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瀬戸内海上の襲撃

ドゥリーパと九度が運転を交代しつつ走り続け、高松に着いたのは日が沈んだあとだった。シェーファーのスマートフォンの位置情報は、午後の三時頃からほとんど動きを見せなかったが、四時になって高松から海上を西へと進み始めた。ドゥリーパがマリーナからプライベート・クルーザー(もちろん誰か見知らぬ人の所有物)を失敬し、燃料も十分あるのでいよいよ追いかけはじめる。楓は自分が盗難された乗り物を使うことに慣れ始めたことに気づいて、すこしぞっとした。

「シェーファー教授の移動速度を見るに、僕らと同じで船を使っているはずですね」

操舵しながらドゥリーパがいう。船舶の自動航行は、自動車の自動運転ほどには普及していない。

「教授が四国でクルーザーを持っているというのは聞いたことないな。船舶免許も、まあ日本のはなさそう」

「じゃあ、彼一人ではないでしょうね」

左舷右舷それぞれに四国と中国地方の経済活動が灯りとなって光っている。今夜の瀬戸内は凪いでいて晴れ、ナイトクルージングにはぴったり、と言いたいがそこまで気持ちに余裕があるわけはなかった。

「教授の位置情報が止まった」

「どの辺りですか」

「愛媛県沖にさしかかったあたりだね。地図アプリで見ても海原のど真ん中、って感じだけど」

「とにかく行ってみますか」

取り舵をすこし。速力微増、といきたいがすでにだいたい最大速力を出しているのであまり変わらない。

「あっ」

「どうしました」

「位置情報ロスト」

ドゥリーパは眉間に皺を寄せた。

「とりあえず、最後まで追尾できた地点まで行くしかないですね」

既にかなり近いところまでは来た。今のノット数ならば、さほど時間はかからないはずだ。

10分とかからぬうちに、最後に位置情報を拾えたポイントまでたどり着いた。

「どこ?」

楓は目をこらす。夜の海では空も水面も渾然となって、よほど闇に慣れた目にも何かを探すのは難しい。可能ならレーダーを使いたいが、照射電波で相手にこちらの位置を知られる可能性が高い。しばらく探して、やっとぼんやりとした水平線が識別できた。目がその状態に至ってから、もう一度西の方をよく探す。あった。存在と非在のあわいに浮かぶようにして、暗闇に浮かぶ一隻の船。おそらく、楓たちが乗ってきたものと同じく盗品である。

「……電源もエンジンもついてない」

「こちらに見つかるのを恐れたか、あるいは……」

「どうする?」

「わかっているでしょう」

「オーケー、強行接舷用意」

エンジンとスクリューが唸り、向こうの船に近づく。とくにリアクションが無い時点で、いろいろな予感がしてくる。様々な可能性を想定すること自体が心理的な圧迫感となる。あるいはそれも敵の戦い方もしれない。ドゥリーパは向こうの船にするりと近づき、舷側をなんとか飛び移れる程度に寄せた。

「自動車のときとは違ってずいぶん丁寧なのね」

「じつは船の方が好きなんですよ。車はあんまり情緒がなくていけない」

あいかわらず、武器がコンバットナイフとスタンガンくらいしかないのが頼りないが、今さら臆しても詮無い。それぞれの揺れ方をする船の間を二人は跳躍した。

「人の気配がない」

そう、誰もいない感じがした。当然ここまでこの船が来ているということは誰かが操船してきたはずなのだが。ふと、楓は磯のにおいに紛れて気づけなかったある臭いに気づく。海のにおいに少し似ているが、それよりはるかに濃密で、そしてむごたらしい臭い……。

「シェーファー教授……」

シェーファーは操舵席に縛り付けられた状態で、頸動脈から多量の出血をして死んでいた。胸ポケットには彼の研究用のスマホが入っているが、おそらく充電が切れたのだろう。絶句する楓の隣で、ドゥリーパは気づいた。自分たちの今乗ってきた船が走り出した。

「してやられた」

無駄と思いつつエンジンを点火しようと試みるが、かからない。燃料そのものは残っているが、電源を完全に止められている。どれほど手早くしても五分はかかるだろう。その間に、入れ替わりに動く船に乗ったヘルメティカのエージェントは二人の乗る船から百メートルほどの距離をとった。

デッキに相手の姿が見えた。遠距離のうえ逆光となり、顔はまったく見えないが何か大きなものを構えている。

「弓弦さん、おそらくロケットランチャーの類いです。着弾の前に海に飛び込んだら、下手に泳ぎ回っては駄目です。体温が下がる」

「ドゥリーパは?」

「……僕には目的地がある。あまりにもあなたを巻き添えにしすぎた」

「今さら?」

楓は場違いにも怒っていた。

「水くさいにもほどがあるんじゃない?」

「そうですね。たとえそうだとしても」

ドゥリーパは楓を敵がいる側とは逆の舷に連れていこうとしたが、楓本人が抵抗した。

「時間がない!」

ドゥリーパが叫んだとき、閃光と轟音が走った。

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