巣立
クロ目線となります。
「闇使ー!」
「闇使様ー!」
家の中から呼ぶ声がする。
「おい、呼んでおるぞ」
「うん。行ってあげたら? 闇使さん」
「我が輩ではないわ。主のことであろうがの」
「もともとお父さんの名前なんでしょう?」
「父とも呼ぶなというに!」
闇使が生まれて早5年。
クロの血をしっかり受け継いだ子供はなんとも賢い子供に育った。賢すぎて少し手に余るくらいに。
草原の影に隠れる闇使の側に、クロはついていた。
勉強の時間になるとうまい具合に姿を隠し、いつも逃げ回るのだ。
「ほれ、勉強の時間であろう。きちんと知識を仕入れてこい」
「もういいよ。本読めばだいたいわかるし。ねえそれよりもまた外に連れて行ってよ」
「機を見てからの。ではなく、もう読破してしまったのかの」
「あれくらいどってことないでしょ。また新しいの持ってきて。いや、自分で探すから連れてけ」
「却下だの。まだ力が安定してはおるまい」
「魔力よりも妖力の方がもっと欲しかったな。妖力の方が役に立つことが多いよ」
「魔法がなければ傷の治療はできまい。妖力だけでは補えぬこともあろう」
「まあね。それは便利だけど」
お腹の中で命として形になり始めた頃に外の世界で魔力に触れたおかげなのか、闇使は魔力も持って生まれてきた。
妖力の使い方はクロが教えることができるが、魔力に関しては全く分からない。早く外の世界に返し、その力の制御の仕方を覚えなければならないだろう。
妙子に黙って時折クロは闇使を連れて外の世界へと出かけていた。いずれ元の世界の暮らしに戻るための訓練も兼ねている。
「闇使! 見つけた!」
そう声が降って来て、ひょいっと闇使が宙に浮かぶ。
「こら! ちゃんと勉強しなきゃだめでしょ!」
「えへ。お母さんに見つかっちゃった」
5歳児そのままの甘えるような顔と声を出し、闇使が妙子にしがみつく。妙子の前では闇使は年相応の5歳児をしっかり演じている。
見つかっちゃったというより、見つけてもらうためにここにいたように思える。闇使は未来読みができるわけではないが、勘が鋭い。半妖として持って生まれた能力のようだ。
その能力は魔物を探すのにも役に立っていた。この先その能力を生かして、最前線で戦うことになるのだろう。
「お勉強つまんないんだもん。ねえ、もう今日はクロと遊んでていいでしょ」
「おぬきさんに言われたことはやったの?」
「うん! 全部終わってるよ!」
「じゃあ終わったのをお母さんに見せて。お母さんが確認できたら遊んでいいことにしよう」
「分かった! 持ってくるね!」
妙子に下ろしてもらい、闇使が家に駆けこむ。妙子がその後を追う。
クロも後に続き、家の中に入っていった。
「じゃ~ん。これでどう?」
闇使がノートを開いて妙子の前に掲げる。
妙子がそれを手に取り、パラパラとページを捲る。
「うん。やってるみたいね。仕方ないか。いいよ。遊んでおいで。気を付けるのよ」
「やったー! 行こう! クロ!」
闇使がクロを抱えて家を飛び出る。
「5歳で漢字って勉強したっけ? あの子天才?」
との妙子の呟きが聞こえたが、気にしないことにした。
「ねえ、また狸の里に行きたい」
「まあ、あそこならよいか」
クロが先に立ち案内する。まだ闇使にはこの結界を通れるだけの力はない。今後の修行次第では自由に行き来できるようにはなるだろう。
狸の里はいつも子沢山だ。闇使の遊び相手も沢山いた。
「権兵衛! 福次郎!」
「闇使! 来たのか!」
「闇使! 遊ぼうぜ!」
顔馴染みの狸の子(人の姿に化けている)を見つけ、闇使が遊びの輪に加わった。
「やれやれ。我が輩は挨拶に寄るかの」
狸の子達と遊ぶと妖力の使い方も学べるので一石二鳥だ。
クロは金時の屋敷の方へと足を向けた。
「金時殿」
「おお、黒猫か。また闇使が来とるのか?」
「うむ。世話になるのだの」
「よいよい。子は宝、そも闇使が来ると里の者達も喜ぶし、何より子等の修行にもなると女達も喜んでおる」
狸の修行の基本は化け学だ。まずは人の姿に化けられなければ話にならない。しかし人の世と交流が少なくなった今、人に化けるという基本の勉強が疎かになってきていると危惧されていたのだった。
闇使は人なので、狸には化けられない。つまり闇使と遊ぶには人の姿にならなければならないのだ。
「お互いよい刺激になっているのは良いが、ここへ入り浸ると狐の方がの…」
「ふぁふぁふぁ。あちらにも子がいないではないだろうが、九重が離さぬのじゃろう」
「うむ。菓子を食えるはよいが、遊び相手がおらぬでつまらぬとよう言うておる」
狸の里ばかり訪れていると九重が文句を言うので、時に遊びに行ったりはしている。しかし九重はよほど闇使が気に入っているのか、側から離さない。九重の提案する遊びなど闇使にはつまらないものなので、余計に狐の方へ行く回数が減っていた。
九重は歯噛みしているが、闇使の好みばかりはクロにもどうにもできない。
「あやつも自分でまた産めばよいのじゃがのう」
「お眼鏡に叶うものがいたら孕んでみたいとは言っていたの」
妖力が強すぎるのか、もともと孕みにくい体質なのか、今まで捧げた男達の間にもできたことはない。
他人の子よりも自分の子の方が可愛かろうと、金時と言葉を交わすのだった。
「お父さん。あれ、なんだろう」
「うむ。出来てきているようだの」
倒壊の進む街角から見える高い壁。
魔物が跋扈し、人の生活圏内が日々狭まってきている。
人類も様々な武器などを開発しているが、なにより人材が不足していた。
魔物に食われる人が増えれば、産み出す人口も減る。子供はまとめて育てられるように専用の施設が作られているが、育つにも時間がかかる。
魔物を狩る人口は減っているのに、魔物の数は増えるばかりだった。
そんな状況の中、確実に人々が安全に暮らして行ける場所を人類は作り始めている。
魔物の近づけない結界を張った巨大な壁に囲まれた街。今作っているのはそれだという話だ。
「お主と妙子もあの中に入る予定だの」
「そうなんだね」
あの中で暮らせる人口も限りはある。だがそこはクロの力でなんとか捻じ込むつもりだ。
あの街が完成した暁には、今の家を捨て、人の世に戻る。
「ねえ。そうしたら、権兵衛達ともお別れになるの?」
闇使が少し寂しそうに言う。
「お主の力が安定したら、もののけ道の入り方も教えてやるの。そうしたらいつでも好きな時に狸の里にも行けよう」
「そうなの?!」
「ただし、くれぐれも他の人間に悟られることのないようにの。もしばれたら、その時は我が輩がお主を食い殺す」
「分かってるよ…」
妖の力は誰にも知られてはならない。これはいつも言い聞かせていることだった。
魔力とはまた違う異質な力。これが他の人間に知られたら、どうなるかは想像出来る。
繋がれ、人の知識の及ぶ限りの実験台にされるだろう。闇使が持っているならば、妙子も持っていて不思議はないと人々は考えるかもしれない。もし妙子に危害が及ぶようならば、闇使を許してはおけない。
「そんなにお母さんラブならさ、なんで人間の姿になってやらないの?」
「やかましい! ラブとは違うのだの!」
闇使はいまだに微妙に妖の理を理解できていない。半分人間のせいもあるのだろう。
いまだに妙子の膝の主導権争いをしているのに、何故理解できないのか理解できない。
魔物を狩り、闇使にも狩らせる。幼いながらも闇使は妖の力を上手く使いこなしていた。ただし、やはり人としての限界がある。
「常々言うておるが、人の身に妖の力は負担が大きい。自分の限界を知っておくのだの」
「分かってるってば~。ねえ、お父さんみたいに力を増幅させることってできないの?」
「無理だの。お主は人。我が輩は妖。存在の在りようがまず違う」
「よく分かんないな~」
「簡単に言えば、我が輩は死んでもお主らと同じ輪廻の輪には乗れぬのだの」
「輪廻の輪に乗れないとどうなるの?」
「生まれ変わることもなく、二度と会うことは叶わぬ」
「…ふ~ん」
5歳児のくせにすでに輪廻という言葉を理解している闇使。人の世に戻して果たして普通に生きられるのか少し不安になる。
街は着々と建設が進められ、形になっていく。
これが完成すれば、人々は安心して暮らせるようになるのだろう。
(あとは、受け入れられる人数かの…)
広さの制限がある。誰も彼もというわけにはいくまい。
各地で同じものが作られているらしいが、それでも収容限度人数が生き残りの人数には届かない。最悪、魔力を持たない者ははじき出される恐れがある。
その時は闇使をダシにして妙子を捻じ込もう。そう考えながら、クロは闇使を連れて家へと帰った。
「時が来た。今までの尽力、感謝するであるの」
「むう…。もうそんな時かえ。いっそのこと妙子と闇使とここで暮らしてもよいのじゃぞ?」
「御免蒙る」
九重の所から早々に辞退し、金時の所へと訪ねる。
「今までの尽力、感謝するであるの」
「そうか。となれば、闇使がここへ来ることも少なくなるのじゃなあ」
「うむ。今後は人との付き合いも増えよう」
「皆も寂しくなろう」
「力が安定したら偶に来たいとは申しておる」
挨拶もそこそこに金時の所からも早々に辞退し、クロは家へと帰る。
おこんとおぬきにはすでに説明済みだ。二人も寂し気にしていた。闇使にも家を出る日は近いと知らせている。
問題は、妙子だ。
どうやって怪しまれずにここから出し、あの街へ捻じ込むか…。
「お父さんが化ければいいじゃない」
物陰に隠れつつ、闇使は簡単に言ってくれるが…。
「夢だって理由つけて、時々会いに行ってるのは知ってるんだけど…」
聡い闇使にはばれていたようだ。
妙子の不安が増したりした時など、時折『夢だ』ということにして闇使の姿に化けて束の間の会話をすることはあった。それだけで妙子が元気になるならば安いものだ。
直には会っていないのでセーフだ。多分。
ということで、『夢だ』作戦で伝えることにする。
妙子がベッドに潜り込み、夢現の状態になったところで闇使の姿をとり語りかける。
「妙子。申し訳ないが、この家を出る時が来たのだの」
「闇使さん…?」
「10日後だの。荷物はあまり持っては行けぬ。最小限にして仕度を済ませておけ。道は闇使が知っておるでの」
「闇使が…?」
「良い子を産んだの、妙子。よく眠れ」
「あん…し…さ…」
妙子の意識が微睡の中へ落ちていく。
後は闇使が上手い具合に話を持って行ってくれるだろう。その辺りは頼りになる子供だ。
再び猫の姿へと戻り、クロは酒を担いで闇へと消えた。
「入道殿には世話になったのだの」
「そうか。いよいよの時か」
月を見ながら酒を酌み交わす。
「狐と狸も寂しかろう」
「共に里で暮らせと言ってきたが、やはり、妙子達は人間なのでの」
「まあ、そうじゃのう」
ちびりちびりと酒を舐める。
今宵の月明かりがどこか寂し気に見えるのは気のせいだろう。
長い時を生きる妖にとって、ほんの五年の月日など瞬きの間にすぎない。されどその間の出来事は何もない百年よりも濃い時間となっただろう。
時折家に訪ねて来ていた一つ目入道も、やはりどこか寂しげだ。
「偶には酒を持ってくるであるの」
「よい。主は子らの面倒を見なければならぬであろう」
「子など勝手に育つわ。闇使め、賢すぎて手に負えぬ」
「ふっふっふ。主の子孫は面白そうじゃのう」
「いや、まだ孫子が生まれると決まったわけでは…」
「いや、主の血は受け継がれよう。これは神託じゃぞ。ありがたく受け取れ」
「…あまり有難くもない気がするのだの…」
入道がにやりと笑い、酒をぐいっと呷る。
「あの娘がおらなければ、主も主ではなくなろうが、子らがおれば主も主でいられよう。まさかとは思うが、あの娘が謀ったのではないか?」
「まさか! あの八重子だぞ? そんなわけがないであるの」
「さあのう。人はいつも、わしらの想像を超えたことをやりよるからのう」
はっはっはと豪快に笑いながら、一つ目入道はまた酒をぐいっと飲み干した。
クロは「クロ」と誰かに呼ばれなければ「クロ」ではいられない。名とは存在を縛るものであり、形成すに必要なものだ。妖はことその名の力が強い。
クロは八重子がいなければただの妖の力を持つただの黒猫だ。八重子への執着心がなければ「クロ」として存在し続けることもなかっただろう。
次に八重子が生まれ変わるまで、またただ揺蕩うだけの存在となるところが、八重子に代わって名を呼ぶ存在ができた。嬉しいような悲しいような…複雑な気持ちだ。
笑い続ける一つ目入道を軽く睨みながら、クロも勢いよく杯を干した。
街が完成した後、街に入るために抽選があるという。その日に合わせて家を出る計画を立てる。
「よいな? うまく妙子を先導せいよ?」
「うん。分かった」
闇使との打ち合わせも上々。こればかりは賢い子で良かったと思える。
「主らも世話になったの」
「いえいえ、こちらこそ。楽しゅうございました」
「ほんに、寂しくなりますなあ」
おこんとおぬきにも挨拶を済ませる。前日に退所して良いと伝えたのだが、当日まで見送るという。
妙子も夢のお告げ?に従い、準備を済ませていたが、長く過ごしたために持っていきたい物も多いようで、荷物の仕分けに悩んでいる。
そんなところに闇使が入って行って、
「これはいらないでしょ。これもいらないでしょ」
と母親の荷物を減らすことに尽力している。なんとできた息子か。
闇使はほぼ身一つで出るらしい。
「良いのかの?」
「まあ、力が使えるようになったら取りに来るよ。ここもすぐに失くすわけじゃないんでしょ?」
「まあ、そうするかの」
クロも家に名残惜しさを感じないわけではないが、早々に潰してしまおうかと考えていた。しかし闇使がまた来るというならば、しばらく残しておこう。
家を出る当日。抽選の時間もあるので早めに出る。
妙子はなんとか少なくした荷物を背負っている。
「おこんさん、おぬきさん、お世話になりました」
「妙子様もお元気で」
「妙子様もありがとうございました」
それぞれを抱きしめて挨拶を交わす。
「おこんさん、おぬきさん、おせわになりました」
妙子の前では5歳児の仮面を被っている闇使も二人に挨拶する。
「闇使様。お元気で…」
「闇使様、お達者で…」
二人も感極まったか、目に涙を溜めつつ、闇使を抱きしめる。
「なあう」
「さ、お母さん」
「ええ。二人とも、本当にありがとうございました」
「お気をつけて」
「お気をつけてくださいませ」
クロを先頭に、闇使が妙子の手を取って歩く。
おこんとおぬきも三人の姿が見えなくなるまで手を振っていた。
草原の向こうに家が隠れていく。
「でもさ、この草原、歩いても歩いても元の家に戻っちゃうでしょ?」
妙子が思い出したように聞いてくる。
「大丈夫。僕抜け道知ってるんだ」
「ええ?!」
妙子が目を白黒させる。
「抜け道…、知ってる…。まさか、闇使、今までにここから外に出たりしてたんじゃないでしょうね?」
妙子の言葉に怒気が混ざっている。
「え、ええと、でも、ちょっと覗いただけで、すぐ帰って来たよ?」
「闇使…。本当に? 危ないことしたりしてないでしょうね?」
「し、してたら、そもそも家に帰ってきたりしてないでしょう?」
「…まあ、そうか…」
まさか魔物と戦ったりしてました、などと馬鹿正直に言えない。
少し青い顔をしながら、闇使は妙子の手を引っ張る。この先は魔物以外にも人を襲う妖などもいる危険地帯を通るため、気を抜いてはいられない。
クロがちらりと闇使に振り向いた。
闇使が妙子を見上げる。
「ねえお母さん」
「なあに?」
「僕、外の世界楽しみ」
「そうだね…。お母さんも久しぶりで楽しみ…」
闇使の目を見つめていた妙子が催眠状態になる。
「これでいい?」
「うむ。さっさと抜けるぞ」
クロが二人の気配を隠しつつ、足早に危険地帯を通り抜けた。
お読みいただきありがとうございます。




