第1話「迷ったら加速! 色彩災害、空から降る」
風が吹き荒れる「無駄に反響する峡谷」の断崖絶壁に、一人の少女が威風堂々と立っていた。
少女の名はパレット・バースト。勇気の国『BRAVE』が生んだ、歩く色彩災害である。
パレットは十六歳という多感な時期を、全て「世界をカラフルに塗りつぶす」という野望に費やしている。ピンクと水色のメッシュが入り乱れた髪はまるで爆発したキャンディ工場のようで、着古したつなぎ服は過去の創作活動の犠牲となった無数の絵の具で覆われ、もはや防具としての強度すら獲得しているように見えた。
パレットの背中には、身長ほどもある巨大な筆型ジルコンギア『ギガ・ブラシ』が聳え立っている。
これは単なる画材ではなく、空中に描いた落書きを実体化させるという、物理法則への冒涜とも言える能力『想像の実体化』を行使するための武器だ。
パレットの性格は、その髪色以上に脳天気であり、「前進あるのみ、反省は死んでから」を地で行く。所持品を確認してみれば、極彩色の絵の具チューブが数本、食べかけの乾燥したパン、そしてパレット自身が描いた解読不能なナプキンの地図だけで、冒険に必須の回復薬や常識は一つも見当たらない。
パレットの隣では、栄光の国『GLORY』出身の少年ロジック・カルクが、ストレスで胃を押さえながら眉間の皺を深めていた。そしてもう一人、平和の国『PEACEFUL』の少女ポワン・ソムニは、自身の身長ほどある枕型ギアを抱きしめ、直立したまま鼻提灯を膨らませている。
三人がこのような辺鄙な場所にいる理由は、パレットが酒場で聞きかじった胡散臭い噂話に端を発していた。
「この峡谷には『無限に増殖する黄金スライム』が生息しており、一匹捕まえれば一生遊んで暮らせる」
詐欺師が入門編で使うような話を、パレットは疑うことなく信じ込んだのである。ロジックは「そんな生物学的矛盾が存在する確率は、君が黙っていられる確率よりも低い」と警告したが、パレットは一行をこの荒野へと引きずり込んだのだ。
現在の状況は、控えめに言っても芳しくない。
財布の中身は空で食料は枯渇寸前、おまけに眼下の谷底には、どう見ても友好的ではない風貌の集団がたむろしている。
彼らは「FREEDOM」の無法者か、あるいは単にガラの悪い遠足愛好家かもしれないが、手に持っている鉄パイプはパンにバターを塗る道具ではなさそうだ。
夕日が沈みかけ、空はパレット曰く「紫の配合が甘い」色に染まっている。峡谷の風音に混じって、無法者たちの笑い声とロジックの溜息、そしてポワンの寝息が不協和音を奏でていた。
まさに、冒険の始まりにふさわしい、絶体絶命かつ支離滅裂な状況である。
「迷ったら加速! これぞ前衛的流・垂直落下式接近だ!」
パレットはそう高らかに宣言すると、愛用のギガ・ブラシを地面に叩きつけ、その柄の上に飛び乗った。
まるで波乗りを楽しむサーファーのように重心を低くし、眼下の奈落へ向かってニヤリと笑う。
「ちょ、待てパレット! 傾斜角七十五度は滑走ではなく『墜落』に分類される!」
ロジックが悲鳴に近い警告を発するが、時すでに遅し。
パレットは「ア、ア、アートォォォ!」という魂の叫び――あるいは単なる奇声――と共に、崖の斜面を滑り出した。ブラシの毛先が岩肌と摩擦し、火花ではなく虹色のインク飛沫を撒き散らす。物理法則がパレットの勢いに負け、臨時休業したようだ。
「ロジックさぁん、置いていかれますよぉ〜」
ポワンは相変わらず半目のまま抱き枕にまたがり、まるで雲に乗る天女のような、ただし速度は音速に近い優雅さでパレットの後を追う。
「僕の人生設計にこんな催しはなかったはずだあああ!」
ロジックは半泣きで計算盤機能付き携帯端末を小脇に抱え、ヤケクソ気味に走り出した。尻餅をつきながら摩擦熱でお尻を焦がす滑走で追随する。
峡谷にこだまする絶叫と、謎のカラフルな残像。
谷底でたむろしていた男たちは、空から降ってくる極彩色の災厄に気づき、口をポカンと開けていた。彼らは鉄パイプを持ったまま、呆然と空を見上げる。
「おい、なんか降ってこねえか?」
「流星……いや、あれは……筆?」
ドゴォォォォン!!
盛大な土煙と共に、パレットは男たちの宴会用テーブル――木箱を並べたもの――のど真ん中に着地した。衝撃で安酒の瓶が宙を舞い、焼いた肉が右へ左へ飛び散った。
「着地、百点満点! 色彩感覚、測定不能!」
土煙の中から現れたパレットは、ビシッとポーズを決めた。ゴーグルがズレて片目が隠れているが、パレット本人は気にしていない。遅れてポワンがふわりと軟着陸し、最後にロジックが顔面から砂利に突っ込んだ。
「……死ぬかと思った……いや、確率的には三回死んでた……」
ロジックは震える手で眼鏡の位置を直した。
周囲を取り囲む男たちの顔には、怒りよりも困惑の色が濃い。彼らのリーダー格らしき男、スキンヘッドに刺青だらけの巨漢が、ひきつった笑みを浮かべて一歩前に出た。
男の手にはひしゃげた鉄パイプが握られている。名前はドーラ・ボム。かつては『BRAVE』の二流画家だったが、筆を鉄パイプに持ち替えた経歴を持つ男である。
「おいおい、俺たちのささやかな『決起集会』を台無しにしてくれたのは、どこのどいつだ? 命知らずにも程があるぜ」
パレットは男を見上げ、ニッコリと笑った。
「命知らず? 違うよおじさん、パレットは『色知らず』の荒野に彩りを届けに来た、通りすがりの天才芸術家! ついでに黄金スライムの場所も教えてくれたら、特別にそのハゲ頭にカッコいい『標的印』を描いてあげる!」
「……ああん?」
空気が凍りつき、ロジックの顔色が青ざめ、ポワンがクスクスと不吉な笑い声を漏らす。
ドーラ・ボムのこめかみに、青筋という名の血管芸術が浮かび上がった。
だが、パレットの思考回路において、「空気を読む」という処理は常に「直感を爆発させろ」という上位命令によって上書きされる。ドーラ・ボムの額に浮き上がった青筋など、今のパレットにとって、画板上の完璧な補助線に過ぎない。
「そこだっ、直感爆発!!」
パレットは掛け声と共に、背負っていたギガ・ブラシを横薙ぎに一閃した。
穂先が空気を切り裂き、鮮烈な赤色の「概念」を乗せてドーラの頭部を直撃する。物理的な衝撃は皆無だが、次の瞬間、スキンヘッドの男の額には、コンパスで描いたような完璧な二重丸の標的印が輝いていた。
「おおーっ! 素材の輝きを活かした見事な筆さばき! これで攻撃の命中率が百二十パーセント上昇だよ! おじさん、人気者になれてよかったね!」
パレットは自画自賛しながら拍手した。
ドーラは額を触り、手のひらに付着した赤い塗料を見る。顔色は赤、青、そして土気色へと変色していった。
「て、てめぇ……! 俺様の芸術的頭に落書きしやがったなあああ! 野郎ども、こいつらをミンチにしろ!!」
ドーラの怒号が響き渡り、周囲を取り囲んでいた手下たちが一斉に鉄パイプやバールを振り上げた。
「計算終了。僕らの生存確率は、四捨五入してゼロだ」
ロジックが絶望的な数値を弾き出し、頭を抱える。しかし、事態はロジックの計算式にはない変数によって歪められた。
手下の一人、モヒカン頭の男がパレットに向かって鉄パイプを振り下ろした瞬間である。
「うおおっ、死ねえぇ……って、あれ?」
ブンッ。ゴチン!
「あぐっ!?」
モヒカン男の腕は、なぜか不自然な軌道でねじ曲がり、見事にドーラ・ボムの額の「赤丸」に直撃した。
「おいバカ! どこ狙ってやがる!」
ドーラが怒鳴るが、悲劇は連鎖する。
別の手下が投げた石も、背後から切りかかった男のナイフも、まるで磁石に吸い寄せられる砂鉄のように、全てのベクトルが「標的印」へと収束していくのだ。
これこそがパレットのジルコンの力、『実体化する落書き』の真骨頂。「的」を描けば、世界はその絵を「当てるべき場所」として認識してしまうのである。
カン!
ガン!
ドスッ!
「痛え! やめろ! なんで俺を殴るんだ貴様ら!」
「ち、違うんですボス! 目が、手が勝手にあの赤丸を追いかけちまうんです!」
「ボス、そのおでこ、すごく……叩きやすそうです……!」
峡谷の底で、手下たちが涙目でボスをタコ殴りにするという、奇妙極まりない内紛が勃発した。
「わあ、すごいすごい! みんなおじさんのこと大好きなんじゃん!」
パレットは手を叩いて喜んでいる。その横で、ポワンがのんびりと口を開いた。
「ふふふ、これが人望というものですねぇ。愛されてますね、ハゲの人。私も参加していいですかぁ? 枕投げなら得意なんですけど」
「煽るなポワン! そしてパレット、この混沌な状況は長く続かないぞ! ボスの耐久値が尽きるか、手下たちが『目を閉じて殴る』という学習をするまでの時間との勝負だ!」
ロジックが叫ぶ通り、ドーラ・ボムは打撃の嵐に耐えながらも、鬼の形相でパレットたちを睨みつけていた。額の標的印は腫れ上がり、より立体的で狙いやすい形状へと進化しているが、その目には殺意がみなぎっている。
「許さん……絶対に許さんぞクソガキども……!」
ドーラは懐から奇妙な色をした「黒いジルコンの欠片」を取り出した。
それを握りしめた瞬間、ドーラの筋肉が不気味に膨張し、皮膚が岩のように硬質化していく。どうやらドーラもまた、正規の道筋ではない手段でジルパワーを得た、あるいは暴走させようとしている「危険人物」だったようだ。
手下たちの攻撃を弾き返し、ドーラが雄叫びを上げる。
「俺の芸術は『破壊』だ! そのふざけた筆ごとへし折ってやる!」
膨れ上がった筋肉の巨人が、地面を揺らしながらパレットたちへ突進を開始した。もはや「的」の効果など意に介さない質量攻撃である。
「わっ、おじさんが筋肉隆々なゴリラになった!」
パレットは危機感ゼロで感想を述べるが、状況は一変して深刻風なピンチである。背後の断崖で逃げ場は無い。
「筋肉には筋肉増強剤だよね! ってことは、香辛料だって栄養だ! 食らえ、パレット特製『激辛風味爆弾』!!」
パレットは、迫り来る肉の暴走機関車に背を向けず、真っ向から立ち向かった。
腰のポーチから取り出したのは、一見すると赤色の絵の具チューブだが、その中身はパレットが「刺激的な赤色」を作るために独自調合したものだ。世界一辛い唐辛子の一種であるブート・ジョロキアを濃縮した、激辛香辛料練り薬である。
パレットは迷わず、そのチューブを全力で握りしめ、発射口をドーラの大きく開かれた口に向けた。
ブチュルルルッ!
真っ赤な練り薬が、まるで高圧洗浄機のような勢いでドーラの口腔内へ直撃した。
「グオォォッ!? ごふっ、んぐっ!?」
突進の勢いが止まった。
ドーラの動きが硬直し、その岩のような皮膚の下から、尋常ではない量の汗が噴き出し始める。顔色が赤、青、紫を超えて、見たこともないドス黒い赤色に変色していく。
「が、があああっ……辛あぁぁぁっ!? 火だ! 口の中が火事だあああ!」
先ほどまでの威圧感はどこへやら、ドーラは両手で喉をかきむしり、地面を転げ回り始めた。
筋肉の暴走は止まったが、代わりに痛覚の暴走が始まったようだ。その悶え方は、もはや芸術の域に達している。
「カプサイシンの致死量一歩手前……いや、ドーラの場合は筋肉量で中和されているのか? いずれにせよ、味覚の完全破壊を確認。パレット、君は絵の具を何だと思っているんだ……」
ロジックが呆れ果てた声で分析する。
「いい色ですねぇ、あの顔。完熟トマトみたいで美味しそうですぅ。あ、でも食べたらお腹壊しそうですね」
ポワンは相変わらず、のんびりと残酷な感想を漏らす。
ボスが悶絶する姿を見て、手下たちの戦意は完全に喪失した。「筋肉」も怖いが、「激辛」はもっと怖い。彼らは武器を捨て、蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
「ひぃぃ! ボスが喰われちまう! 逃げろーっ!」
戦闘――という名の地獄絵図――が終わり、静けさを取り戻した峡谷に、ヒックヒックとしゃくりあげるドーラの声だけが響いていた。ドーラは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、完全に無力化されていた。
その拍子に、彼の手からポロリと「黒いジルコンの欠片」が転がり落ちた。それは不吉な紫色の光を放っており、見ているだけで不安になるような代物だった。
「おや? 綺麗な石ですねぇ。でも、ちょっと色が濁ってます。洗濯機で洗ったら綺麗になりますかね?」
ポワンが近づこうとするが、ロジックが慌てて制止する。
「触るなポワン! あれは『変異ジルコン』の可能性が高い。通常のジルコン反応とは波長が逆転している。正規の道筋で流通しているものじゃないぞ」
「へー、希少物ってこと? じゃあお宝じゃん!」
パレットが身を乗り出す。
その時、這々の体で逃げ出そうとしていた手下の一人が、震える声で情報を落としていった。
「ひ、ひぃぃ! 俺たちは何も知らねえ! その石はボスが『西の古代遺跡』で拾ってきたんだ! 『竜の呪い』がかかってるって噂だぞ! 助けてくれー!」
まだ残っていた手下たちも脱兎のごとく逃げ去っていった。
残されたのは三人、そして激辛で泣き崩れるボスと、謎の黒い石だけ。本来の目的であった「黄金スライム」の気配は微塵もない。
「西の古代遺跡、か……。黄金スライムはいなかったけど、新しい冒険の匂いがするね!」
パレットの鼻がピクピクと動く。それは揉め事の予兆を嗅ぎつけた合図だ。
「嫌な予感しかしない確率百パーセントだ。でも、この石を放置するのも危険だな。BRAVEかGLORYの研究機関に持ち込むべき案件かもしれない」
ロジックが渋い顔で石を火ばさみ――いつの間にか持っていた――で拾い上げ、密封容器に収める。
そうして、あたりは完全に夜になり、峡谷の風が冷たくなってきた。今夜はいったいどうしよう?
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コナミ「PROJECT ZIRCON」の二次創作です。
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