1.4月8日 その①
3週間の長そうで微妙に長くない春休みは昨日で終わりを告げた。
この3週間でやっていたことは、高校の各教科の課題とクローゼットに積んでいたノベルゲームの消化ぐらい。
外に出たのも友人に無理やりゲーセンに連れて行かれた時ぐらいで後はずっと家に籠りっぱなしだった。
昼夜逆転の生活が体に染み始めていたこともあり今日の朝はとても辛かった。
多分妹が部屋に起こしに来てくれていなかったら寝坊していただろう。
ただ耳元で大声を出すぐらいだったら、体を大きく揺さぶるとか、ベッドから引きずり降ろしてもらった方が兄的には嬉しかったのだが……
あの起こし方は耳にも心臓にも悪いって……
本日4月8日は俺が通う私立高森学園高等学校の始業式である。
とても春とは思えない程の陽気に包まれながら通学路を1人で歩いている。すでに気温は20度を超えているのではないだろうか。
少し汗ばんできたので羽織っていたブレザーを脱いだ。ていうか正直夏服でも良いのではないだろうか?
しばらく歩くと川沿いの道へと入る。
この道は約1キロにわたって桜の木が植えられており、例年この時期には綺麗な桜並木の道へと変貌するのだが、今年は3月からずっと夏日が続くといった近年まれにみる異常気象のせいもあってすでに葉桜と化していた。
どおりで気分が浮かないわけだ。
まあ、理由はそれだけではないと思うが……
去年はちょうど満開の時期と入学式が重なったこともあり、それはそれは見事な桜並木の道が続いていた。
そんな光景を目にした俺は気分が高揚してしまい、こんな事を考えたのだった。
(ノベルゲームみたいな高校生活を送りたい……)
今思えば俺はなんてアホみたいなことを考えていたのだろう。
たしかに俺は何十作品も積んでしまうほどノベルゲームが好きだが、現実でそんな展開が起こるはずがないことは明白である。
でも俺はその現実を受け入れたくなかったのか、入学してから1か月ぐらいは昼休みに弁当を食べずに校内を歩き回ってみたり、わざと朝遅刻して登校してみたりとノベルゲームにありそうなシチュエーションをひたすら試してみた。
結果は……
もちろん何も起こらないという、ひねりが全くないオチだった。
むしろ毎日昼休みに校内を歩き回ったりしているせいで、変な噂をたてられたりした。
こうして現実を知ってしまった俺は現実逃避するべく、より一層ノベルゲームにのめりこむようになったのだった。
そのせいか、高校入学時点ではクラス内で40人中8位くらいだった成績が、今では下から5番目から10番目あたりを行ったり来たりしている。
でもこのクラス内の順位についてはそんなに悲観的に考えていない。
通っているコースが特進コースということもあり、クラスメイトは頭の良い人たちしかいないため順位が低くても当たり前だよなと思えてしまうからである。
あと高校のテストが正直全国模試とかよりも難しいというのも理由の1つだ。
だから全国模試の成績は全国平均なんかよりは高いし、多分このまま今みたいな生活を送っていてもそれなりに良い大学には入れるんじゃないかなと楽観的に考えている。
結局俺は何が言いたかったんだろうか?
随分内容がそれてしまったような気がするが…… まあいいか。
ちょうど学校にも着いたところだし。
いったんこの話はこの辺で終わりにしよう。
昇降口の前にはかなりの人だかりができていた。
多分総合進学コースの学生だろう。
特進コースは理系、文系それぞれ1クラスしかないためクラス替えは一切行われない。
それに対して総合進学コースは驚異の10クラス。
加えて文系、理系という概念が存在しないこともあり大シャッフルが行われるそうだ。
そりゃ自分のクラスがどんな感じか気になるのも仕方がない。
彼らを見ていると総合進学コースに行けば青春することができたのかも? と思ったりしたこともあったが、あくまで俺が望んでいたのは学園系のノベルゲームのような高校生活であり、結局こっちのコースに進学したところで今と大差ない生活を送っていたに違いないだろう。
教室に入るとそこには見慣れた光景が広がっていた。
クラスメイトは1年の時と同じだし、座席だって去年と全く変わっていない。
新学期の新鮮味とかそういうのは皆無だが、環境が全く変わっていないというのは精神的に楽な気がする。
俺の座席は左から3列目の1番後ろ。
早速席に着くと、急に強烈な眠気に襲われた。
仮眠しようと机に顔を伏せていると……
「おっす! 久しぶりだな。」
朝からテンション高めの挨拶をかましてきたこいつは田島祐作。
俺の数少ない友人といえる存在の1人である。
俺は机に伏せていた顔を上げて
「久しぶりって…… 3日前にゲーセンで遊んだばっかだろ……」
少々切れ気味に言うと、
「朝からテンション低いなあお前は……」
やれやれという感じで言ってきた。
「4月なのにこの暑さと昼夜逆転生活による睡眠不足でグロッキーになっているんだ。ていうか、逆にお前はどうしてそんなにテンションが高いんだ?」
田島は得意げな表情を浮かべて、
「俺は明日から中ノ沢藍里の生誕祭イベントに参加するんだ!」
と言い放った。
「な、なんだってー」
今できる精一杯のリアクションをしてみた。
「なんでそんなに反応が良くないんだよ。お前もあいりん好きじゃねえかよ。」
そう言われるとたしかにそうなんですが……
今は眠くてこれが精一杯のリアクションなんですよ……
わからない方のために説明しておくと、あいりんこと中ノ沢藍里は学園系ノベルゲーム『急がば回れっ!』という作品のヒロインの一人である。
メインヒロインではないのだが、数年前の人気投票で2位のメインヒロインにダブルスコアの票差をつけて1位になっているほど圧倒的人気を誇るキャラクターである。
主人公の後輩で銀髪美少女、何事もそつなくこなしてしまう万能型ヒロインで……
これ以上話すと尺がとんでもないことになりそうなのでこの辺で収めておく。
田島はこのキャラを、
「俺の嫁」
と断言するほどすごい推しているのである。
このキャラクターの誕生日はたしか4月10日であるが、生誕祭イベントが行われたことは今までなかったような気がする。
「今年が初めての開催なんだよ! しかも開催場所は滋賀!」
そう、『急がば回れっ!』の舞台は滋賀がモチーフとなっている。
つまり、聖地でイベントが行われるということだ。
初のイベントでかつ聖地開催、それに加えて嫁のイベントだもんな、行きたくなる気持ちはわからなくもない。
ただ、
「あのー明日も学校ですけど?」
今日は4月8日だから別に明日行く必要もないのでは? と思うのだが。
「瀬田、お前も一緒に来い! そこにはここでの高校生活なんか比べ物にならない程楽しいことがたくさん待ち受けているぞ!」
と言ってきた。
自己紹介が遅れたが俺の名前は瀬田傑という。
田島の誘いに少し心が揺らいだが、ここは一旦冷静に考える。
「お前、俺を共犯者にしたいだけだろ。」
ギクりと田島の体が反応した。
図星だったようだ。
「そ、そんなことないですよ……」
「めちゃくちゃ目が泳いでいるじゃねえか。」
「どうしても行きたいんだよ!」
「まあ、お前が明日休んでも担任にチクったりすることはしないから心配すんな。」
「本当か?」
「もちろん。」
田島は怪訝な顔をして、
「いまいち信用ならないな。」
と言い放った。
どうしよう本当にチクってやろうかな。
そんなくだらないやり取りをしていると、
「おはよう傑、そして……」
彼女は少し考えてから
「ゆうすけ!」
「ゆうさくだっ!」
「ごめんごめん」
と笑っている彼女は城崎彩
黒髪ロングポニーテールにモデルのような整った顔立ち、そして誰もが羨ましく思いそうなほどスタイル抜群。加えて成績優秀かつスポーツ万能で学級委員長を務めるなど誰もが憧れるような存在である。
一見非の打ちどころのない美少女女子高生に見えるが、料理が絶望的に下手という一面を持っている。しかし、そこがかえって良いと男女から不動の人気を誇っている。
これが萌えってやつなのかな?
本来であればこんな美少女と接点を持つようなことはないし、基本的に女子と関わることはない俺たちだが、色々あって会話するようになった。
その色々については話すと長くなるのでまたの機会に。
「それよりさっきから何の話をしていたんだい?」
「いや、たわいもない話ですよー。なあ瀬田?」
「お、おう……」
俺たちの反応で察したのだろうか、城崎はニヤリとした笑みを浮かべて、
「どうせ君たちのことだ、ノベルゲームの話でもしていたのだろう。」
さすが委員長様、我々のことをよくわかっていらっしゃる。
「いつも君たちはその話題について話しているもの。」
その通りだ。
ノベルゲーム以外の話題で会話するときは大体テストヤバかったとかそんなくだらないことぐらいだし。
「ノベルゲームでの恋愛シミュレーションを否定する気はないけど、君たちは現実での恋愛とかに興味がないのかい?」
この発言は俺らにとって痛恨の一撃だった!
別に現実の恋愛に興味がないわけではない、ただ現実に理想を求めすぎた結果今の状態になってしまっているだけで……
「容赦ないですね……委員長様は……」
田島がそう言うと、城崎はすかさず……
「そうね、正直現実逃避しているように見えてしまうのよね。」
またしても痛恨の一撃が俺らの心を襲う!
もう1回同じような攻撃が来たら多分ただでは済まなくなるだろう。
自尊心がゼロになってしまいかねない。
「それから、ってどうしたの?」
ようやく彼女は俺たちの様子がおかしくなっていることに気付いたようで、
「もしかして言い過ぎたかな?」
あははと苦笑いして、席に戻って行ったのだった。
彼女は結構思ったことを無意識に口にしてしまうところがある。
眠気に加えて精神攻撃を受けた俺はもうボロボロだった。
田島も精神的にきたのだろう。
ふらつきながら席へと戻って行った。
俺は再び机に顔を伏せて、朝のHRが始まるまでしばしの睡眠をとることにした。