟のデータベースに記録した。
こうして、ただの「騎乗機」は、パレットたちの新しい仲間、「ソラ」として生まれ変わった。暴走していた時とは打って変わって、ソラはパレットの意思に忠実に、静かにその場でホバリングを続けている。
一つの魂が、数千年の時を超えて、新しい主を見つけた瞬間だった。
「よし、ソラ! 命名式は終わり! 早速だけど、魔改造の時間だ!」
感動的な命名式からわずか三十秒後、パレットは感慨に浸る間もなく、目をギラギラと輝かせて宣言した。パレットにとって、友情を深める最善の方法は「一緒に何かを作ること」であり、それが古代兵器の改造であっても、何ら変わりはなかった。
「さっきは一人乗りだったけど、これからはアタシとロジックとポワン、それにキンピカとカニタも乗せるんだから! ファミリーカーみたいにしないとね!」
ソラは、まるでその言葉を理解したかのように、コクピットの風防を静かに開いた。どうぞ、という意思表示のようだ。
そこには、一人のパイロットが収まるための、タイトな操縦席があるだけだった。
「よしきた! まずはここをぶち抜いて、長椅子にしないとね!」
パレットはギガ・ブラシを構え、躊躇なく操縦席を破壊しようとする。
「待て待て待て待て!」
その瞬間、ロジックが血相を変えて二人の間に割って入った。
「操縦席を破壊してどうする! 運転できなくなるだろう! いいか、改造するならするで、最低限のプランが必要だ!」
「えー、プランなんて面倒だよ。描いて、くっつけて、乗れればそれでいいじゃん!」
「それが一番危ないんだ!」
ロジックは頭を抱えながら、アイオンの方を向いた。
「アイオン! 君が言っていた『スレートに秘められた設計データ』とやらを、スクリーンに表示してくれ! この暴走アーティストが好き勝手にやる前に、安全な改造案を理論的に導き出す!」
『……了解シマシタ』
アイオンが頷くと、格納庫の空中スクリーンに、無数の設計図や数式が高速で表示され始めた。それは、スレートに記録されていた、騎乗機の基本構造データだった。
「よし、パレット! ポワンもだ! 僕がこれから、最も安全かつ効率的な改造プランを提案する! 君たちは僕の指示に従え! いいな!」
ロジックは、まるで戦場の指揮官のように、ビシッと二人を指差した。
「はーい、ロジック先生!」
「ご指導ご鞭撻、よろしくおねがいしますぅ」
パレットとポワンは、珍しく素直に敬礼してみせた。
こうして、栄光の国出身のインテリ少年ロジックの指揮のもと、古代兵器の魔改造という、前代未聞の日曜大工が始まった。
ロジックの緻密な計算と、パレットの常識外れの創造力、そしてポワンのマイペースな手伝い(主に材料を枕で叩いて柔らかくするなど)が、果たしてどんな化学反応を起こすのだろうか。
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コナミ「PROJECT ZIRCON」の二次創作です。
©Konami Digital Entertainment
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