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クロの黒歴史  作者: 小笠原慎二
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二人

闇使目線となります。

目を開ける。

隣で妙子が眠っている。

昨日よりも険が取れた穏やかな表情をしている。

闇使はそっと頭を寄せた。

これで今までと変わらずに過ごせる。まったく変わらないというわけにはいかないだろうが、離れる心配はないと思いたい。

こんな関係を結びたいなどと思ってはいなかったが、こうなってしまっては仕方がない。腹を括らねばならないだろう。

しかしこうなってしまうと、記憶を取り戻すことに少し恐怖を感じる。記憶を失くす前の自分がどんな人間かは知らないが、記憶を取り戻した後知らぬ存ぜぬで妙子を置いていくような人間であったら…。

身震いした。

しかし、本当に良かったのかとも思う。

本来ならばこういうのは、お互いの心を通わせてからでなければならないと思う。

自分は打算で抱いた。

妙子が嫌いというわけではないが、性的な対象としては見たことがない。今回のようなことがなければ絶対に手を出したりはしなかった。

いいのかと問われればよくないと思うが、こうしなければ妙子に拒絶されたかもしれないかと思うと仕方ないとも思う。

しばらく罪悪感に悩まされそうだ。

妙子が身じろぎした。そして薄っすらと目を開ける。


「起きたかの」


目の前の闇使を見て、目をパチクリさせている。そしてゆっくり今の状況を理解して…。


バサッ


頭から布団を被ってしまう。


「?! 妙子?!」


何事かと闇使が慌てる。


「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!」


突然謝り始めた。


「妙子? どうしたのだの? とりあえず苦しかろう、布団から出ろ」


妙子が申し訳なさそうに、布団から目だけを出す。


「き、昨日…。あんな言い方して…。本当、ごめんなさい…」

「そういうことかの。それならば我が輩も悪いのだ。謝るのならば我が輩の方であろう」

「いや、闇使さんは何も悪くないっていうか、あたしが勝手に感情爆発させて脅迫まがいに関係迫っちゃったっていうか…」

「いや。我が輩がお主の心を蔑ろにしたせいだの。妙子が謝る必要はない」

「いやでも…」

「よいというに」


しばし謝り合戦が続いた。


「その、二度とこんなバカなことしないって誓います! ですから、その…ひとつだけ聞いていいですか?」

「なんだの?」

「その…あたしのこと、少しでも好きですか?」


顔が真っ赤になっている。

闇使は少し考えて、言葉を紡ぎだす。


「好きか嫌いかで言えば好きであるの。しかし、それは多分お主が我が輩に寄せる好きとは違うと思うのだの」


妙子がしゅんとなる。


「我が輩の好きは…何と言ったらいいか…その、子が母親に寄せる好き、に近い、気がするの」

「え? 母親?」


子を産んだことはもちろんない、しかも男性経験もこれが初めての妙子である。何を言われているのか分からないという顔をする。


「ん~、だから、その、子が親に性的な感情を持つことはなかろう?」


妙子が頷く。


「だからその、それに近い、と思うのだの…」


妙子の視線が「何言ってんだこいつ」と言っている。視線が痛い。


「我が輩にも分からぬ。その、他の女に対してもそうだが、性的な衝動というものはほとんど感じないのでの…」


これは本当のことだ。胸を寄せられようが尻を突き出されようが、それがどうしたと返すことができる。

もしかしたらそういう機能に欠陥があるのかもしれない。


「え、でも、その…できました…よね?」

「できることはできるようだの」


焦りやら恐怖やらで追い立てられるように行為をしたが、きちんと男性機能は作用した。


「とにかくその、我が輩は多分人よりも性的な欲求が薄いのだの。それでも妙子に対する想いは他の人間とは違うと言えるのだの」

「違う?」

「我が輩にとってお主という存在は特別なのだの」


妙子が再び真っ赤になった。


「だからその、これからもこういう行為についてはあまり積極的にはなれぬが…、側にいてよいかの?」


妙子の頭が再び布団に潜り込んでいく。


「…はい…」


辛うじてその声は聞こえた。

妙子が少し落ち着くのを待ってから、闇使は声をかける。


「我が輩も、ひとつ、妙子にお願いをしてもよいかの?」

「な、なんでしょう?」


まだ顔に赤みが残っている。

闇使もなんだかわざわざ声に出すのも照れくさく、言い淀む。


「そ、その…甘えてよいだろうか…」

「え?」


妙子の顔がキョトンとなっている。それはそうだろう。こんな男が甘えたいなどと…。さすがの闇使も恥ずかしくて顔が上気するのを止められない。


「す、少しでよいのだが…」

「い、いいですよもちろん! …て、何をすればいいんでしょう?」

「頭を、なでてくれるだけでよい…」


そう言って、顔を伏せるように妙子の胸元に近づけた。

妙子が少し躊躇ってから、闇使の頭を優しくなで始めた。


(心地よい…)


妙子の匂いに包まれ、優しく頭を撫でられる。なんだかよくこうしてもらっていたような気がする。そんなはずはないのだが。


「すまぬ。もうよい。ありがとうなのだの」

「い、いえ。これくらいならいつでも…。あ! そろそろ時間!」

「ぬ? おお、これはまずいであるの」


慌てて布団から出ようとして、妙子の動きが止まった。


「…闇使さん。目、瞑っててください…」

「ん? まあ、妙子がそう望むのなら」


闇使が目を瞑って背を向けると、ワタワタと少し音がして、風呂場へ飛び込む音がした。


(別に一緒に入ってもよい気がするのだがの)


今さら何を隠すことがあろうかと首を捻りながらも、闇使も着替えを取りに布団から起き上がった。


妙子と入れ違いに風呂へ入り、簡単にシャワーを浴びる。


(妙子もつかえが取れたのかすっきりした顔をしておるの)


まだ若干罪悪感は残るが、妙子が元気になったのは嬉しい。


「今朝は腕によりをかけますね!」


とはりきって台所に飛び込んで行ったが…。


「ん?」


何かを忘れている気がする。

妙子は料理スキルがマイナスに吹っ切れていて…。


(まずい!!)


と思った瞬間、


「きゃー!」


台所から悲鳴が上がった。

遅かった…。

食材は限られている…。

胃薬はあっただろうかと考えながら、闇使は胃の辺りに手を当てた。








襲撃の次の日は、バスのフロントガラスが壊れていたのと、バスの通りに魔物が出たのでその調査のために臨時休業となった。

その次の日からはまた同じ日常が戻ってきた。新しいバスが用意され、畑へと向かう。

蘭子と美鈴はそれぞれにまた違うバスに乗っているので、妙子達のバスが魔物に襲われたと聞いて心配してくれていたようだ。


「良かった~。魔物が出たって聞いて心配したんだから~」

「本当。昨日は妙子ちゃんの班皆休みだったし…」

「ご心配をおかけしました」


無事でよかったと語り合う女性達を見ながら、やはり闇使は妙子の後ろに座って茶を啜る。

そのうち、蘭子がじっと妙子を見つめ始めた。


「蘭子さん? 何か顔についてます?」

「妙子ちゃん、何かあった?」


蘭子が隅々まで観察するように妙子の顔を眺めまわす。


「なんかすっきりした顔してない?」


思わず茶を吹きそうになった。

蘭子がまじまじと妙子の顔を見つめる。

何故美鈴はこちらを見るのだろう。

悪いことをしたわけでもないのに、なんだか目が泳いでしまう。


「べべべべ別に何もないですよ? ちょっと魔物に襲われてびっくりしましたけど…」


妙子、顔が赤くなっている。これでは自白しているようなものではないか。


「何もないか~」

「へ~」


何故か二人とも意味深な視線を闇使に投げかけてくる。

女性は怖い、と闇使は思った。








その次の日のことだった。


「君、ちょっといいかな?」


仕事に戻ろうとしたところで声をかけられた。


「なんであろうか?」


防衛隊の、30代くらいの男の人だった。


「先日の魔物の件で話を聞きたいということで、支部に来てもらいたいんだけど」


やはり来てしまったか。素手で魔物を倒したなどという稀有な件だ。見逃されることはないとは思っていた。


(しかし、支部か…)


魔物対策支部。本部は東京にあるということは知っている。各地にそれぞれ支部が立ち、そこで魔物対策の指揮をとっているとは聞いている。

もちろんそんなものが畑の近くにあるわけもない。つまり遠いところにある。

連れていかれるということは、妙子と離れてしまうということだ。できればそれは避けたいところだが、行かなければ行かないでまた面倒なことになるかもしれない。

知らぬ存ぜぬで済ませるには目撃者も多すぎた。ここは大人しくついていった方がいいだろう。


「一応聞くが、知り合いを同行してもよいかの?」

「? いいや。関係のない者は連れてはいけない」


まあ当然のことだろう。

多少ならば離れていても大丈夫だろうか? しかしやはり心配だ。


「ここの警備は万全なのであろうな?」

「? もちろんだ。というかこの辺りは魔物の出現率が少ないからな。比較的安全だろう」


男の言葉に胸がざわりとなる。

出現率が少ない? そんなことがあるのだろうか。

魔素は世界に均等に広がっているらしい。であるならば、他に比べて出現率が少ない地域などできるものだろうか。

男の言葉に不安が募る。こんなところに妙子を置いていって大丈夫だろうか。

今までは確かに魔物は出なかった。だが安全が確保されているというバスの通りにも出た。絶対はない。


「すまぬ。無理な願いとは思うが、妙子だけでも連れてはいけぬだろうか?」

「妙子? なんだ? お前の女か?」

「そうだの」


それが一番無難な理由だろう。

男は一瞬ぽかんとなったが、すぐにからかうような視線になった。


「心配なのは分かるけど、規則だからね。それはできない。だが、できるだけ早く帰れるようには手配してやるよ」

「…分かった」


これ以上はごねても無理だろう。

少し時間をもらい、妙子の元へ近づく。妙子も不安そうに闇使を見ていた。


「妙子、すまぬ。防衛隊に呼ばれたのだの。できるだけ早く帰れるようにはするが、身辺に気を付けるのだの」

「うん。闇使さん、大丈夫だよ。いってらっしゃい」


妙子の笑顔を見て、何故か余計に不安が募る。闇使は人目も気にせず妙子を抱きしめた。


「あ、闇使、さん?!」


突然抱きしめられて、妙子がもがく。


「妙子。何かあったら我が輩の名を呼べ。必ず駆けつける」

「え? あ、うん…」


体を離すと妙子が顔を真っ赤にしていた。どこまで初心な娘なのか。


「では、行ってくるでの」

「い、いってらっしゃい…」


ぎこちなく手を振る妙子を残し、闇使は防衛隊の車のところへ急ぐ。


「や~熱いねぇ。若者はいいねぇ~」


闇使に声をかけた男がこれみよがしに手で顔を仰いでいる。


「行くならば早く行くのだの。そしてとっとと帰らせろ」

「うわ。言うね~」


闇使を乗せると、車はすぐに動き出した。

お読みいただきありがとうございます。

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