エピローグ、あるいは世界のつくり方(完全版)
墨田区から水が退くことはなかった。もはや、排水施設を動かし続けるのは現実性を欠く、と都が判断したのだ。なので、書肆・鯱の目は他の店舗と同じように水上店舗として開店している。けっこうな観光名所になって、それなりの年月が経った。四代目の店主は今、客の応対に忙しい。
「えーとですね」
いかにも一知半解な様子で、客が質問している。
「妻に頼まれて、昔ソ連であったアニメかなにかで『チュパカブラ』ってのがあったらしくて、その絵本を探しているんです」
「そりゃあ、『チェブラーシカ』じゃないんですか」
色黒い、アフリカ系の血が入った店主は面倒そうに答えた。
「あ、そうそうそんな感じです」
「『チェブラーシカ』の絵本ねえ……今、うちにあったかな。みかげぇ」
「はいはい」
「『チェブラーシカ』の絵本とか在庫あったっけ?」
「右の手前の棚の、上から二番目」
「ありがとう。というわけでお客さん、その辺です」
「どうも」
客はしばらく探して目当てのものを見つけ、お買い上げあそばして帰った。経験上、このあとの時間帯は客足が途絶える。店主は妻に話しかけた。
「なあ」
「なに?」
「九度さんの三回忌、来月だろう」
「そうね」
先代店主は二年前に亡くなった。死の直前まで矍鑠としていたが、まさか風呂場で滑ってこけてその晩に亡くなるとは。
「三回忌が済んだら、少し旅行に出かけたい場所があるんだ」
「いいじゃない。どこ?」
「アフリカ」
みかげはケラケラ笑った。
「前から行きたがってたものね」
「それって笑うことか?」
「ごめん、あんまり理由はない」
「よければ」
ロベールは少しはにかみながら言った。
「みかげも来ないか」
「いいね」
屈託なく、みかげも応じる。
「じつはなんだかんだで、海外って初めてだし」
「あれ、そうだっけ」
「そ。この世界、けっこう広いしいろいろ見て回るところがある」
「うん」
ロベールも微笑んだ。
「たしかにそうだ」




