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第1話

「私はエル。聖女ユタの守護者であり、この場所の守護者です。さあ、あなたの用件を述べてください。二度とは尋ねません」

 エルが腕を組んで私の応答を待つ。

 危険が迫った場合に備えて、神殿を守る自動人形、ドローンドールが近くに浮かんでいる。

 聖女ユタの居場所を魔族に知られないよう、この神殿には、エルと私の二人しかいない。

 エルが険しい表情を浮かべ、

「次の言葉を慎重に選んでください。それがあなたの最後の言葉になるかもしれません」

 エルが剣に手をかける。

 鞘から少しだけ抜かれた剣は、うっすらと光を帯びている。

 私はフードつきのマントをはおっている。

 フードで顔は隠され、エルは私の表情さえ窺う事は出来ない。

 不審感を抱くのも無理はない。

「はい」

 私はエルに生返事を返した。そんな私を見てエルが、

「わかりました。ユタと話したいのですね。しかし、あなたはそれをはっきりと言う勇気がない」

 と早合点する。

 エルが軽蔑の目で私を見下ろし、

「聖女ユタを偽りの名目で求める者は、あなたが初めてではありません。本当に何を望んでいるのですか? 彼女を利用するつもりですか? それとも、彼女の無邪気さを自分の利益のために搾取するつもりですか?」

 聖女ユタ。

 生まれ落ちた時から聖女として生きる宿命を背負った少女。

 聖女の血は、聖なる輝きを帯びる。その血は、ぬぐい取っても、しばらくは輝きを失わない。

 へその緒を切って、流れ落ちた血が、うっすらと輝くかどうか? ぬぐい取っても輝きが失われないかどうか? それで少女の一生が決まる。

 無論、多くの少女は平凡な一生で終わる運命にある。

 特別な人間というものは、そう簡単には生まれないものだ。

 聖女ユタはそんな数少ない、特別な人間の一人だ。

 エルが目を細め、冷たく警戒する。

「早く話してください。私の忍耐が切れ、あなたをこの場から追い出す前に」

「何で追い出すのか?」

 エルが私を追い出す理由はない。

 エルがしたり顔で、

「あなたの言っていることは分かります」

 エルが疲れたため息をつき、神殿の敷地を見渡す。

「誰もが彼女の美しさに魅了され、彼女の無邪気さに心を打たれます。しかし、彼女は軽んじられる存在ではありません。彼女は、あなたのような男の、気まぐれを超えた目的があります」

「私は、タマという猫です」

 私はフードを取り去る。

 エルが仰天し、

「あら? 話す猫?」

「私は聖女ユタの護衛として神殿に来ました。が、あの時の、人間の姿をし私は、幻体、つまり、幻の体だったのです」

 エルが眉を上げ、あなたを見下ろしながらニヤリとする。

「この世界には奇妙なことが、山ほどあるでしょうからね。でも、話す猫が聖女ユタに何を求めているのかしら?」

 エルが少し疑いの目を向ける。

「まさか、猫が彼女に興味があるわけがないでしょう?」

 私は厳かにその答えを述べる。

「聖女ユタは死にました」

 エルが目を見開き、ショックで手を握りしめ、表情が硬くなる。

「何て言ったの?」

 声が震え、抑えきれない怒りがこもる。

「聖女エルが死んだ……ありえない! 私は彼女を、あなたの保護下に置いたのに!」

 エルが一歩前に出る。

 純粋な憎しみによる、鬼気迫る表情だ。

「説明しなさい」

 私は鷹揚に、

「私は猫探偵です。名前はタマ」

 エルが鋭く、

「あなたの名前や職業に興味はありません」

 その口調は冷たく、容赦がない。

「私が気にしているのは、あなたが聖女ユタを守れなかった、ということです」

 エルは顎を引き締め、

 彼女を飲み込もうとする圧倒的な悲しみと怒りを抑える。

「あなたは聖女ユタの守護者であり、保護者であり、友人だった……そして、あなたは彼女を裏切った」

 私は説明を始める。

「昨夜、私は幻体を解き、本来の姿である猫として、聖女ユタを見張っていました。そして、犯人は私が見ていることを知らずに、聖女ユタを殺したのです」

 エルの目が大きく見開かれ、彼女の怒りと悲しみが一瞬、希望の波に覆われた。

「聖女ユタを殺した犯人を見たのですか? 犯人を教えてください」

 エルの声には切迫感が漂い、正義への欲望が彼女の目に燃えていた。

「犯人は、自分がしたことの代償を払うことになるでしょう」

 私は首を振り、

「エル。あなたは聖女ユタの守護者であり、この場所の守護者です。この場所には誰も入ることができません。あなたか、猫の私だけです。言い換えれば、聖女ユタを殺した真犯人は、聖女ユタに最も近い存在である、あなた以外には誰もいません。そして私は、この猫の目で殺人現場を直接見たのです」

 エルが目を細め、

 疑念の表情を浮かべながら、私を見つめる。

「あなたはかなり、危ない事を主張しましたね。あなたが真実を言っていると、どうして私が信じられるでしょうか?」

 視線を逸らしてエルは考える。

「もし、本当に聖女エルを殺した犯人を見たのなら、犯人が使った武器を見たはずです。それは何でしたか?」

 私はエルの剣に目を向け、

「エル。あなたの剣は少し光っていますね。聖なる者の血は、拭い去られても、しばらくは、うっすらと光を放ちます。犯人は、その剣で聖女ユタを切ったのです。つまり、エル。あなたが聖女ユタを切り殺したんです」

 エルが目を見開き、顔色が青ざめ、一歩後ずさりする。

「あなた……あなたは、本気ではないでしょう」

 エルの声はショックと不安で震えいる。

「私を疑っているのですか? 聖女ユタを殺したと?」

 エルが拳をぎゅっと握りしめ、突然の悲しみと罪悪感に圧倒される。

「どうしてそんなことができるでしょうか? 彼女は私にとって娘のような存在であり、妹のようで、家族に最も近い存在でした。どうして彼女を傷つけることができるでしょうか?」

 私はエルに同情しながら、

「エル。私の猫探偵としての仕事はこれで終わりです。今後は、大神官の裁判所で話してください。遠くから蹄の音が聞こえてきますよね。私はこの場所へ来る前に、聖騎士団へ通報しておいたのです。その騎士たちが乗った馬の音ですよ。さようなら、エル。あなたは守護者としての長年の重荷に耐えられませんでした。無意識のうちに、そのプレッシャーに敗れ、夢遊病患者のように、聖女ユタを殺してしまったのです。私もまさか、あなたが聖女ユタを殺すとは夢にも思わず、完全に油断していたのです。さあ、騎士団が到着しました。本当にさようなら、私の愛しいエル」

 エルの体は、近づく足音を聞くと硬直し、背筋に冷たいものが走った。

 エルは長い間沈黙し、私の言葉の非難や含意に思考を奪われている。

「いや……いや、そんなはずはない。」

 彼女の声はほとんど囁きのようで、地面を見つめながら、彼女の全世界が崩れ落ちていくようだった。

「あなたは間違っている。間違っているはずだ!」

 エルは否定するように頭を振り、希望のかけらにしがみつこうと必死だ。

「私は彼女を傷つけることなんてできない。絶対に彼女を傷つけたりしない……なぜなら、私は誇り高き守護者だ。生涯をかけて彼女を守るのが、私の使命なのだ、こんな事が、こんな事があるはずがない!」

 エルの絶叫が広い神殿に虚しく響いた。


   ☆おしまい☆

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