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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

短編ホラー

管腔

作者: 壱原 一

進学校の特進クラスに入学した。みんな真面目かつ勤勉で程々に仲が良い。それが当たり前の雰囲気で、とても過ごしやすいクラスの筈なのに、自分でも良く分からないまま通わなくなって半年が経つ。保健室登校している。


不真面目で怠惰な癖に自意識が強く体裁を気にする質なので、ろくに頑張らない自分が誠実なクラスメイト達に紛れ込んでしまって申し訳ないのかもしれない。皆の頑張る姿に責められている気がするまである。我ながら被害者意識も強い。


考えれば考えるほどクラスに通う理由を見失ってゆくある日、同じクラスの生徒が仲間入りした。あまり話したことはないが、穏やかな聞き上手の印象がある。いわゆる陽キャ寄りのグループの人だ。


養護教諭の先生いわく、先達たる自分もいることだしちょっと来てみたらと誘ったそう。生徒はマスク越しでも眩しいくらい爽やかに微笑んでよろしくと照れている。誘われるような事情がある風には見えない。お互い様か。


暫くは距離を測ってほとんど会話しなかったものの、なにせ相手の人当たりが抜群なのですぐに打ち解けて色々はなした。さすがにこちらが話すばかりじゃなくて、相手も結構じぶんのことを話して聞かせてくれた。


入学前は運動部に入ろうと思っていたけど、クラスの誰も部活に入らないから日和って止めてしまったとか。本当は普通クラスに入ろうと思っていたけど、周りや両親が期待するからがっかりさせたくなくて特進を選んでしまったとか。


案外気にしいで優柔不断な面を知り一方的な親近感が湧いた。察するに余りありすぎて分かるそれなと似た体験の例を挙げると、相手もほんとそれと互いに共感の嵐が起きる。


両親が共働きの為およそ同居する親戚に育てられたそうで、こんなに何でも話せるの親戚以外で初めてだよと、名前を呼び捨てしあう程になった。


現金なもので、こんなに気が合う友達がいるならクラスに行くのも良いなと思い始める。すると一緒にいるぶん余計に波長が合うのか、相手もぼちぼちクラスに戻ろうと思っていると切り出してきた。


実はこの間、親どっちも死んじゃってさ。


普通クラスも運動部も親に喜んでほしくて諦め、特進クラスに入り成績上位を保てるくらい努力し続けてきたのに、結局ずっと仕事しごとで、面と向き合ってもらえた時間は入学前後の僅かだったと言う。


とてもがっかりして、子供の頃からほったらかし、もっと一緒に居てほしいと親戚に気持ちを吐き出しながらやり過ごしていたところ、無残な事故で両親を一遍に亡くす運びとなり、色々と落ち着くまで保健室に通っていた訳だったらしい。


養護教諭の先生は席を外している。他に誰も居らず沈黙が降りた。予想だにしなかった痛ましい経緯に、ありふれた労わりの言葉しか出てこなくて歯痒く情けない。


けれど相手はそんな自分へマスク越しでも眩しいくらい爽やかに微笑んで、確かに辛かったけど、こうやって話きいてもらえてすっきりしたし良かったと礼を言う。


本当に出来た人だ。しみじみ感動して、自分で良ければいつでも聞くから何でも話してと返したら、相手は益々笑みを深めてやおら机の向かいから身を乗り出してきた。


ゆっくりマスクを引き下ろしつつ、内緒ねこれ見てと口を開ける。


瞳のきらきらした垂れ目が頬と一緒に盛り上がって歪み、頬骨が隆起して顎がぐうっと奥へ下がる。


顎が外れてしまうのではと不安になるほど口が開く。


健康そうな口内とテカテカ光る喉の入口、影になって暗い喉の奥が露になる。


意図が分からなくて戸惑う間も無く、暗い喉の奥がごおっと鳴って、吐くのかとぎょっと身を浮かすと同時、そこから何かがせり上がってきた。


透明なねばねばをまとわせた、丸っこく黒い繊維質の何か。天辺から下へ向けて繊維の流れがそろっている。勢い髪のように見える。


呆然と黙っている内に、再び喉の奥がごあっと鳴って、狭い喉の奥にもう一つ同じ物が上がってくる。


二つはまるで卵黄のように柔らかく場所を譲り合って、半月状に歪む。喉の奥に行儀よく並んで徐々に後転する。


さながら頭が上を向いて、頭頂部から額を経て眉と目が見えてくる風に、ひしゃげたそれらのような色形の物が見えてくる。


その見てれが何かに似ている。


そうださっき生物の教科書で見た魚の正面みたいと過った時には、両方ごぶっと飲み込まれ、口が閉じ、マスクで覆われて、全くなにもなかったように、すべて元通りになっていた。


「親。ずっと一緒」


席に座り直しながら、親戚に教わったんだぁとマスク越しでも眩しいくらい爽やかな微笑みがじっとこちらを窺う。


それから思い出した風に、こっちはクラスへ戻るけどそっちはどうすると訊ねられた。


いやあちょっとと言葉を濁して愛想笑いしたつもりだが、果たしてうまく笑えたか。きっと駄目だった気がしている。


けれど相手はごく自然にそれも全然ありと笑って、翌日からクラスへ通い、以降保健室へは来ていない。


自分は当面クラスに行かないと決めている。


特進クラスはクラス替えがないので、今後長期的にどうするか割と本気で悩んでいる。



終.

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