ドゥリーパ・シェンケヴィッツの正体・1
「燧灘海底環境測候所、長瀞遼太郎が行きそうな場所は、このあたりではそれしかない」
シェーファーのスマートフォンを再充電し、ロック解除すると発信履歴にはユエの番号があった。楓も当然知っている相手だ。ユエも柏に研究室を構えている以上、おそらくシェーファーは長瀞のことを聞いたのだろうとみて楓からかけたら当たりだった。
『シェーファー教授も同じこと聞いてきたけど、何かあったの?』というユエの質問に、楓は言葉を濁すしかなかった。シェーファーは表面上だけだったかもしれないが、それでも楓の研究上の相談には親身に乗るタイプだったのだ。指導教官は今、むごたらしく殺され、デッキに横たえられている。操舵室に座らせたままというわけにもいかなかったのだ。ただ、悼む暇が今はない。分かちがたい感情のうねりが楓の奥で暴れるのを必死に抑え、ドゥリーパのナビに徹した。
「楓さん」
「なに?」
「さっきはごめんなさい」
思わず声を荒らげたことを謝っているらしい。
「別に。あなたはあなたのやるべきことをやろうとしただけで、私は私のしたいことをしようとしただけ」
「そういってもらえると、気が楽です」
「ただ、ここまできたら教えてもらえない? あなたが誰か。何が目的か。好奇心を満たす権利が私にはあると思うけど」
ドゥリーパは右舷方向に、わずかに舵を切った。
「認めますよ。あなたには知る権利があり、僕には教える義務がある。本当は、一関のときに既にそうだったかもしれないけど、僕はそれを認めるのが恐かった」
「認めるのが恐かったのは、それだけ?」
ドゥリーパは微笑んだ。出会ったときと同じように。
「そうですね、あなたが好きになってしまったことも、ですかね。あなたは?」
「同じ」
楓も微笑んでいた。
「よかった。本当に恐かったから」
「それも同じね」
クルーザーは波を切って進む。旧夷島、燧灘海底環境測候所への入り口へ。ドゥリーパは口を開いた。
「明灘京司の正体も、見当がついてきましたよ。でも、その仮説を述べる前に言っておきましょうか。僕の正体は――」




