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明灘みかげの解き放つもの

アルプスに抱かれた研究所に、けたたましくサイレンが響く。電子的な侵入者がシステムへの猛烈な攻撃をはじめたのだった。ギイ・ド・メはゴーグルを外すことなく、落ち着いた様子で言った。

「パレオロゴス。騒がしいが、何が起きている」

『申し訳ありません。現在、研究所のシステムにハッキングを受けております』

パレオロゴス所長の声は恐縮していた。

「ハッキング? 地理的にどこからだ。大まかでもいい」

『は、西日本方面かと』

「ラームはどうした」

『先刻より連絡が取れません』

ド・メは数秒だけ思案した。ここに電子的にでも侵入可能な相手は数えるほどしかいない。というか、シェンケヴィッツの力添えを借りた明灘みかげしか考えられない――要はみかげ自身が一種の囮としてド・メを挑発している、ということだろう。そうであるならば。

「侵入者と回線をつなげ」

『は……?』

「私に二度同じ事を言わせる気か」

パレオロゴスは絶対権力者に楯突かなかった。楯突かないからこそ、今の地位があるのだから。ド・メはゴーグルを装着したまま、しばし待つ。ほどなくして、明灘みかげの映像が出現した。

「みかげさん。遠いところようこそ、と言いたいが実際には我々を隔てる距離は数万キロメートル単位だな」

「そうですね。ただ、お互いに遠いところ――遠い世界まで至った、とは言えるかもしれません」

ド・メはその通りだ、という意味でうなずく。

「それで。自ら、我らの目的のために生け贄になろう、というつもりかな?」

「そういう方も、時にはいるかもしれない」

みかげは臆することなく応じた。

「でも、私は違います」

「他の選択肢がありますか? こうしてあなたから回線をつないだ時点で、私はこれまで何度もしてきたように、あなたを使えるのです」

「こう考えたことはありませんか」

みかげは静かに言う。ド・メは何かを予感した。それが恐怖なのか、不安なのか、あるいは救済なのかも定かではない予感。

「この宇宙はもちろんいつか滅びる。それを回避することはできない。そうだとしても、自分で望んだのではないとしても、私たちは生まれた。いつかは永訣が来ると知ってなお、誰かを愛することができる」

ド・メの表情から余裕のようなものが消えていく。まるで宇宙から秩序が失われることを誰にも止められないように、どうしようもなく己の感情が凍り付いていくのを、ド・メは感じた。

「何をする気だ」

「宇宙を超えた因果を保持できるのは、私と一体化した『なにか』だけです」

みかげは運命を選び取った人間だけが持つ穏やかさで、ド・メに告げた。

「『なにか』は、私に語りかけることがある。『自由になりたい』と。私は『なにか』の願いを叶えたい。そして、これまで連なってきたすべて宇宙をそれぞれの展開に解き放つ……そういう思いが生まれたんです。ネックレスの紐を抜き去ると、ネックレスは壊れるかもしれない。でも、それぞれの真珠は」

みかげはド・メの目をまともに見つつ、告げる。

「それぞれの真珠はそれぞれの行くところに向かう」

「ふざけるな!」

ド・メは絶叫した。

「滅亡を回避してこそ、限られた時間の人生しか持てない人間も生きる意味を見出せるのだ! 人は後世に託し、託される、そこに初めて生きることの意味が生じるんだ! 貴様、人間の生きる意味を消し去りたいのか!」

「いいえ。結末を変えるために、私たちは生まれてきたわけじゃない」

海底環境測候所の一室で、ドゥリーパ・シェンケヴィッツが部屋に据え付けられた機器のエンターキーを押した。ドゥリーパはシステムの深く、ド・メやパレオロゴスの想定よりはるかに深く侵入ずみだった――それは明灘京司が用意したからこそだった。

「生きる意味なんて、見つけようと思えばそこらに転がっている。あなたが気づけなかっただけです」

アルプス山中で、粒子加速器が暴走した。致死量の中性子線が研究所内の人間を瞬時に殺してしまったが、人里離れて建設されたことが幸いし、一般人の被害者はいなかった。

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