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一関という場所

「それじゃあ、道中気をつけて」

ユキミチはトンネルを抜けた直後、下道に降りてあっさりと別れを告げた。「所詮、別離はいつか来るのだから大仰にする必要はない」とでもいうふうに永訣を済ませる態度は好ましいものだと乗客二人は思った。最後にいつ洗車したかわからないそれは、やがて距離に隠され見えなくなる。

一関の市街地まで着いたのは午後十一時になろうとする頃だ。看護師の白衣を着ていたロベールも入院着をまとっていたみかげもユキミチが用意してくれた服装に着替えて、かなり目立たなくはなった――みかげの服はかつてユキミチの娘が着ていたというもので、少々古くさいデザインだったけど。

「あの人の娘さん、どんな人なんだろうね」

どういうわけかサイズはみかげにぴたりと合っていた。

「わからないけど、どこかで元気だったらいいと思うよ」

「そうだね」

みかげの素っ気ない返答は、この場合むしろそれが本当のものだという証明だった。

なにはともあれ行かなくてはならない。

食事ができる店などすべて閉店済み。宿泊するアテもない。さすがに十七歳の少女に野宿させるのはあまりにも忍びないが、ユキミチが持たせてくれた三枚の一万円札は本当に大事に使うべきだった。なぜなら、他に収入を得る期待はできないから、という非常に切迫した事情があるからだ。

「どうしよう」

「公園で寝るくらいしかないんじゃない」

「君はそれでいいのか?」

「他にある?」

たしかに他にないのだが、ロベールとしては自身の義侠心のようなもの以外も気にする必要があった。

「公園って、だいたい監視カメラとかあるじゃないか」

「そうだね。すくなくとも私が入院する前まではそうだった」

「今もおんなじだ、二年では変わらないよ。で、僕と君が公園のベンチで寝ていたらどうなると思う?」

「ホームレスが二人いるだけでは?」

ロベールは首を横に振る。

「現実的なことをいうと、僕の肌の色は偏見を呼びやすいんだ。たぶん性犯罪者がいたいけな少女を襲っていると思った警察官がとんでくる」

「警察官に私からそれは違うんだって言ったら?」

「警察官も公務員なんだ。もちろん建前としては違うけど、犯罪者をいっぱい検挙した方がたぶん昇進が速くなるんだろうね、そういう証言はあまり真面目に取り上げてもらえない。まあ、実際に恐喝してそうした行為におよぶ奴もいるから疑うのも理由がないことじゃないのだろうけど」

「じゃあ」

みかげは続けて問う。

「どうするの」

「どうすればいいんだろうね」

どうしようもないね、よりはまだマシな回答かもしれないが、満足のいく回答でもない。これから先、雨風しのぐ場所に入ることさえままならない、ということなのだから。あらためてユキミチに出会えたのは運のよいことだったのだ、と認識すると同時に運がよいことがずっと続くわけではない、ということも思う――普段より運がよいからそれは「運がよい」と呼ばれるのだ。いずれ運が悪くなることは避けがたい。

言葉遊びはとにかく、閉ざされたシャッターが並ぶ街路に立ち尽くしているわけにはいかなかった。立ち止まらないことを選んだ彼らに、その選択肢だけはない。

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