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プロローグ

九月の中旬とはいえ、岩手盛岡の夜が訪れるのは早く、また寒かった。

少女は真っ暗な山道を登っている。木々は風にそよいで梢をゆらし、獣や虫、あるいは鳥類の声は空気に満ちている。少女が持つのは、本来病棟の非常灯として備え付けられていた懐中電灯だけだ。前方を頼りなさげに光の輪がおぼろに照らす。それだけだ。

全身が震えている。下着の上の身にまとうのは病院着のみなので、当たり前だった。靴も履いていない。いちいち確認する余裕はないが、たぶん懐中電灯で照らせばいくらでも出血しているだろう。少女は自分の血液が土ぼこりに混ざっていく様を妙な精度で想像できた。

息があがる。熱と冷気が同時に身体を苛む、異常だがたしかな感覚だ。闇はおそろしい。なにかが潜む気配を感じる。実際になにかがいるのかはわからない。なにもいないかもしれない。恐怖が虚像をつくってしまうことを、彼女は知っている。対象の定まらない恐れが、逆に対象を精神のなかで組み上げてしまう。「恐怖」とはほとんどの場合、そうした幻だった。だが、稀に本当にそれがなんなのかわからない、名指すことさえはばかられるモノもある。

「は、あ……」

ぜえぜえとあえぐことさえ、もはや困難だった。そのまま、地面にうずくまる。このままでは、追いかける病院の看護師はきっと自分を見つけるだろう。そして、病室に引きずり戻すだろう。彼女はよく知っていた。頭痛が頭蓋骨を内側から破りそうだった。たぶん、医師の処方した薬だろう。あの量は尋常ではない。

「それでも」

少女は音声にも達しないつぶやきで決意する。

「あの峠にいかなくては」

今夜はもう無理だろう。私は病室に連れ戻されて、拘束衣を着せられ、薬で眠らされる。だがいつか、あの峠まで達しなくてはならない。

看護師たちの足音が近づいてきた。少女は峠を見上げる。頂きにそびえる木々は夜空に、その夜空の黒よりなお黒い梢を伸ばしていて、それらは人が祈るときに天に伸べる両の(かいな)にも似ていた。

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