7.5話 父が故に/父であっても
「ユーズド上官!たった今、誘拐事件の犯人を捕まえたと詰所に青年が来ております!」
「また誤認捕縛か。」
「いえ、現行犯のようなので間違いはないかと。」
今までも「犯人だ」と言われ連れて来られた人間はいたが、どれも証拠がなかった。
現行犯ということは、自ら助けに行ったということか。
なんと素早い判断と勇敢な行動だろう。
しかも、捕まえた奴は青年らしい。
見に行くと、細く弱そうな青年と雨も降っていないのに雨具を着た少女?がいた。
少女は可愛らしいが、この青年が捕まえるほど力があるとは思えない。
青年には礼を言い、報酬の約束を交わす。
今まで尻尾を見せなかった連中がこうも簡単に捕まるとは、非常にありがたい。
5人の男達の話を聞くため、聴取室に入る。
話を聞く際、大体1人ずつ行うが、今回は現行犯ということもあって犯人であることは確実だ。
間違いだったということもないので、まとめて5人に話を聞くことにした。
私は椅子に座り、男達は地べたに座らされていた。
よって、私の方が男達を見下ろすような形になる。
軽く自己紹介した後、早速話を聞こうとする。
「君たちが最近流行っていた人攫いで合っているかな?」
萎縮させないように、なるべく穏やかに。
これは犯人でも、被害者であっても話を聞く上での鉄則だ。
「ハッ。知らねえな。俺たちは、やれと言われたからやっただけだ。」
男はまだ悪態をついてくる。
口を開いたこの男が、グループの頭のようだ。
「人攫いの被害は5件だ。盗みは3件入ってきている。」
最初の事件では、親は子供が帰るのが遅かっただけだと考え、あまり深刻には捉えていなかった。
しかし、夜になっても帰ってこなかったので詰所に相談しに来た。
次の事件では、子供が親と喧嘩し家を飛び出してしまった。どうせすぐ帰ってくるだろうと思っていたが結局その日は帰ってこず、翌日の朝相談に。
そして、3件目。畑を仕事を親子で一緒にやっていたが、親が家に忘れ物を取りに行き、畑に戻ると姿がなかった。
4件目。子供達が森で「隠れんぼ」で遊んでいたが、1人がどうしても見つからなかった。
遊んでいた子供が泣きながら詰所に相談しに来た。親も呼び、みんなで探したが見つからなかった。
こうなってくると、ただの「行方不明」なのではなく誰かが意図的に「攫っている」と考えるのは自然だった。
無論、「なぜ捕まえられないのか」と警備隊に不信感が募るのも当然のことだ。
私は、自分の息子に気を付けるように、口酸っぱく言い聞かせた。
「これは突然で、無作為だ。1人で遠くに行ったり帰るのが遅くなったりしないように」と。
息子は笑って「大丈夫だよ。」と重大なことだとは受け止めてくれなかった。
多分、この村の子供はみんな言われていただろうが、息子と同じ反応がほとんどだろう。
きつく叱って「頼むから気をつけてくれ」と呪文のように言い聞かせるしかなかった。
5件目。
夕方、執務室には自分しかいなかった。
そろそろ帰宅しようかと書類を片付けていたが、ノックの音が響く。
「ユーズド上官。その・・奥さんが・・。」
私は嫌な予感がした。
部屋を飛び出し、妻のところへ向かう。
「アエタナが・・・帰ってこないの。」
聴取室にいた妻は涙を浮かべていた。
息子の名前を言う唇は、乾き切っていた。
「落ち着いて。まだ人攫いだと決まったわけじゃないよ。いつからいなくなったの?」
自分にも言い聞かせるように話す。
「5時には帰るって。でも、もう1時間も過ぎてるのよ。」
過保護のように聞こえるかもしれないが、アエタナはいつも同じ時間で帰ってくる。
みんなで遊んでいても、勉強していてもだ。
「近所の子供達にも、お母さん達にも聞いたの。アエタナと今日遊んだ子供はみんな帰ってるって。」
アエタナだけが。息子だけがまだ帰ってきていない。
「悪いがすぐに捜索してくれ!」
妻を支えようと抱きしめるが、不安で不安で仕方がなかった。
どうしても声を荒げてしまう。
そんな私を見ても部下は嫌な顔1つせず、すぐに向かってくれた。
日没が過ぎ、夜通し探した。
しかし、捜索も虚しく息子は見つからなかった。
目の前にいる5人の男達は何も話さない。
目線を合わそうとも、言い訳をしようともしない。
盗みの件を聞いたのも、この村に最近までそんなことは起きていなかったからだ。
冤罪は良くないが、こいつらに聞いておく必要があるだろう。
「お前らなんか、所詮何もできねえじゃねえかよ!お偉いさん共がよぉ!」
ニヤニヤと気色の悪い笑みを見せる。
「君たちは何も話したくはない、ということかな?」
「最初から話すことなんてねえよ。さっさと俺たちを放せよ。」
「そうか。」
私は・・・。いや“俺”は警備隊の制服として装着義務のある手袋を右手だけ外した。
男達はその手を見るなり、急に顔つきが変わる。
手に彫られた模様を思い出そうとしているように。
「まだ、認めないかな?」
「み、認めるも何も俺らは人攫いなんかやってねえよ。今日のガキは人じゃなくてー。」
俺は携帯している剣のグリップに手をかける。
模様がよく見えるように。この十字が彫られた右手を。
男達は段々と焦ってきているようだった。
「子供達をどこへ売ったんだ?ガイエテ?デイード?それとももっと遠くか?」
青年達から聞いた話だと、男達には暗示がかけられているらしい。
知りたいことを尋ねても、ぼーっとした表情になり答えないと。
なら、そんな合間もないほどの恐怖を与えればいい。
俺には造作もないことだ。
昔、お前らよりも多くの罪を犯した俺なら。
「し、知らない!答えられない!」
案外肝が据わっている連中だ。
こんなことで出会わなければ警備隊に推薦したいくらいだ。
俺はようやく剣を抜き、よく喋る男の胸に突き刺した。
血が溢れ、男は絶命する。恐怖からか、目はかっぴらいたままだった。
「炎よ」
後が面倒だ。
俺はありったけの魔力を込める。
刺した男を燃えカスにし、消滅させた。
よかった。魔法の腕は鈍っていないようだ。
周りの男達は初めて自分達の立場を理解したようだった。
ションベンを垂らす奴までいた。
「ガ、ガイエテだ!貴族に売ってるらしい!その他は知らない・・。売った奴がどうなってるかまでは本当に知らねえんだ!」
「最初からそう言えば、こいつは死ななかったかもしれないな。」
血のついた剣を鞘に戻し、外した手袋を付け直す。身なりを軽く整え、部屋の外に待機していた部下を呼んだ。
「最初から4人だった。いいな?」
部屋に入った部下は「はい」以外何も言わなかった。
「後は頼む。」
家に帰るのは今日も遅くなりそうだ。
俺は部屋を去り、通信室に向かう。
ガイエテ。一刻も早く連絡を取らなければ。
頭にはそれしかなかった。
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