ペペロの独白②
ラブンさんから「今度の週末に会いたい」と言われた。
嬉しさもあったが、騙すなから今しかないと思い「裏通りで会いたい」と言ってしまった。
「危なくないですか?無理ならいいんです。」
「いえ、そこだと近いので。ラブンさんの家と私の家が。」
ラブンさんは不思議そうな顔をしていた。
それはそうだ。だって私は彼の家の位置なんて知らない。
適当に言ったが、ラブンさんは「ペペロさんが言うなら」と納得してもらえた。
帰路に着く。
なんて自分は汚いんだろう。
生きていてもいいことなんてなかった。死んだって困る人なんかいないって思っていた。
そのくせ、いざ死に近いことに遭遇したらコレだ。
ラブンさんの優しさだって踏みにじっている。
自分が怖いから、他人を差し出した私は、誰よりも汚れている。
当日、私は約束の時間よりも早く出た。
そして、「連れて来い」と言われた場所に1人で向かう。
足は震えていた。
自分は無事では済まないだろう。
もう、パンを焼くことも、ラブンさんに会うこともないだろう。
それでもいい。
彼には生きていてほしい。
グルグル考えた結果、自然に出た自分の想いだった。
そして、自分も少しくらい誰かの役に立って死ねたなら、いい人生だったんじゃないかって思うことにしよう。
人の気配は感じなかった。
「あの人はここへは来ないわ!」
誰もいなかったけど、1人で叫んだ。
肩掛けのカバンで来たが、ショルダーベルトをぎゅっと握る。
手には汗がびっしょりだった。
やっぱり夢だったんじゃないだろうか。
あんな柄の悪い人たちに話しかけられたのも、ラブンさんが魔族なのも。
来た道を戻ろうとする。
すると、建物の影から何人か男の人が出てきた。
今度は2人どころじゃない。7、8人はいるだろう。
「約束が違うんじゃねえかな、お嬢さん?」
あの日、話を持ちかけてきた男もいた。
「できません。彼を売るような真似はできません!」
気づけば自分の頬には涙が伝っていた。
こんなに感情的になったのは久しぶりだ。
「そうかい。」
頭に激痛が走った。
殴られたんだろう。
目の前が暗くなっていく。
やっぱり死んじゃうんだ。こんなところで・・・死にたくないなぁ。
「しょうがねえ、こいつも牢に入れとけ。運が良けりゃあ、売れるだろ。」
売る?私を?
こんな私が売れるわけない。
誰よりも汚い私なんて、誰が買うんだろう。
気がつくと、牢に入っていた。
そこには子供たちもいた。
「あっ!お姉さん気がついた?大丈夫?」
自分は何をして、こんな子供たちと一緒にいるんだっけ。
体を起こすと、頭もはっきりしてきたのか、昼間の出来事を思い出す。
ラブンさんは無事だろうか。
もしかしたら約束を破って怒っているかもしれない。
「ごめんさない、大丈夫だよ。」
少年に言うと、「よかったあ」と、ホッとした表情をしていた。
「あなたは?」
「僕はテオって言うんだ、お姉さんは?」
「私はペペロっていうの。」
簡単に挨拶を交わす。
牢は暗くてジメジメしている。
抜け出したいけれど、きっと無理だ。
自分で牢の鍵すら開けられないのだから。
「あのね、ここにいる男の子がね、絶対大丈夫だから!って言ってた。」
「そうなの?」
「うん、お父さんが警備隊の隊長さんなんだって、ここの警備隊じゃないらしいけど。」
ガイエテの警備隊でないのなら無理だろう。
警備隊にだってナワバリらしいものがあるはずだ。
そうそう他の地域に助けになんて来られない。
ガイエテ警備隊もあてにはならないだろう。
彼らも名ばかりで、結局は貴族が多いはずの、この場には強くはでられないはずだ。
助けなんて絶望的だろう。
「ペペロさん、大丈夫だよ。助けは絶対来るから!」
「そうだね、ありがとう。」
何をやっているんだろう。
子供に励まされて、本来なら自分が励ますはずではないのか。
いつも、そうだ。
人に心配ばかりされて、そのくせ平気でもないのに平気と言い張ってしまう。
2日か、3日か。
どれくらい経ったんだろう。
食事は割とマシだった。
私たちが商品だからだろう。
私より先に入っていた子供たちも流石に疲弊していた。
口数は少なく、顔は暗い。当たり前のことだ。
しかし、ある少年だけが「大丈夫だ」とみんなの事をずっと励ましていた。
あの子は強いな、私とは大違いだ。
「おい、出ろ、行くぞ!」
牢に入っていた人間みたいな緑色の生物が連れてかれた。
テオが言うには、あれはゴブリンで魔物らしい。
いるにはいるんだ、魔物って。
「ゴブリンはいいやつなんだよ、俺に向かって大丈夫?って聞いてくれたし。
魔物もみんなが悪いやつじゃないんだよ。」
テオはそう語る。
私は「そうだね」と返す。
知っている。魔物が悪いだけの存在じゃなくて、いい人もいるってことは、テオよりほんの少し多く知っている。
いつまでこんなところに閉じ込められているんだろう。
誰が私を買うんだろう。
もう思考はまともに回らなかった。