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目的地はいずこ

「雲をつかむ方が現実的だね」

アオイの言葉はみかげとロベールの旅について、的確な評価だった。

「とりあえず地図アプリでざっと見ても、それっぽいのはないし」

「それは今の地図だからじゃないか?」

ロベールがアオイのスマホを横からのぞいて言った。みかげはアオイの居間におかれる「人を駄目にする」タイプのクッションにうずくまって寝ている。ロベールはみかげが寝ていてよかった、と内心で思った。

「今の地図ってなに?」

「よく見てくれ」

巧妙にそれがどこなのかを隠された、紙の地図帳をロベールは広げた。

「この島の地形、どう見てもそこまで標高がない。発行されてから何十年も経っていることも考えると、海面上昇で沈んだ可能性もある」

アオイも地図帳の方をよく見てみた。ロベールの言うとおり、一番高い場所でも標高は3メートルあるかないかだろう。

「でも、21世紀の初めからみたって海面上昇はマックス1メートルかそこらじゃん。この島全部を沈めるのは無理じゃない?」

「うーん……」

ロベールはうなり、そして黙った。気まずいわけではないが、空回りする空気感。存在しない島。昔、GPSも人工衛星もほとんど構想さえされていない時代、「幻島(げんとう)」というものがあった。あったというか、そう呼ばれていた。要は船乗りが「新しい島を見つけた」という報告をあげるのだが、緯度経度の記録に誤差があったり、あるいはそもそも誤認したりして、しばらくは「太平洋のこのあたりに島があると思われる」といった具合で地図には載るものの、それを再発見する航海者はついぞ現れない、そういう概念だ。

もちろん、西暦の2008年にはGPSがあるし、衛星画像もあるので、そんなものが地図に紛れ込む余地はない。そのうえ幻島は大洋のど真ん中で誤認するもので、瀬戸内海の幻島などないはずであった。だが、とアオイは思いつくものがある。

「たしかに全部沈む、はないにしても島の海岸線の形が変わる、はあるね」

そう考えてもう一度地図アプリを見てみる。もし、この島の周りで海が1メートル上がったら。島の面積は痩せ細り、地図帳では円形に近い形も南北方向を長径とする楕円に近くなるはずだ。そして、尾道との航路がある以上、そこから極端に離れた場所でもないはず。そう思って探すも、やはり該当しそうなものはなかった。

「やっぱない」

アオイは半ば諦めている。

「だけどさ、じゃあこの地図帳の古さはなんだよ」

ロベールの指摘するとおり、地図帳は物質としての時間の経過を明らかにまとっている。これを偽造するのは、不可能でないにしても相当に手の込んだことをする必要があることは明白だった。アオイは何かを考えながら、じっと地図帳をにらんでいる。

「私の母親、愛媛の今治出身なの」

「……尾道からみて南側か」

「そう。地元以外じゃあんまり知られていないけど、燧灘(ひうちなだ)海底環境測候所っていう実験施設がある」

「海底環境測候所?」

「よく知らないけど気象とか海流、海底での地震の測定をしているみたい。昔、愛媛県が補助金目当てに誘致して、瀬戸内海の海底につくった」

「ふうん」

ロベールはやれやれといった風に首をふる。

「それで、どちらにせよ海底に資材を入れるのに入り口が要る。それで、小さい島が一個つぶされた。戦後少しくらいまで、人が住んでいたけどその頃はもう無人島」

言いながらスマホで検索する。かなり昔の地図が画像検索の結果として現れた。そのうちの一つを確認すると、紛れもなく地図帳の島だった。「夷島(えびすじま)」とある。

「すごい、これだ。黒瀬川、やったよ」

アオイは静かに否定の身振りをし、ロベールは怪訝な表情になった。

「いや、だって地形とか明らかに……」

「違うの」

アオイは告げる。

「海底環境測候所が完成したのが1999年。2008年の地図に載ってるわけないんだよ」

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