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追跡道中

「そうか、このあたりが大谷翔平の故郷ですか……」

「おお、……誰?」

「えっ、ご存じない。たしかに彼が現役だったのはかなり前ですが、メジャーリーグで殿堂入りした日本生まれの野球選手」

秘密結社のエージェントは観光がてら任務を実施するものなのだろうか。なかなか緩い感じの労働環境である。

「そのオオタニっていう人は投手? バッター?」

「両方やって両方ですごい成績を残しているんですよ」

いるか、そんなやつ。かつごうとされている、と思った楓はそれ以上の追究をやめた。

「へえ、世界遺産もあるんだ。今日ここ行っていいですか?」

「マジでお前は何しにここきたんだよ」

「大丈夫、忘れてはいませんよ」

ドゥリーパはタブレットで東北地方の地図を表示する。今、彼らは岩手と宮城の県境ちかく、一関市でみかげと+α(プラス・アルファ)を待ち受けている。仮に京司が示したルートを取るのならここを通過するだろうし、太平洋岸沿いか日本海岸沿いのルートでも取らなくては他に現実的な道はない。また、まず鉄道を使う可能性もない――交通系ICかスマホを持っていなければ日本で鉄道を利用するのが不可能になって、ずいぶん経つのだ。なので、仮に来るとすれば自動車を使うしかない。ヒッチハイカーを乗せてくれる車を見つけるのは難しいだろうが、まったく不可能ではないだろう。

「しかし、なんとも不確かなことね」

「だいたいこんなものです。確実なことだけ頼りにしていては動き出せませんから」

「一理あるけど、もし彼らを乗せた車が一関を素通りしたら?」

ドゥリーパはPCの画面を示す。高速道路をどこかへ向けて自動車が行き交っている。

「ライブカメラ、というわけではなさそうね。運転手の顔がマスキングされていない」

プライバシーという信仰は誰もがそれが無意味であると知りつつ、いまだ生き延びて様々な儀礼的処置を社会に要求している。いわゆるライブカメラの類いについて、解像度を上げすぎないこと、ナンバープレートや人の顔にマスキング処理――つまり、モザイクを自動で施すこともその一つだった。

「ここに来る前、前沢サービスエリアで休憩したとき設置しました。私しか見れない。自動で顔識別し、明灘みかげが乗っている車を抽出できる」

「こういう手際がなかったらあんたのことをエージェントとは信じなかった」

「どうも」

「で、明灘みかげが後部座席に座っていたらどうするの」

「アングルです。これは自動車を真横から撮っている。フロントガラス以外はスモークされて外から見えないようにしているのは社会的地位が高かったりする人のもので、そうした車両がヒッチハイカーを乗せる可能性は著しく低い。また、バスも車高が高いので中をのぞけませんがそれは鉄道と同じ理由から除外できるので、かなり高確率で捕捉できるはずです」

「それなりに考えてはいるみたいね」

時刻はランチタイムを終えようとしている。空腹だ、と楓は思う。

「ちょっと食べるもの買ってくる」

ドアを開けながら楓は告げた。徒歩五分でコンビニがある。

「僕の分もお願いします。飲み物は甘くないお茶とかで」

楓はわざと乱暴にドアを閉めた。


コンビニまで向かうのに五分、食事を選んで買うのに五分、戻ってくるのに六分、合計十六分で楓は戻った。ドゥリーパ分のランチ代は900円だが、300円くらいは水増し請求してもよかろう――むしろそれが公正というものだ。そんなことを考えながら後部座席のドアを開けた。

「ほれ、買ってきたよ」

「ありがとうございます。ただ、ゆっくり食べる時間がないですね」

見つかった、ということだった。

「私は後ろで食べてるわよ」

「どうぞ。僕の分は残しておいてください」

「あのね、私は身長156センチでBMIはかなり低いほうなの。見りゃわかりそうなものだけど」

「それは失礼。では時間がないので発進しますよ」

ドゥリーパのアクセルの踏み方はためらいがなく、つまりは楓が今まさにペットボトル入りのフルーツティーを飲もうとしていることへの配慮もなかった。無機質な純白を誇っていたシャツがファンシーな色彩を覚えたのを見て、楓はドゥリーパに対してはもちろん慣性の法則にも殺意を抱いた。

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