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クロの黒歴史  作者: 小笠原慎二
11/16

出産

妙子目線となります。

お腹が大きくなってくるとできないことが多くなってくる。これは初めて知った。というか妊娠しなければ知ることはなかっただろう。

風呂で体を洗うのも、足の爪を切るのもなんと不便なことか。今さらながらにおこんさんとおぬきさんを派遣してくれた闇使さんに改めて感謝したい。

世の中の妊娠している女性は、この生活を介助なしにやっているのだよね…。あたしこんな楽していいんだろうか…。

噂通り胸も大きくなってきて、服もマタニティ用のゆったりしたものに変わっている。こういう服をどこから調達してきているのか分からないけど、気づいたら用意されている。まさに至れり尽せり。

かといって動かなすぎるのも良くないのだそうで、できうる限りで散歩などをしている。お腹の赤ちゃんが内臓やら血管やらを圧迫するので、どうしても妊婦は体の血の巡りや内臓器官の働きが悪くなるらしい。お母さんて本当に大変だ。

しかしこんな大きなお腹を抱えて歩くのも大変で、少し歩くとすぐに疲れてしまう。晒である程度お腹を固定しているとはいえ、重いことには変わりない。しかしこの重さも元気に育ってくれている証拠と思えば、苦しさだけではなく喜びも溢れてくる。

おぬきさんが言うには、出産も近いとのこと。会えるのが楽しみだ。


臨月に入ってからは、通いだったおこんさんとおぬきさんも泊まり込むようになった。出産に時間は関係ないからと。何かあってもすぐに対応できるようにと控えてくれているし、いつの間にかできていた産屋の方に入用なものはすべて揃っているらしい。

う~ん、至れり尽せり。

病院でないことに少し不安は残るけど、おぬきさんが経験豊富な産婆さんだということで、任せることにしている。

なにせあたしも初めてのことなので、何がどうなるのかさっぱりなのだ。


「う~ん。なんか出ないな~」


臨月ともなると便の出が悪くなる。腸が赤ちゃんに圧迫されているからとか。そりゃそうだよね。

今日も今日とて朝からお腹がもやもやしていて、何度目かになるトイレに座っていた。


「う~…痛みはあるのに…く、この頑固者め…」


出そうな気配はあるのにどこかで詰まって出てこない。


「う~…あ、また痛みが遠のいてく…」


出そうな気配があるのに出ないというのも嫌なものだ。

よっこいせとトイレから出て、よっこいせとリビングのソファに体を沈める。


「なう?」


クロが心配そうに横に乗ってくる。妊娠したと分かってから絶対にお腹に乗ろうとしない賢い子だ。ちょっと寂しいけど。


「う~ん。クロ~。お腹の匂い吸えないのが寂しい~」


お腹が邪魔してここ数か月クロの匂いをまともに吸えていない。寂しい。早くそのお腹に顔を埋めたい。


「もうちょっとしたら出てくるからね~」


お腹をさする。もういつでも出てきておかしくない。しかし出産か~。自分が命を生み出すなんて、なんだか不思議な話だ。お母さんが生きてたら、自分が生まれた時のことをもっと聞いてみたかった。


「う~…。また痛みが来たかな~?」


朝からずっとお腹が痛い。早く出してすっきりしたいのに。


「妙子様? なんだかおトイレによう行かれますなぁ?」


おぬきさんが心配してくれたのか声をかけてくれる。


「うん。なんか朝からお腹痛くて。頑固な詰まりが解けないみたいで」

「その痛み、ずっとですか?」

「え? ううん。そういえば、痛くなったり痛くなくなったりしてるなぁ」

「その痛み、どれくらいの間隔で来とります?」

「え? …え~と、朝から~、え~と、そういえば痛みの間隔が徐々に狭まってるような…」

「妙子様。失礼します」

「えええ! ちょっと、ここで…」


ソファに体を横たえられ、下を脱がされる。恥ずかしい…。


「妙子様…。今痛みの間隔はどれくらいで…?」

「え? え~と、10分ちょっとくらいかなぁ?」

「もう少ししたら、産屋へ参りましょうか」

「あ、これってもしかして陣痛…」


便痛だと思ってた…。











「痛い痛い痛い! 無理無理無理! 死ぬ死ぬ死ぬ!」

「妙子様! もう少し頑張ってくださいまし!」

「やだやだやだ! 無理無理無理! 死ぬーーーーー!!!」


時間が経つほどに痛みは酷くなり、今は産屋に誂えられた分娩台の上でもがいている。

世のお母さん達はみんなこんな痛みに耐えてるの?! 嘘だろ?!

などと考えながらも、思考は痛みに引っ張られてほとんど何も考えられない。

痛みが少し引いた時に水などを飲むけど、すぐに痛みがぶり返してくる。もうあと何時間この痛みと戦わなきゃならないんだと、ちょっと絶望的な気分にもなる。

子宮口がまだ開いてないからいきむなとか言われるし、もうやだよ、助けてよ、誰か代わってよ。早く産んで楽になりたいーーー!!


「痛い痛い痛い! もうやだ! 痛い痛いーー!!」

「妙子様! 次でいきんでくださいまし! さ、呼吸を整えて!」

「ひっひっふううううう!!」


もう必死だ。

もう何時間ここで痛みと戦ってるんだろ。怖い。痛い。もう死ぬかもしれない…。

痛みと疲れで半分意識が朦朧としてきた。これあたしやばいんじゃ…。


「妙子!」


懐かしい声がした。手を握られる。大きくて温かい手。


「頑張るのだの! 妙子!」

「闇使さん…?」


夢かなぁ? あたし、やっぱり死にかけてるのかなぁ?


「妙子!」

「妙子様! 今です!」

「んぎぃ…」


そうだ。あたしはこの人の子を産むんだ。産んであげたいんだこの子を。

いきんで、休んで、またいきんで。

その間ずっと闇使さんはあたしの手を握っていてくれた。それだけでなんでこんなにも心強いんだろう。嬉しいのと必死なのと、赤ちゃんと闇使さんのことを思って、あたしは頑張った。これ以上ないくらい頑張った。


「ほああ…」


その声を聞いた時の達成感は今までにないものだった。体から力が抜ける…。やっと終わった…。


「お疲れ様だの。妙子」

「闇使さん…? 良かった…あたし、ちゃんと産めたんだね…」

「うむ。よくやったのだの」


闇使さんが頭を撫でてくれる。どうしよう。幸せだ…。


「妙子様。玉のような男の子でございますよ」


おぬきさんが赤ちゃんをおくるみに包んで持ってきてくれた。

うわあ、本当に猿だ。赤い顔してくしゃくしゃだ。でもどうしよう。すっごい可愛い。


「可愛い…」


そっと触れる。小さくて小さくて、今にも壊れてしまいそうだ。

その後あたしは疲れのせいか、すぐに意識がなくなってしまった。

もっと可愛さを堪能したかったのに…。闇使さんとももっとお話ししたかったのに…。










目が覚めたら自分の部屋のベッドで寝ていた。体は清められ、着替えられている。

横に目を向ければ、ベビーベッドがあり、そこで赤ちゃんが寝ているのが分かった。


「よっこい…おも…」


普通に起き上がろうとしたけど、想像以上に体が重い。そりゃあ、多分だけど10時間以上痛みと戦ってたんだもの。当然だよね。

ベビーベッドを覗き込む。すやすやとよく眠っている。


「うはあ、可愛い~」


自分の子供だからなのか分からないけど、すんごい可愛い。


「なあう」


クロがいつの間にか足元に来ていた。


「クロ~。おいで~。ほら、赤ちゃんだよ~」


とクロを抱っこしてベビーベッドを覗かせてやる。そういえばお腹がぺたんこだ。そりゃ出産したんだから当然か。

完全にぺたんこではないから、これから産後のいろいろをやらないとこのぽっこりは治らないんだろうな。

うむ。闇使さんにがっかりされないように頑張ろう。

ベビーベッドを覗き込んだクロが鼻をスピスピさせている。


「クロ、赤ちゃんと仲良くしてね」

「んな」


返事してくれるいい子ちゃん。


「あとは名前だよね。でもね、もう決めてあるんだ」

「んん?」


どんな名前? とでも言うかのように、クロが喉で返事をする。


「闇使。女の子だったら闇吏にしようかと思ってたけど。男の子だから、闇使。この子のお父さんと同じ名前だけど、闇使さんは多分本当は別の名前があるだろうし。だから改めてこの子にその名前あげるの。いいでしょ、クロ」

「…うなぁ」

「何よ。その不満そうな声。どうせあたしには名づけセンスなんてないよーだ」


このやろーとクロの首元に盛大に頬ずりしてやる。うふふ、ちょっと嫌がってるその顔がまたたまらん。


「ふああ…」


赤ちゃん、改め闇使が起きたのか、泣き始める。


「あああ、はいはい。てか、これどうしたらいいんだ?!」


クロを下ろして抱き上げようかと思ったが手が止まる。壊れそうで抱っこするのも怖いんだけど?!


「妙子様? 起きられましたか?」


おぬきさんが入ってきてくれた。

その後、おぬきさんに指導してもらい、お乳のあげ方、おむつの変え方、入浴の仕方など、一通り教えてもらったのだった。










体調も落ち着き、闇使の世話にも慣れた頃。

リビングでソファでくつろぎ、闇使もおぬきさんに抱かれていい子にしていた。

クロはお散歩に行ったのか、珍しく側にいなかった。


ぴんぽ~ん


「はい~。どちら様ですか~?」


おこんさんが玄関へと行って、扉を開けた音がしてすぐ、


「たま…! いえ! 葛葉様!!」


何か驚く声がした。


「産んだと聞いてのう。そろそろよいかと思うたのじゃが、よいかのう?」

「ははぁ! 大丈夫でございますぅ!!」


緊張したおこんさんの声と、なんだか妙に色っぽい人の声がした。

おこんさんが先に立ち、その人を案内して来た。

超絶美人…。

長くサラサラの銀髪、少し吊り上がり気味の金の瞳。肌は白く、唇は対照的に赤い。それがまた色っぽい。煽情的に胸元の開いた着物を着て、その人はしずしずと家に入ってきた。お供らしき人達も三人後ろから付いてくる。


え? 誰? え? 何この美人…。

会話的におこんさんの知り合いっぽいけど…。

いや待てよ。葛葉様って言ってたな。それって時々おこんさんが言ってた「くそ怖い上司」なのでは?

え、こんな美人なんて聞いてないけど。

一応立ち上がって出迎える。


「其方が妙子じゃな? 妾は九重。おこんの…上司じゃな。葛葉様と呼ばれておる」


なんで言い淀んだ?


「主には九重と呼ぶことを許そう。して、赤子は、そちらじゃな?」


とおぬきさんに近寄る。

おぬきさん、顔が真っ青だけど、大丈夫?


「どれどれ? ほう、良い子じゃ。妾が分かるかのう? ふふ、笑うておる」


超絶美人に見とれてぼーっとしてしまっていた。はっと気が付いてみれば、葛葉様?が闇使の頬をつんつんしている。


「この子の名はなんと言ったかや?」

「あ、闇使、です」

「ふ…闇使、とな。ふふふふふ。それは、まっこと良い名じゃ!」


褒められたはずなのに、なんで笑われてるんだろう。

なんだかさもおかしいという風に、葛葉様腹抱えて震えてるんだが。


「おっと。笑うておる場合ではないのう。これ」


お付きさんのひとりがしずしずと何かを葛葉様に差し出し、葛葉様がそれを受け取る。


「今日は祝いの品を持ってきたのよ。妾達が良く飲んでおる、滋養強壮の薬じゃ。子がしっかり育つには母の体調が必要不可欠であろう。それに、あの者も其方のことをよく心配しておるしのう」


と、何か小さな袋を差し出してきた。

あの者って、きっと多分だけど、闇使さんのことだよね? 闇使さんの知り合いなのかな?


「はあ、ありがとうございます…」


祝いってことは、多分闇使の生まれたお祝いの品ってことだろう。素直に受け取っておこう。あれ、これってお祝い返しとかするのかな?


「それと、もうひとつ」


葛葉様がすとんと私の隣に座った。お付きの人達がささっとお茶の準備を始める。

あたしもなんだか腕を引かれ、座らされてしまう。

え? 何が始まるの?


「今日はがーるずとーくというものをしにきたのじゃ! して、其方、どうやってあの者と出会ったのじゃ?!」

「え? ええ?」

「ほれほれ、妾に話してみせよ。近しい者にはなかなかそういう華のある会話のできるものがおらぬでの。今日は楽しみにしておったのじゃ! すべて聞くまで帰らぬからのう!」

「えええ?! いや、でも、葛葉様…」

「九重じゃ」

「こ、九重様…、私と闇使さんの話なんて、そんな面白い話でもないというか…」

「よい! 面白いか面白くないかは聞いてから妾が決めるのじゃ! ささ、とく話してみよ!」

「ひええ~?」


その後、闇使のおっぱいやらで中断することもあったが、時間の許す限り、九重様に根掘り葉掘り闇使さんとのことを聞かれたのだった…。

タスケテ…。









その突然訪問から数日後。

その日も珍しくクロが出かけていた。

あの日は大変だったね~などとリビングでまったり話していた時。


ぴんぽ~ん


またチャイムが鳴った。

え、まさかまた突撃訪問とか、ないよね?


「は、は~い」


おこんさんが若干腰が引けつつ玄関に行った。


「ひ! あわの…あわあわあわ…ど、どうぞお!」

「うむ。邪魔するのじゃ」


またおこんさんの引きつった声と、今度はなんだかお年寄りの声。

おこんさんが青い顔をしながら、また知らない人を案内して来た。今度はかなり年のいったお年寄りだ。お付きの人が今度はひとり。


「ふぁふぁふぁ。お前さんが妙子さんか」

「は、はい。妙子です」


一応立ち上がってお辞儀する。

なんだかまた知らない人…、いや闇使さんの知り合いか?


「儂は金時と申す。どれ、やや子はどこじゃ」

「こちらにございます。金時様」


おぬきさんが闇使を抱いてきた。

金時? そういえばおぬきさんのお里の長老様とか言ってたような。長老様とかちょっと時代劇っぽい。


「どれどれ。ほう、なるほど、確かにあやつに似ておるかものう」

「妙子様にも似ていらっしゃいますわ」

「そうよのう。ふぁふぁふぁ」


なんだか感じのいいお爺さんだ。

おぬきさんが座っていた場所によっこらしょと腰をおろした。

あ、これまた長引く系かな? でも今回はがーるずとーくはないよね。


「今日は祝いの品を持ってきたのでのう。これ」

「はい」


お付きの人が持っていた風呂敷をテーブルの上で広げる。

わお、いっぱいの野菜と、また布包み。


「あちらでは洋服が今主流となっておるが、まあ子は育ちが早いでのう。しばらくは調整のきく着物でよいかと思うたのじゃが、迷惑ならば使わぬでもよいでのう」


お付きの人が布包みを開くと、子供用の着物が入っていた。まだ気が早い気がするけど、おぬきさん一族っておむつをいっぱいくれた所だもんね。これも考えられるか。


「ありがとうございます。無理のない範囲で使わせてもらいます」


あたしが着方が分からないので。


「ふぁふぁふぁ。詳しくはおぬきが知っておるでの。おぬき。頼んだぞ」

「はい。金時様」


おぬきさんと金時様?はおこんさんと九重さんのようにピリピリした感じがない。こっちのほうが雰囲気が柔らかくていいなぁ。


「して、妙子殿。これからの暮らしはどう考えておるのじゃ?」

「え? これから…ですか?」


何も考えてない…。


「この子にも父親は必要じゃろう。どうじゃ? ワシが父親になってもよいが?」


・・・・・・はい?


「金時様! く…闇使様に怒られますよ!」

「しかしのう。母ひとりで育てるのは大変じゃろう? やはり父がいたほうが…」

「手を出したら闇使様に怒られますよ」

「別に返り討ちにしてやるわーい」

「一の方に申し付けましょうか? それとも十二の方がよろしかったですかね? いや、満遍なく皆様に?」

「ちょ、ちょっと待てい。冗談じゃ冗談」

「妙子様。金時様は手が早いので、お気を付けくださいまし」

「ちょ、ちょ、それじゃあただの色ボケじじいみたいではないか」

「88人も奥方がいるのに、まだ増やす気ですか!」


88…て。


「来るもの拒まずじゃて。そうしておったらいつの間にか増えに増えて…」

「このことはきちんと奥方様方にご報告させていただきますので」

「いや、下心ではなく親切心でな? 里に来た方が子も育てやすいのではないかと…」

「金時様の奥方になる必要はございませんが?」

「いや、その方が里に来やすくなるかな~と」

「帰ったらきちんと絞られてくださいまし」

「お、おぬき…」


しゅんとなったお爺さんは少し可愛かったけど、88人? ハーレムとはいえ、やりすぎじゃない?

その後すぐにクロが帰ってきたら、なんだか慌てて帰っていったけど、なんだったんだろう?

いただいたお野菜達は、おこんさんとおぬきさんが張り切って料理してくれました。美味しかった!










またそれから何日かしたある日。

その日もリビングでまったり午後のお茶を三人で楽しんでいた。

今日はクロが膝で寝ていたのだが、何かを察してクロが突然顔を上げた。


ぴんぽ~ん


もう嫌な予感しかない。


「は~い…」


若干引け腰気味におこんさんが玄関へと行った。


「ひ! ひとつめ…あわわわわ」

「驚かんでいい。挨拶に来ただけよ」


今度は野太い声がして、どすどすとちょっと荒々しい足音がした。

姿を現したのはなんだか圧迫感を覚えるほどの大きい人。破戒僧みたいな恰好をしている。今日び見ないよそんな恰好…。


「おお、お主が闇使の嫁御殿か」

「よ、嫁?!」


初めて言われて頭がパニックになる。え? でもまだ結婚はしてないというか…。え、嫁なの? あたし…。


「なあおう」

「おうおう。黒猫が気分を害しておるようじゃ。はっはっは。口は慎もう。それ、わしはどこぞの主達のような土産は持たんでのう。ワシの山に生えておる『白妙』という品種の八重桜の枝を持ってきた」


あれ? 今桜の季節だっけ? ここら辺てあまり気温の変化とかなくて分からないんだよね。でも多分今秋頃だったような気がするけど…。


「あ、ありがとうございます…」


一応素直にもらっておく。

白い八重桜だ。わあ、綺麗だわ。

おこんさんがそっと手を伸ばしてきたので、そっと渡しておく。きっと花瓶を探して活けてくれるだろう。


「はっはっは。ワシは美味い酒しか知らんでのう。しかし嫁御の妙子殿は飲まんと聞いておったからのう。難しいものよ。おうおう、まだ名乗っておらなんだな。わしのことは入道と呼んでくれ」

「はあ、入道様…」

「そうかしこまらぬでよいぞ。どれ、やや子はどこじゃ」

「こちらにございます」


おぬきさんが抱いて来てくれた。もはや乳母だな。


「おうおう、なるほど。確かにあやつめと其方に似ておるわ。目出度い事よ」


そう言って軽く闇使に触れた。

闇使が「ほやあ」と軽く声を上げたが、嫌がるそぶりは見せなかった。


「なるほど。賢い子じゃ。先が楽しみじゃのう」


そう言って入道さんはにっこり笑う。

あ、笑うといい人に見える。


「それとやや子に会うのと、実はのう、ひとつお主に頼みたいことがあって来たのよ」


振り向いてあたしに向かって言う。


「あたしに、ですか?」

「おうそうよ。彼奴めがお主の料理はとにかく独創的だと散々吹聴しておったからな。面白そうなので一度食してみたいと思うての」

「ふぎゃう!」

「クロ?」


なんだかクロが機嫌が悪い?


「手間なのは分かっておるが、どうじゃろう? 何か作ってもらえぬじゃろうか?」

「ええと、しばらく作ってないからどうなるか分かりませんけど…。その、味は、かなり独創的ですよ?」

「聞いておる。それが楽しみなのじゃ」

「はあ…。ちょっとお時間をいただきますが…」

「構わぬ。わしの我儘を聞いてもらうのじゃ。何時(なんどき)でも待とう」


そう言ってでん!と出してきたのが一升瓶…。酒飲みさんだ…。

作ってくれと頼まれたのだから仕方ない。かなり久しぶりに台所に立った。うわお、包丁使い方忘れてないよね。


「私は酒のつまみでも作りましょう」


おこんさんがさりげなく一緒に立ってくれる。

材料をさらりと確認すると、丁度おじゃがに人参、玉ねぎと揃っている。うん。これならあの基本的な煮物料理ができるね。

おこんさんも別な食材を手にしながら、さりげなくあたしの材料も切ってくれる。あまり待たせないためだね。

おぬきさんは闇使をあやしながら、入道さんの相手をしてくれている。なんて有能な二人なんだろう…。

クロは影になって見えにくいけど、入道さんの側にいるみたい。人見知りしないいい子だ。

さっと作ったおつまみを出すと、おこんさんが本格的に手伝ってくれる。どうやったらそんなに早く食材をカットできるのでしょう…。プロかな。

お鍋を火にかけて油を敷いて、お肉を入れて、他の食材もぶち込んで。


「なんだっけ。さしすせそ?」

「肉じゃがでしたら、お醤油、味醂、酒、砂糖だけで大丈夫ですよ」


さりげないアドバイスありがとうございます。

え~と、たしか二回り程度、だったかな。

肉じゃがはそれなりに作っていたから、ぼんやりだけどレシピは覚えている。


「え~と、二回り」


ビシャビシャビシャ


「た、妙子様!」

「あ、多すぎた?」


なんだか多く出ちゃった気がする。


「み、水で薄めればなんとか…」

「そうね」

「これ、口出ししては嫁御殿が作った料理とは言えぬじゃろうが」


銅鑼声が背中から響いてきた。おこんさんがひっと小さく声を上げる。


「し、しかし…」

「よいのじゃ。主もこちらへきて一献傾けい」

「はあ…」


心配そうにこちらを見ながらも、おこんさんも入道さんに進められてお酒を飲みだす。皆酒豪だね。

さて、あたしはこのお料理を心のままに、いや、心を込めて完成させなければ。


「え~と、酒も二回りだったっけ」


バシャバシャ


「おっと、これでいいか。次に味醂…」


ジョボ


「んで砂糖を入れて」


こそっ


「で、焦げないように掻き混ぜながら、待つ」


グツグツグツ


「あ、そうだ。ちょっとお水入れとこうか」


さっき入れすぎちゃった気もするし。


チョボ

グツグツグツ


「どれどれ味見…」


ズズッ


わーお。どうしてこうなるんだろう。

ちょっとしょっぱいからお砂糖足そう。


ドサッ

グツグツグツ


「どれどれ味見…」


う~ん。どうしてこうなるんだろう…。

醤油か? 酒か? 味醂か?


「何を足したらいいのかな…」

「妙子様、あまり調味料を使いすぎても明日からの料理に差し支えますので…」


おこんさんが青い顔しながら近づいてきた。


「あ、そうね。そうだよね。これ以上いじっても…」


あたしじゃあ、まともな味付けにならないだろうし。まあ食べられないこともない、と思う。

ということで、食材に火が通ったことを確認し、皿に盛りつける。

万が一を考えて少なめに作っておいて良かった。これならあたしだけでも消化できるだろう。


「ええと、お口汚しになりますが、どうぞ」


一言断っておく。


「どれどれ、いただこう。主らもどうじゃ?」


入道さんが箸を取り、にくじゃがのおじゃがを掴んで口に運んだ。

勧められたおこんさんとおぬきさんも、興味津々と恐々が混じった手つきで、それぞれ口に運ぶ。


「ぶはは! まずい!!」


きちんと飲み込んでから、入道さんが笑いながら叫んだ。

おこんさんとおぬきさんは口元を抑え青い顔をして震えている。なんかごめん。


「これが人間が作った料理とは! わはは! 確かになんとも独創的よ!」


と人参や玉ねぎやお肉を口に運ぶ。かなりの強者だ。


「あ、あの、無理はしないでください…」

「よい。其方の心が込められておる。これはこれで面白いものよ」


と、ひょいぱくひょいぱく口に運ぶ。まずいという割にはほとんど食べちゃった。なんか申し訳ないけど、でも作ってくれと言ったのは入道さんだし、いっか。


「残った物は包んでくれるか? ちょいと食べさせてやりたい者達がおるのでな」

「え? ええと、何かの罰ゲームで?」

「うはははは! 自分の料理を罰ゲームとな! いやいや、お主に興味を持っている者達がおるのでな。そやつらの土産にするのじゃ」


なんだか楽しそう。

一応無理には食べさせないで上げてくださいと注意をして、残りをタッパーに入れてお土産にした。


「馳走になった!」


と上機嫌で帰っていったけど、いったい誰に食べさせるつもりなんだろう…。


お読みいただきありがとうございます。

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