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それぞれの相手に同行する女と男

「一関トンネルを抜けた直後に一般道に降りたようですね」

明灘みかげを乗せた車両はずいぶんとくたびれたもので、もとは何色に塗装されていたかが不明瞭なほどだった。あとは各地点の公開ライブカメラからその車が撮像されたか否かと、そのタイミングを割りだせばいつどこで一般道に降りたかはわかる。

とくにあんなボロ車に乗っている人間はいまどきかなりの少数派だ。はっきりいって普通に目立つ。

「素直に考える限り、高速道路で行ける地点まで行くはずです」

「まあそうでしょうね」

楓はドゥリーパに弁償させたシャツが微妙にサイズが合っていない気がして落ち着かず、生返事を返した。なお、ランチ代も倍返しさせている。

「どう思われます? 明灘みかげはこの後、どうするか」

「知らないよ、私は彼女じゃない。ところで、同行しているのは例の看護師?」

カメラはみかげの他にも後部座席に座る人影を写している。背が高い、アフリカ系の男。その面影は少年から青年に移行する年頃の不安定さに揺れている。

「そのようです。月浜ロベール」

「ロベールとかいうからフランス系だと思っていたけど」

「アフリカにもフランス語圏の国はたくさんありますからね」

楓はこの看護師、あるいは元看護師がどうにも気にかかる。

「ねえ」

「はい」

「彼はなんで明灘みかげに同行しているんだろう?」

不可解といえば不可解だ。そもそもなぜ脱走の手助けなどしたのか。俗っぽく考えれば愛の逃避行、という可能性もあるだろうが。

「なぜでしょうね」

XYE(ザイ)のシミュレーションだと、明灘みかげが『誰か』または『何か』に出会った後のことは何もわからないにせよ、出会う相手には本当に何の法則もないの?」

ドゥリーパ・シェンケヴィッツは形のよい顎に手をあてて考える姿勢に入った。こいつ微妙に顔がいいから余計にむかつくのだ、と楓は気づく。

「正直、ほぼ法則性はないと思います。多くの場合、対象は人間ですがそうでない場合も複数ある。人間である場合に限ってもその属性はじつに様々です」

「様々って具体的には?」

「性別、年齢、出身国、人種、社会的階層、他にもいろいろ」

「ふうん」

たしかに共通点はなさそうだった。なぜ月浜ロベールは明灘みかげに同行するのか、が妙に楓は気になる。しかし、そもそもなぜ自分がドゥリーパに同行しているのか。もちろん今後のキャリアに関わるから、といえばそうなのだが、楓自身がそれで納得しきれているわけでもない。

ロードサイドのファミレスのボックス席に座る二人の間にはテーブルがあり、その上のドゥリーパに近い方にはドリンクバーのコーヒーが、楓に近い方にはメロンソーダが置かれている。コーヒーはほとんど減っておらず、ただカップの飲み口になった部分からこぼれた滴が側面をつたった後が茶色くなっている。メロンソーダは残り1/3もない。

「一般道をそれなりに走ったあとで車から降りたのでしょうね」

他にありうる可能性は想定しづらい。

「で、次の手は『この人を探しています』っていう張り紙でもするの」

「うーん、皮肉としては百点中四十点くらいかな……」

「……」

敢えておちょくってやろう、というのではなく肩の力を抜いた自然体で言っているのが実にいらっとくる。

「だけど、本当に明灘京司から得たルート通りですね」

「盛岡から南下するなら東北自動車道を使うのが一般的でしょうよ」

「南下するとは限りませんよ」

たしかにそうではある。自分の迂闊さを知らされた楓は少し苦い顔をする。

「今後もこのルートを通るなら網をはりやすいからありがたいのだけど、北関東あたりまで進まれてしまうとそもそもの交通量、人通りも多くなりすぎて探すのが手間ですね」

「せめて福島くらいで出会いたい、と」

「そうです」

ドゥリーパは次にどこで待ち構えるかを考えている。その横で楓はいつになったらチューリヒまで戻れるのか、というか遅まきながらこれ給料とか出してもらうべきじゃないの、ということを思っている。

「あのさ」

「なんです?」

「明灘みかげの最終目的地は本当に東京なの?」

別に深い考えがあるような発言ではない。

「他に情報がないのはわかるけど、もう少し絞れないものかな」

「そう、それはおっしゃる通りです。我々は推測というか、憶測に憶測を重ねているような状態だ。だけど、ほしい情報を即座に入手できるという現代は人類史的にみて例外的な時代です。ホモ・サピエンスがアフリカに発祥して数十万年、ほとんどの期間のほとんどの人間は直感としか言い様がないものに頼らざるを得なかった」

「急に考古学の講義がはじまったわけ?」

「僕が言いたいのは」

ドゥリーパは珍しく真剣な表情だった。

「今の人間はあまりにも言語的な情報に頼りすぎているということです。意味は必ずしも言葉として表現されるものでもない」

「まあ、たまにはそういう形而上学もいいけど。そもそも私が疑問なのはこういうこと。明灘みかげと何かの邂逅を契機としてXYE(ザイ)に組み込まれたディリーマの必要とする計算能力が無限大に発散する。なぜか、理由はわからないので調べたい。けっこう、それはたしかに私も気になる。でも、なんでこんな手間をかけてまで『今』調べなくてはいけないかということ」

楓はドゥリーパの目を見据える。何かを隠している、深い黒の瞳だ。

「なにかに間に合わせようとしているんじゃない? なにかタイムリミットがある、私には説明していないものが」

ドゥリーパも楓の目を見ている。視線は互いの瞳孔に吸い込まれる。平行な二組の視線は、逆方向を向いている。

「誰にでも秘密がある。必ずしも特別なものでなくとも。しかし、弓弦さんには話しましょう。ただし、今すぐには無理です」

「そう。さすがに私、男性のそういう言い方を信じるほどにはうぶじゃないけど」

「信じてもらう必要はありません。ただし、僕が言ったことが嘘かどうかを確かめるには、そもそもあなたに同行してもらう必要はあります」

「おっしゃる通りね。でも、私にはあなたが嘘をついているかどうか確かめる義務はない」

「義務はなくても確かめたそうな顔をされていますよ」

対面する相手は本当にむかつく男だったので、楓はメロンソーダの残りを音を立ててすすった。

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