8話 花の近くの黒い霧
8話 花の近くの黒い霧
フートとガイエテは隣接しているとは言っても距離はある。
そこまでの間に町や村がないから“隣”なだけだ。
「はあ。遠いな」
まだ歩いて1時間ほどしか経ってないが、もう疲れたと愚痴が漏れる。
「転移が使えないのは誠に不便だ。なんでお前は使えないんだ、行ったことがあるんだろ。」
「いや、普通使えないから。」
転移は座標がわかっていれば使える移動魔法だ。
行ったことがある町の様子が分かればどこに転移すればいいかもおのずとわかる。
つまり、理論上は俺も使える。理論上はね・・・。
転移は高度すぎる魔法だからとマオに説明しても「勇者なんだから使えるだろ」の一点張りだった。俺だって使いたいよ、そんなすごい魔法。
「そう言えば、カッコよかったよね、ユーズドさん。」
正直、俺はまだ少しビビっていた。でも、あれくらいの怖さがないと警備隊ではやっていけないのかもな。かなり体も鍛えてるみたいだったし。俺もあれぐらいムキムキになりたいな。
「お前、それ本気で言っているのか?」
マオは俺に呆れたような目をしていた。今後、こーゆー目を何回向けられることになるやら・・・。ハイハイ、ビビってすいませんね。
「あれは手練れのー。」
「なんか言った?」
「いや・・・」
マオが何か言おうとしたが、小声すぎて聞き取れなかった。
そんな雑談をしながら街へと向かう。
マオはフードを外していた。
周りには誰もいないし、ツノが見えていても問題ないだろう。
フードについていた刺繍を「いらん。」とか言っていたが、何度も触っていた。
「ローブよかったね、刺繍も可愛いし似合っているよ。」
「うるさい、花など我には似合わん。」
そう言いつつも気に入ってたくせに。
やっぱりマオってー。
「助けてくれー!」
森から声が聞こえてきた気がした。
「おい、今なんか聞こえなかったか?」
俺とマオは声の聞こえてきた方を凝視する。
両隣は鬱蒼とした森が広がっていて、人が入れるような道はない。
「いや、気のせいじゃない?」
「・・・気のせいだな。」
こんな人通りのないような道に声なんてするわけない。
俺もマオも疲れが取れていないようだ。
「誰かーーー!助けてくれーーー!」
今度は確かに人の声が聞こえた。
「やっぱり聞こえたかも。」
「行ってみるか?」
「うん・・・。」
本当は行きたくないけど、こんなに懇願されたら無視するのもできない。
罪悪感が募りそうで。
とは言っても獣道すらないし、どこから声がするのやら。
俺たちはとりあえず声の聞こえた方角に走った。
木の幹でコケそうになるし、棘のある植物にあたって腕は怪我するし。
「助けを呼ぶ誰か」は、なんでこんなところに入ったんだろう。
走って息が切れそうになっていたが、俺とマオは足を止める。
ピンク色のモヤが見えたからだ。
まずい。
「アーキルフラワーか。」
マオも少し焦っているように俺には見えた。
アーキルフラワーとは“夢を見せる花”として知られている魔物だ。
背丈はかなり高く、3mは軽く超える。
食べている間は出ないが、通常ピンク色の煙を充満させ、それを吸ったもの(人間・動物問わず)に幻覚を見せる。
それに酔っているものに食らいつき、飲み込む恐ろしい魔物だ。
助ける人間の声がなぜ聞こえるのか。
アーキルフラワーは消化するまでに時間がかかる。
食われたものに意識がある場合、早期発見の確率が高いため助かる可能性がある。
食われた人はまだ食べられたばかりなのだろう。
遅ければ、そのままゆっくりと死んでいくだけだが・・。
「セラ!避けろ!」
マオの指示もあってなんとか避けられた。
巨大な花弁と葉を持つため、一回でも叩きつけられたら終わりだ。
「くっ・・・!」
マオも防御魔法を展開させる。
しかし、アーキルフラワーの方が勢いが強く、防御魔法も粉々に散っていった。
「マオ!」
「自分の心配をしろ!どっちかが死んだら勝ち目がない!」
マオは水の攻撃魔法、雷の攻撃と次々に放っていった。
俺も葉を切り落とし、攻撃を避けつつ応戦する。
一瞬、魔物の動きは鈍るものの、決定打につながらない。
それにあの魔物、なんか変なものが見える。
黒い霧みたいな・・・。
「セラ! もっと強い攻撃は出せないのか!」
「無茶だよ!それに、あの魔物黒い霧がかかっているところから回復してる気がするんだけど!」
マオは一瞬、目を見開いてこっちを見ていた。
それはとても驚いている表情だった。
「マオ!」
立ち尽くしていたマオに向かって魔物は葉で叩きつけようとしてきた。
俺はマオを抱えて、間一髪で避ける。
「セラ・・・、今なんて・・。」
「だから、黒い霧みたいなのが邪魔してるんじゃないかって!」
ピンクの煙しか見たことがなかったけど、あんな個体もいるだなんて聞いたことがない。
通常のアーキルフラワーより強い気がする。
まるで暴走しているようだ。
このままじゃやられるだけなので、俺たちは一旦木の影に隠れる。
魔物も攻撃を辞め、花の部分を左右に振る。
俺たちがどこに隠れているか探しているのだろう。
俺は今更だが、あいつと戦ったことがない。
どうやって殺せばいいかわからない。焦りばかりが募る。
マオを見ると少し微笑んでいた。
「あいつの弱点は花を切り落とすことだ。我がもう一度攻撃し、こちらにひく。
その間にお前が切り落とせ。」
「いや、あんなに高いのは無理だって・・。」
久しぶりに死ぬかもしれないという恐怖が俺を支配している。
今までこういうのは避けてきた。
魔物と戦うことも、人を助けることも。
どうせ俺にはできはしない。
「お前ならできる。我の子分だぞ、そのくらいできて当然だ。」
強くならなきゃいけないと思っていたのに、俺ときたら弱音ばかりだ。
情けなくて嫌になる。
でも、マオにそこまで言われたらやるしかない。
呼吸を整える。
「いくぞ!」
マオがアーキルフラワーに、今までのどの魔法よりも大きな一撃を繰り出す。
「どうだ?頭は冴えたか?」
アーキルフラワーは激情しているかのようにマオを叩こうとする。
俺は、俺にできる最大の風魔法で高く跳躍する。
力いっぱい剣を振り上げて花と茎の間を切る。
クソッ。思ったより太い。
「うおおおおおお!」
もっと力を。
切れろ!切れろ!と思いながら剣に力を込める。
しかし、俺の持っていた古い剣は耐えられずに折れてしまった。
なんでこんな時に!
久しぶりに活躍させてあげたらこれだよ!
でも、この好機を逃すことはできない。
俺もマオもボロボロだ。
なら、焼くしかない。
「火よ!燃えろ!頼む!」
無茶苦茶な呪文もどきは思ったよりは火力が出た。
メラメラと茎が燃え始める。
声帯などないはずのアーキルフラワーは悲鳴のような音を喚き散らした。
茎は焼かれ、花はボトッと地面に落ちた。
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