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クロの黒歴史  作者: 小笠原慎二
8/16

妊娠

妙子目線となります。

目が覚めて、


「起きたかの」


目の前に闇使さんがいて、なんでいるのかとか昨日のこととかをゆっくりと思い出して…。

きっとあたしの顔は青くなったり赤くなったりしていたんじゃないかと思う。


「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」


謝罪の言葉しか出てこなかった。

こんな面倒くさい女なんか呆れられるんじゃないかと思っていたけど、闇使さんは優しかった。


「我が輩も悪かった」


とか言ってくれて。ああどうしよう。好きが止まらないよ。

でも母親みたいに慕ってるって、どういうことだろう? マザコン?

いやいや、まさかねぇ…。

その後、


「我が輩にとってお主という存在は特別なのだの」


なんて、特別だなんて、もう、やだなあもう。

なんだか心が満たされた気がして、昨日のモヤモヤはどこかに吹っ飛んで行っちゃっていた。

その後はもうルンルン気分でシャワーを浴びて、張り切って朝食を作ったんだけど、なんで目玉焼きが破裂したんだろう…。あたしって本当に料理の神様に嫌われてるのかもしれない。








それから二日後のことだ。

闇使さんのところに防衛隊の人が寄っていくのが見えた。

なんとなく話の内容は分かる。きっと魔法も使わず素手で魔物を倒したことの話なのだろう。

魔法も使わず魔物を倒せる方法が見つかれば、今よりもっと生活が楽になるだろう。

皆その力ことを知りたがっていることは想像がつく。

防衛隊の人と話していた闇使さんが、くるりとこちらに向かってきた。思わず立ち上がる。


「妙子、すまぬ。防衛隊に呼ばれたのだの。できるだけ早く帰れるようにはするが、身辺に気を付けるのだの」


心配そうな顔で私を見る。何がそんなに心配なんだろう。魔物だってそんなにしょっちゅ出ないでしょう。この辺りは他の地域よりも出ないっていうし。


「うん。闇使さん、大丈夫だよ。いってらっしゃい」


安心させようとにっこり笑った。笑顔で送り出してあげないと。と思ったら闇使が近づいて来て体に手を回した。


「あ、闇使、さん?!」


抱きしめられたと分かって、恥ずかしさのあまり逃げ出そうとするが、思ったよりも力強く抱きしめられている。

なんだこの公開処刑は。タスケテ。


「妙子。何かあったら我が輩の名を呼べ。必ず駆けつける」

「え? あ、うん…」


耳元で囁かれると余計にドギマギしてしまう。

やっと体を離してくれた。でもその顔はとても不安そうだ。


「では、行ってくるでの」

「い、いってらっしゃい…」


強張った体でなんとか手を振る。

あ~、これ後で蘭子さん達にまた弄られるんだろうな~…。









闇使を乗せた車が遠ざかっていく。

仕事を再開した妙子の側に、さりげなさを装って蘭子と美鈴が近づいてきた。


「た~え~こ~ちゃ~ん」

「ら、蘭子さん…美鈴さん…」

「見~ちゃった~」

「やだも~。こんなところであんなに激しく~」

「は、激しいってなんですか。ちょっと、ハグしてだだけっていうか…」

「ちょっと~?」

「ちょっとねぇ~?」

「し、仕事しましょうよ!」


きちんと手を動かしながら、喋っているのだから、女性は器用なものである。

そのまま三人仲良く畑仕事に勤しんでいた。


「きゃーーーーー!」


突然それほど遠くないところから悲鳴が上がった。


「え? 何?」

「何かあったの?」


蘭子と美鈴が立ち上がって辺りを見渡す。

妙子も立ち上がり、声が聞こえたと思しき方を見る。


「助けて!!」


また悲鳴が聞こえた。

さやえんどうなどが植わっている辺りだ。蔓の壁の向こうから声が聞こえたようだ。

その時、その特徴的な腕が見えた。その先にいる人影も。


「あ…」


妙子の声に二人も反応し、その方角に顔を向ける。二人も察して顔が青くなる。


「魔物…」

「に、逃げるわよ!」


腰を抜かしそうになる美鈴を蘭子が引っ張り、足が張り付いて動かなくなっていた妙子の手も取り、蘭子たちは駆け出す。


「大丈夫よ。防衛隊もいるんだから!」


務めて明るく蘭子が言い放つ。そうだ。この場には防衛隊がいる。

振り返れば魔物に防衛隊の人達が銃器を向けているところだった。きっとすぐに片が付くだろう。

ほっと胸を撫で下ろす。今ここに闇使はいない。襲われたらどうしようかと思った。


「ま、待って! あれ!」


美鈴が指さす。そちらへ目を向けると、畑から離れた森の影から、魔物が一体こちらへ向かって来ていた。


「走って! 早く!」


蘭子の鋭い声に、三人は魔物とは反対方向に向けて走り出す。


(捕まったら…)


あの時の運転手の光景が浮かんでくる。


(死にたくない!)


防衛隊は向こうの魔物で手いっぱいのようで、こちらにはまだ気づいていないようだった。

魔物が背後に迫る。


「闇使さん! 助けて!」


我知らず、声に出していた。


背後で何か重いものがぶつかった音がした。

衝撃で体が前に押される。

なんとか転倒は免れた。足を踏ん張り、恐々後ろを振り返った。

闇使が立っていた。


「闇使さん…」


ほっとして、闇使を見上げる。しかし、


「八重子、大丈夫かの?」


闇使の言葉に、妙子は身を固くした。自分が何と言ったのか気づいていないのか、闇使はいつもと同じ様子で近づいてくる。


「あ、闇使君? 君…」


蘭子と美鈴も気づいたのだろう。庇うように二人が妙子に体を寄せてきた。

闇使の瞳が、金色(・・)になっている…。

今までは黒い瞳だったはずだ。それが何故色が変わっているのか。

だが妙子は思い出した。初めて出会ったとき、大丈夫かと闇使が手を差し伸べてきた時、その瞳は確かに金色だった。一瞬のことだったので今まで忘れていた。


「お主らも無事であったかの…。良かっただの」


瞳の色以外はいつもの闇使だ。蘭子と美鈴が体の力を抜くのが分かった。しかしすべての警戒を解いたわけではない。


「何が出現率が低いか。きちんと狩らぬから出放題ではないか」


周りを見渡し、闇使が悪態を吐く。他に三体の魔物がいるようで、向こうの方で防衛隊が囲んでいるのが見えた。


「怪我はないかの? とりあえず皆が集まっている場所へ行こう」


闇使が手を差し出す。この手を取ってしまえば、きっと安全だ。そして明日もいつもと同じ日々になる。

分かっている。分かっているのだが、妙子は聞かずにはいられなかった。


「闇使さん」


闇使はいつもの微笑みを浮かべている。


「あたしは妙子。ヤエコって、誰?」


闇使が目を見開いて固まった。







ただの言い間違い。

そう言ってくれると思っていた。そう言ってほしかった。


「すまぬ。慌てていて間違えてしまったようだの」


そう言ってくれるのではないかと、期待していた。

でも違った。

闇使さんの顔色が悪くなっていく。

頭に手を添え、ふらついた。


「ヤ…エコ、いや、タエコ…」


視線が揺れる。妙子を見ているようで見ていない。


「違う、違うのだの…、我が輩は…ただ…」


呟きながら後退る。


「すまぬ…すまぬ妙子…、我が輩は…」


闇使が身を翻し、驚く早さで駆け出した。


「闇使さん!!」


闇使は一度も振り向かなかった。










そ知らぬ振りをして手を取っていれば良かったのか?

あんな質問をしなければ良かったのか?

どこかへと消え去っていった闇使の捜索はすぐに打ち切られた。

どこに行ったのかまったく見当もつかないし、もしかしたら安全区域外まで行ってしまったかもしれない。

それに魔物が出たのでその後始末もある。

畑も荒らされたし人的被害もある。そちらの方が重要だったのだ。

貴重な戦力ではあったが、元々どこから来たのかもしれない人物だ。記憶が戻ってそこへ戻ったのではないかという結論になった。


妙子もそう思っていた。あの金の瞳になった時、闇使は記憶を取り戻したのだ。

であれば、妙子が問いかけずともいなくなっていた可能性がある。

蘭子と美鈴に励まされ、またバスに揺られて家路につく。

行きは二人で歩いた道を、帰りは一人で歩いた。

鍵を開けて家の中へと入る。

薄暗くなりかけている家の中は広々としていて、寒かった。

部屋の中に入り、床にペタリと座り込む。

あの時は闇使がいてくれた。自分の我儘を受け止めてくれて、慰めてくれた。

でももういない。


「う…」


我慢していた涙が零れた。


「う、うう、ああああああああ…」


大声で泣き叫んだ。










暗くなった部屋の中で、妙子は横になっていた。

動く気力が沸かない。

もうどうにでもなれと思っていた。

すべてなくなった。

家族も。

クロも。

闇使も。

もう何も残っていない。


「疲れた…」


このまま目を閉じて動かずにいれば、家族の元へ行けるだろうか。

気温が下がってくるのを感じる。このままだと風邪をひくかもしれない。

もういいや。

もう何もない。生きる意味などない。もう何もいらない。

体が冷えていくのを感じる。

もうこのまま闇に溶けてしまえばいいのにと思っていた。


カリカリカリ


「なうん」


妙子は目を開けた。


「クロ?」


カリカリカリ


玄関を引っ掻く音がする。

慌てて飛び起きる。明かりを点けて、玄関へ走る。

いきなり開けたらクロにぶつかってしまうかもしれない。そっと静かに扉を開ける。


「クロ?」

「うなうん」

「クロ!!」


扉の隙間からクロが甘えるように身をくねらせながら入ってきた。

いそいで抱きしめる。


「クロ…、クロ…良かった。生きてたんだね…。本当に良かった…」

「なう」


いつものように首筋に頭を擦り付けてくる。

妙子は嬉しさのあまり、また涙を零した。


「もう本当にかっこよかったんだよ! 世の中にこんなに素敵な人がいるんだってくらいに! もう神の御業なんじゃないかってくらい造詣が整ってて、何かの奇跡なんじゃないかって思ってた!」


クロが帰ってきた喜びから、いつもよりも饒舌になっていた。

いつものように膝に乗ってくつろぐクロの背中を撫でながら、闇使がいかに素敵な人だったのか声高に説明する。

ちょっと顔を背けているように見えるのは、いい加減聞き飽きたからかもしれない。


「クロにも会ってほしかったな…」


私の一番大好きなクロを、一番大切なクロを見て、同じように可愛いねと言ってほしかった。

闇使さんも、私にとって一番大切な人だから。


「んなう」


クロが立ち上がり、伸びあがって顔をペロリと舐めてくれた。

まるで励ましてくれてるみたいだ。


「ありがと…」


賢い子。クロの金の瞳が心配そうに私を見上げている。

何故か、その瞳が闇使と似ている、と思った。









クロが帰ってきてくれて、少しだけど生きる気力も戻ってきた。

私が倒れたら誰があの子の側にいてやれるんだ。

でも、闇使がいなくなった穴は想像以上に大きかった。寂しさに胸が潰れそうになる。

その度にクロが側に寄ってきてくれた。まるでその穴を埋めてくれるかのように。

蘭子さんと美鈴さんも気を使ってくれた。優しい人達だ。この人たちのためにもしっかりしなくては。

そうして気を張って頑張っていたある日、いつものように微妙な味付けの夕食を取っていたその時。急に胸がむかついて吐き気が襲ってきた。


「う…!」


急いでトイレに駆け込む。

今食べていた物も全部吐き出してしまう。もったいないと思いつつ、止めることなどできない。

そのまま吐き気が収まるまでトイレに顔を突っ込んでいた。

苦しい、苦しいけど…。これは…。

そっとお腹に手を当てる。心当たりなどひとつしかない。

確証はないけど、何故かそうだとしか思えない。


「闇使さんの…子供?」


宿ってくれたのか。闇使の子が…。

口を拭って、部屋に戻る。


「なう?」


心配そうに足元に擦りついてくるクロ。思わずガバリと抱きしめる。


「クロ…どうしよう…どうしよう…」


声が震える。


「どうしよう…もしかして…あたし、できちゃったのかも…」


喜びが込み上げてくる。


「あたし…赤ちゃん…できちゃったかも…」


言葉にしたら、より一層嬉しくなってきた。


「どうしようクロ…」

「なう」


心配そうにクロが見上げてくる。違うよ。大丈夫だよ。


「あたし、嬉しい…!」

「あ?」


赤ちゃんが生まれたら、クロも喜んでくれるだろうか。仲良くしてくれるだろうか。


「どうしよう! あの人の子供だよ! どうしよう! 嬉しい! あたし、あの人の子供を産めるんだ!」

「うぎゃう!」


喜び勇んでクロを高く持ち上げる。高い高いは怖がるから普段はやらないけど、今は嬉しくてそんなことも気にならない。気にしなきゃいけないんだけど。


「きゃー! どうしよう! 嬉しいい!!」


クロを振り回しながら部屋の中で小躍りする。

もうこの喜びをどう表現したらいいのか分からない。


「クロ。ほらここに、あの人の子供がいるんだよ」


踊りつかれてクロを床にゆっくり下ろす。そして見せつけるように下腹部を撫で擦る。


「絶対。絶対に産んであげなくちゃ」


闇使さんが自分に残してくれた大事な宝物。

絶対に無事にこの世に産んであげなくてはと、固く誓った。


お読みいただきありがとうございます。

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