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クロの黒歴史  作者: 小笠原慎二
15/16

激昂

クロ目線、途中から子供闇使目線となります。

妙子に白い紙を渡された時点で、クロはこっそり忍び込んでいた。


(ふむふむ。なんと。最早決められているではないか)


手段は一応抽選とされているが、魔力測定の時点でほぼ当たり外れが決められてしまっていた。

妙子は予想通り魔力は0。皆無。最早魂の性質なのかもしれない。

故に妙子は抽選外。絶対に当たらない。つまり入れない。そんなことはさせない。

ちょちょちょいっと数値を書き換え、当たり判定にしてしまう。危険な場所に戻すためにこの場所に連れてきたわけではない。


(これでよいかの)


人の目を避け、抽選待ちの場所へ行ってみる。思ったよりも広い場所だった。妙子の姿をキョロキョロと探す。


(どこへ行ったのだの彼奴)


気配を追ってみれば、端の方へ移動している。クロもそちらへと歩き出した。しかし今は小さな黒猫の姿。油断すれば人の足に蹴られそうになる。


(人が多すぎるのだの)


人を避け避け進んでいくので歩みが遅くなる。


(いっそ人型になった方が歩きやすいかの)


変身するわけにはいかないが、人が多すぎて嫌になってきた。

もちろん人からしたらそんなところに猫がいるなど露とも思わないので、誰も足元などに注意を払わない。皆不安そうに黄色い紙の集団の方を眺めている。


(あちらはすでに入り始めておるのだの)


闇使も無事に入れそうなのでほっとする。闇使の数値もついでにみたが、かなりの魔力量だったようだ。我が子ながら少し誇らしげに思ってしまった。


(しかし邪魔だの…)


真っ直ぐ進みたいのに人人人。人の足の間を足早に、時に迂回して、時に後戻りしつつ妙子のいる方へと向かう。なかなか思ったように進めないのでイラっとする。

その時、前方から人の悲鳴が聞こえてきた。途端にクロの周りにいる人達も一定の方向へ向かって走り出した。


(なんと?!)


もちろんだが足元の黒猫に注意を払う者などいない。クロは慌てて側の人間の体を踏み台にして、宙に躍り出た。そのまま人の体を足場に進もうとする。どうせ人間達は混乱している。人の体を踏み台にして進む猫がいたとしても誰も気づかないだろう。

しかし、宙に躍り出たクロの視界に入ったのは、地面に倒れている妙子の姿だった。別の人間が魔物に掴まり、振り下ろされている。そして手が上がり、また人間を振り下ろそうとして…。


「妙子!」


姿を隠すことをやめ、猛然と妙子に向って駆け寄る。

途中で人間を何人か蹴飛ばしてしまったが、そんなことを気にしている余裕はない。

振り下ろされる寸前でなんとか妙子を口に咥え、その場から脱した。


べしん


鈍い音がした。

妙子は無事だ。ゆっくりと口から妙子を下ろす。どうやら気を失っているようだ。


「貴様…」


急ぐために、妙子を運ぶために、咄嗟に体を大きくしていた。今は人の背丈を超えるくらいの大きさになっている。周りにいる人間達は、クロの姿を見て距離を取っている。その顔は恐怖で引きつっている。いつもならば心地よい恐怖心だが、今はそれどころではない。


「許さぬぞ!」


人間を飲み込もうとしていた魔物が動きを止めた。こちらの殺気に反応したようだ。

地を蹴る。あっという間に魔物に迫る。魔物はこちらの動きについてこれていないようだ。そのまま腕を一閃。魔物が四つ程に分割される。魔物は淡い光となり、虚空へ消えて行った。








壁の中の通路で、小さな男の子が呟いた。


「お父さんがキレた…」







妙子を傷つけようとしたもの。その場所へと連れてきた者。助けようともしなかった者。


(許せぬ…許せぬ…)


怒りに意識が染まる。全てが妙子にとって有害なものにしか見えない。


「グルルルル…」


口から唸り声が漏れ、クロの体から黒い靄が湧き上がる。靄は濃さを増しながら周りに広がっていく。靄に触れた人間が、苦悶の表情を浮かべながら、次々と地面に伏していく。

靄は濃い闇となり、クロの体を隠していく。


(許さぬ…許さぬ…)


妙子の害にしかならないものなど、このまま闇に取り込んでしまえばよい。

闇が広がり、人々が次々に倒れていく。クロの輪郭が薄れ、金の瞳だけが煌々と見えるようになっていく。


『お父さん!!』


声が聞こえた。

ハッとなる。

目の前で倒れ伏した人間達が苦しそうに喘いでいる。


(いかんいかん…)


頭を振る。怒りで我を忘れていたようだ。

人間を殺しては妙子が心を痛める。出来る限り無用な殺生は避けなければならない。

闇が薄れ、靄が晴れる。苦しそうに藻掻いていた人間達が、不思議そうな顔をしながら体を起こす。大丈夫。まだ命を取った者はいない。

周りを見渡す。魔物は群れる習性でもあるのだろうか。別の個所でも何体かの別個体が蠢いていた。

丁度いい。あれで憂さ晴らしをしよう。

クロは一番近くにいた魔物に飛びかかった。途中何人かの人間を蹴散らした気がするが気にしない。

魔物は手の動きは素早いが、体は早く動けないようだ。

齧り付き、食い破る。非常に不味かったのでそのまま吐き出した。

魔物が淡い光を発しながら消えていく。


「ふん。手応えがなさすぎるの」


ふと見れば、銃を構えこちらを見上げる人間、いや防衛隊の者達。

対応の遅さに改めて腹が立ってくる。


「うぬら、魔物を殲滅するのがうぬらの役目ではないのかの?」


睨みつけながら問いかければ、何人かの防衛隊が腰が引けたように後退りした。まったく情けない。


「何故我が輩がうぬらの尻拭いをせねばならんのだの。ほれ、早ううぬらの役目を果たせ」


これ以上魔物を退治することを手伝う義理はないし、手応えがなさ過ぎてつまらない。八つ当たりもしたし、とりあえず妙子の安全は確保できた。なにより妙子が大きな怪我などしていないか心配だ。クロは足早に妙子の元へと戻る。

そのまま口に咥えて運ぼうとした時、


「ま、待て!」


振り向けば、クロに銃を向ける男。


「そ、その人を、どうする気だ…!」


声も、膝も震えているが、妙子への気遣いが見て取れる。そのあたりは評価してやろう。


「うぬらになど任せてはおけぬ。この者は我が輩が連れて行く」


男は銃を構えたままどうしようか迷っているようだった。なによりクロが魔物なのかどうか分からないので、どうしたらいいのか分からないのだろう。


「我が輩の相手をするくらいならとっととあっちの魔物でも片づけてこい。うぬらは初動が遅すぎるのだの」


そう言って地を蹴る。


「あ! 待て…!」


男が銃をこちらに向けたが、撃ってはこなかった。

宙を駆け、姿を隠しつつ壁の中へと入る。人目が届かない物陰に入ると、人型、闇使の姿をとった。


「妙子。今医務室へ連れて行くでの」


妙子を抱きかかえ、建物へと走った。












防衛隊の女性に手を取られながら闇使は壁の中へと続く通路を歩いていた。


(お父さんの妖気が小さくなった…)


先ほど一瞬で膨れ上がった妖気。大妖と豪語する自分の父にあたる者が、これほど強大な力を持っていることは初めて知った。

普段は、


「人の身に妖気は障るからの」


と妖気を押し隠しているのをあれだけ爆発させた。その原因は…。


(お母さんに何かあったんだ…)


それしか考えられない。

実の息子よりも母を優先するあの黒猫。父親だと知った時は「はあ?」という感じだった。しかし闇使は普通の父親というものを知らない。人間以外の父親というものは見たが、まあクロと似たり寄ったりだったので、クロもそれほどおかしな父親ではないのかもしれないと思っていた。

なによりいろいろなことを知っており、妖力の使い方も教えてくれるいい師匠だ。

母への溺愛っぷりには若干引くものがあるが、闇使なりにクロを尊敬していた。

母の気配は少し大人しめにはなっているが、死んだようには思えない。となれば、何か大きな怪我でも負ったのかもしれない。

心配になる。壁の通路の向こうに二人の気配が移動していく。クロは破壊することはできても治すことはできないと自分でも言っていた。だからこそ母が怪我をするのが一番怖いのだと。


(だからこそ、僕が…)


闇使は魔力を持っている。魔法が使えれば治療することも可能らしい。しかしまだ使い方を知らない。

この壁の中で魔法の学校に通って、そのやり方を教わるはずだったのだ。

二人の気配が一か所で止まった。近い。救護所か何かかもしれない。

通路を抜けると広い場所に出た。そこからまた人が番号順に分かれていく。


「あ、あの! 僕、トイレに…」

「ええ、一緒に行ってあげるわ」


そうじゃないんだけど仕方ない。闇使は適当な所で防衛隊のお姉さんを撒くことにした。

人混みを利用して手を離す。


「あ! 闇使君!」

「お姉さん!」


と言いつつ足は二人の気配の方へ。人混みを利用して姿を隠し、走り出す。

気配を追って行くと、医務室と書かれた札が見えた。やはり思った通りだ。


「お父さん!」


部屋に入っていくと、隅のベッドに横たわる人影と、それに付き添う人影があった。


「闇使かの」


黒い髪、金の瞳。全身黒ずくめの人間離れした美貌の持ち主がいた。救護室の女性たちが素早く動きながらも、クロに向けてハートな視線を送っているのが分かる。


「お母さんは?!」

「大丈夫だの。転んだ時に少し擦り傷を負ったのと、打撲があるくらいだの」


闇使もほっと息を吐く。闇使だって母は大好きだ。クロには負けるかもしれないけれど。

椅子に座るクロが闇使を膝に乗せてくれた。母がよく見えるようになった。ただ眠っているだけに見える。

普段はこんな子供扱いをしてくれないので、ちょっと嬉しいようなくすぐったいような気がする。まあ、いつもは猫の姿だしね。


「さっきは助かっただの」


クロが闇使の頭をなでる。これも滅多にない、いや初めてかも?!の出来事に、やっぱり闇使はくすぐったい気持ちになる。


「お主の声のおかげで正気に戻れた。礼を言う」


いつも上から目線で(猫なので物理的には下から見上げているが)、そんな風に言われたら闇使にはどうしていいのか分からない。


「べべべ別に。なんか、お父さんの様子がおかしかったから…」


妖気が爆発したかのように膨れ上がった時、周りの者を傷つけるような刺々しい雰囲気を感じた。それと、底知れぬ怒りの感情も伝わってきた。

なんだかとても嫌な予感がした。


「妙子が悲しむでの。極力人間を傷つけたり死なせたりしてはいかんの」


と常々クロが言っていたのに。

だから闇使は咄嗟に叫んだ。


「お父さん!」


と。

伝わるとは思っていなかったが、その後妖気から刺々しい雰囲気が消えたので、なんとかなったのかとほっとした。

まさか届いていたとは…。


「お主にも何か褒美をやらねばならんかの」

「褒美?」

「主のおかげで大量虐殺をせぬですんだ。なんぞ欲しいものでもあるかの?」

「欲しいもの…」

「うむ。手に入るものならばなんでも用意してやろう」

「なんでも…」


闇使は考える。欲しいものならいくらでもある。新しい本も欲しいし美味しいものも欲しい。しかし、今、新しく欲しいものができた。


「だったら…、時々でいいから…、その姿で僕と遊んでよ…」


母を優先するあまり、クロは滅多に人型にならない。遊んでくれる時もいつも猫の姿だ。

狸の子達が父と遊ぶ姿を見て、少し羨ましく思っていたことを思い出した。闇使はクロに高い高いをしてもらった覚えもない。


「ふむ…」


母優先のクロだから、無理と言ってくるかもしれない。それはそれで仕方ないかとちょっと落ち込む。


「うむ。妙子の見ていないところでなら、よかろう。偶にはきちんと父らしいこともせぬとの」

「本当?!」


思わず満面の笑みで振り向いてしまった。クロが一瞬キョトンとした顔をして、すぐに何か面白いものを見つけたような、からかうような顔になる。

しまったと思ったが遅い。慌てて正面に顔を向けるが、顔が赤くなっているのが分かる。


「ほう~。主もそのような子供らしい可愛げのあるところもあったのよな。よしよし」

「こ、子供扱いするな!」

「子供であろう。ほれほれ」

「や~め~ろ~」


クロの手を抑えて抵抗するが、後ろでにやにやしているのが見なくても分かる。


「う…」


母が身じろぎした。目を覚ましかけているようだ。


「おっといかん。ではの、闇使。あとは頼むぞ」


闇使を膝から下ろして椅子に座らせると、クロは素早く立ち上がり、救護室から出て行った。どうせすぐに猫の姿になって戻ってくるのだろうが。


「ん…闇使さん?」

「僕だよ。お母さん」

「ん? 闇使? 今闇使さんの声がした気がしたけど…」

「気のせいじゃない?」


いっそのこと「猫の姿になって戻ってくるよ」と言ってあげたい気もするが、母の大好きな「闇使さん」が実は猫でした。なんて言ったらどれだけ傷つくのかと考えると、やはり口にはできない。


「あれ? あたし、なんでこんな所で寝てるんだっけ?」

「魔物に襲われて気を失ったんだよ。覚えてない? 怪我してないか診てもらってたんだよ」

「あ、そうだっけ?」


ショックで前後不覚になっているようだ。それならそれで有難い。闇使も実の母親の記憶をいじるのはさすがに嫌だった。忘れてくれているならそれが一番だ。


「あれ? でもあたし、抽選…、どうなったの?」

「受かったに決まってるじゃない。あ、そうそう。ここはもう壁の中だから、もう魔物の心配はないよ」

「え? そうなんだ…」


どうせ母親の記録はクロが手を加えて中に入れるようにしているだろうし、何かあってもクロがどうにかするだろう。気を失っている間にすべて終わったのだと思ってもらえれば都合がいい。

闇使は母に抱き着いた。


「お母さんが一緒で良かった!」

「闇使…。うん。良かった」


母も闇使を優しく抱きしめてくれる。クロがいない今は、母を独り占めできる。闇使はここぞとばかりに母に甘えるのだった。


お読みいただきありがとうございます。

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