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秘密への誘い

「……シェンケヴィッツさん」

「ええ」

「認めましょう。たしかに、あなたの予測したとおりになった」

「ありがとうございます」

ドゥリーパの礼が何に対するものか、楓ははかりかねた。今、ラップトップPCからアクセスしているシステムは楓が頭の中で想定した数字五桁――裏をかこうと "-7.8865" という負の数でありかつ小数を思い浮かべたが、これは完全に的中。パリの証券取引所の株価も小数点以下五桁を単位ユーロで完全に当てた。さらには十七時二十三分に北海道噴火湾でマグニチュード四、長万部での震度が三となる地震が起きることまですべて的中し、最後のものは楓が要求していないにもかかわらず後から追加で予言された。

「ディリーマを応用したシステムですね」

「そう、その通りです」

「ディリーマのコア部分はオープンソースになっていません」

楓の視線と口調は自ずから詰問者の鋭さを帯びた。

「どうやって実装されました?」

「ご想像の通り、通常ならざる手段によってです」

ドゥリーパは一切も気後れも見せず、即答した。

「……いかなる意図から私にこれを見せるのかは気になりますが、相応の措置が必要そうですね」

「それはそれで構いませんが、もう少しだけ耳を傾けていただきたい」

ドゥリーパの声色はかすかに真剣なものを帯びていた。猫、それも野良の猫が獲物を見つけたときのような印象は、楓の内部に沸騰しつつあった怒りに小さな違和感の楔を打ち込むには十分だった。

「まさしく、弓弦さん、あなたが想像しご指摘した通りの経緯で作られたものだ。その意味であなたの怒りは正当なものですが、なぜ私があえてあなたにお見せするのか、疑問に思われませんか? 無論、理由があるんです」

「お聞きしましょう。ただし、手短にお願いします」

楓の視線の鋭さを前に、青年は軽くうなずいた。

「じつは、我々がディリーマを用いていること自体はヘル・ドクトル・シェーファーもご承知のうえでのことです」

「教授が?」

楓は眉間の皺を深めるが、戸惑いが怒りに混ざった。

「私にはそのような話、していませんが」

「それにも理由があるんですよ。まず、前提からお話ししましょう。我々はこのシステムを『ザイ』、というコードネームで呼んでいます」

いわれてみれば、URLの文字列の前方に "xye" というサブドメインが含まれている。見慣れない綴りではあるが、語頭の X を Z の音で発音することは英語においてあり得ないことではない。

「ごらんになっていただいた通り、これは未来を予想するためのものです」

「待って」

楓はさえぎった。

「その程度の応用は、私たちも真っ先に考えましたよ。でも、原理的に困難だった。そうしたシステムを『つくる以前』のことならいくらでも正確な予想ができるけど、『つくった以後』についてはなにも教えてくれない」

つまり、「未来を完璧に教えてくれる予言装置」というものがあったとして、人がそれで未来を知ればそれなりに行動を変えるのが自然だが、まさにその行動によって未来は変わっていく。未来を操作できないなら、未来を知る意味などないのだから当然だ。

無論、それが発明された直後であればまだ意味があるかもしれないが、その装置を使う価値は使うたびにどんどん減っていくことだろう。

あるいは、発明者がそれを秘匿して自分で独占的に利用するか。それでも、発明者であるユーザが使う以上、結果は本質的に同じだ。いわば「発明することでそれ自体を無価値にする装置」であると考えられ、楓たちの研究チームは時たま冗談で言及することはあっても本気で作ろうとは一切思わなかった。

「そう、おっしゃる通りです。シミュレーションを介して完璧に未来を予測することはできない」

「……」

「我々がコアとして抱える技術はそれを可能にしたものです」

「先ほどシェーファー教授が承諾ずみだと言っていましたが、どういう条件で利用されているんですか?」

楓は自分の口調がきついものになっていること、そしてそれがシェーファーは自分に対し秘密を抱えていたという事実からきていると思った。

「すこしだけ違います。もともとシェーファー教授は我々の同志であり、彼がETH(エーテーハー)、チューリヒ工科大学で行っている研究も本来はそのためのものです。付け加えるなら、教授がこのことを隠していたのはあなたに対してだけではなく学生全員に対してのはずです」

「同志?」

どうも不穏な響きを持つ単語に楓は眉をひそめる。

「弓弦さんは疑問に思われたこと、ありませんか。シェーファー教授は優秀な科学者として、大学や公的機関からかなりの額の予算を支給されていますが、それでもあの規模の分散型コンピューティングクラスタを構築するには足りないと」

楓は思い返す。学生たちの間ではたしかに首をひねる者も少なくないのだ――こんな計算資源を用意できるのは、この研究室か世界でも有数のIT企業くらいのものだろうと。

ただ、学生たちにとって重要なのはそのリソースを自由に使える席を確保することであって、それがどんな財源から賄われているかはどうでもよかった。

「理解しました」

楓はいったん納得する。シェーファー教授に隠された顔がある、というのは信じてもよいだろう。

「先ほど、完璧な未来予測を可能にするコア技術があるとおっしゃっていましたね」

「ええ」

「それはどういったものなんですか」

「申し訳ないが即答はしかねます」

想定した答えだった。

「では質問を変えますよ。コア技術の詳細は言えないのに、他の学生には話せない教授についての事実をなぜ私にだけお話ししたんです?」

ドゥリーパは微笑む。「いい質問ですね」という意味の微笑であることは明白で、楓でなくとも面倒な何かは読み取れたことだろう。

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