ギュッと抱きしめれば
とにかくジムに行き、運動をした。困った。どうしたらテツヤの機嫌が直るだろうか。
「どうしたレイジ、悩み事か?」
トレーナーさんに言われてびっくりした。なんでわかるんだ?
「はい、いっち、にい、さーん、あと少し!」
ダンベルを持ち上げながら、悩み事を打ち明けられるわけがないが。
ひとしきり汗を流し、タオルで顔を拭いていると、またさっきのトレーナーさんに声を掛けられた。
「何を悩んでるのか知らないけどさ、ギュッと抱きしめたら大体の事は解決だぞ。その為には胸筋と上腕二頭筋を鍛えてだなぁ。」
は?ギュッと抱きしめる?テツヤの事を?そうすれば解決?
「何を言ってるんですか。筋肉だけで物を考えちゃダメだぞ、レイジ。言葉を尽くして誠意を伝えればいいんだ。」
いつの間にかタケル兄さんが来て、そう言った。言葉を尽くす?どうやって?俺は筋肉で考える方が向いているような気がしてきたぞ。
シャワーを浴び、着替えた。もう一度テツヤの部屋へ行こうと思い、自分の部屋を出て歩いていると、何とバッタリとテツヤに出くわした。俺はチャンス!と思ってしまった。やっぱり脳が筋肉で出来ているのかもしれない。
テツヤの腕を引っ張ると、自分の部屋に取って返した。
「ちょっと、レイジ、放せよ。」
テツヤが言うのも聞かず、俺の部屋に入ってドアを閉めた。
「腕が痛いだろ。」
テツヤが手首をさすっている。そのテツヤを、俺はガバッと抱きしめた。
「え?」
テツヤはびっくりした声を出した。だが、とにかく俺は胸筋と上腕二頭筋を使ってギューッと力を入れた。
「ちょ、苦しいよ。あ……んっ。」
何を言われても、とにかく抱きしめた。これでもか、と。
「レイジ、ちょっと……もう、分かったから、う……ん。ふん!」
流石テツヤ。上腕二頭筋返しをされた。腕をほどかれた。
「何だよ、あはは、苦しいだろ。あは、あははは。」
テツヤは笑い出した。
「何やってんだよ。誰かに何か吹き込まれたのか?」
図星だ。
「あ……トレーナーさんが抱きしめろって言ったから……。」
ちょっと恥ずかしい。
「俺の事を?」
「いや、そうじゃないけど。え?あれ、何も話してないのに、どうしてそういうアドバイスだったのかな?あれ?」
まあいいや。
「それで、何を怒ってるの?全部言ってよ。」
とにかく話さないといけない。
「……俺との事、そんなに隠さなくたっていいじゃないか。カズキとはライブであんなに仲良くしてるのに。」
ハッとした。つい、本当の事は隠さなきゃいけないと思って。カズキ兄さんなら冗談で済ませられると思っているのか。必ずしも冗談ではないのに。そんなのは、俺とテツヤだって同じ事なのに。
「そっか。そうだよね。うん。」
そういえば、お揃いのストラップやブレスレットを見せびらかしていたテツヤ。それなのに、俺の方がこんなんじゃ、そりゃ嫌だよな。
「ごめんなさい。あと、俺もちょっと妬いてたんだ。」
「え?誰に?」
「ノゾムさんに。また会ってるのかって。」
「ノゾム兄さん?違うよ、昨日会ったのは別の友達だよ。」
「え?そうなの?だって、ノゾムさんも今アメリカにいるんでしょ?」
「そうかもしれないけど、この間会ったばっかりだし。昨日会ったのは昔の地元の友達だよ。アメリカに住んでるんだ。」
なんという事だ。勘違いだったのか。
「なんで言ってくれなかったんだよ。」
思わず言ってしまった。言ってくれないから、勘繰ってしまったではないか。
「ごめん。」
目をまん丸くしてそう言ったテツヤを見たら、なんだかおかしくなった。二人で顔を見合わせて笑った。トレーナーさんの言う事は確かだった。抱きしめれば何とかなる。いや、違うかな。話したから上手く収まったのかもしれない。タケル兄さんの言ったように。なんだっけ?言葉を尽くして?誠意がどうのこうのって?難しい。やっぱり筋肉の方がいいや。