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If  作者: 亥口一人
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If

「山本君は、私の同期だから」


'// 山本 = "奈津子さんの同期" が成り立つとして


 奈津子さんが上気した顔で言った。右手には、半分くらい減ったビールジョッキが握りしめられている。

 僕が今の会社に入社して、間もなく一年が経とうとしている。一年と言う長さは、奈津子さんのビール愛を知るには、十分な期間だった。

「うーん、同期って呼べるのかなあ」

 俺は、お通しの冷ややっこを箸で二つに割りながら、答えた。

 今でこそビールしか飲まない奈津子さんだが、入社してしばらくは、カシスオレンジを飲む姿が目撃されていたらしい。でも、俺はその奈津子さんを知らない。その時はまだ、別の会社で仕事していたから。彼女は四月入社で、俺は七月入社。

「同期だよ! 三ヶ月なんて誤差誤差!」

 彼女は理系らしからぬ発言をして、あはは、と楽しそうに笑った。

「そうそう、誤差誤差」と、彼女の正真正銘の同期である河北さんも同意する。

「ワタシも、山本サンがいてくれて、嬉しいデス」

 アイゼックも、奈津子さんの同期だ。彼が入社した時は、結構な高さの言語の壁があったようだけど、もちろんそれも俺は知らない。

「まあまあ、こうして久しぶりに中途採用同期会ができたということで、今夜は無礼講で楽しもう!」

 奈津子さんは、ジョッキに残ったビールを、ぐいっと飲みほした。

 本当に同期だというなら、無礼講も何もないのでは、と言う言葉を、豆腐と一緒に飲み込んだ。

 

 

 

 同期会中、心配していたことがある。いや、もっと言えば、同期会の日程が決まってから、ずっと心配していた。

 それは、開催日が、木曜日ということだった。

 僕にとっては、なんてことはない。遅くまで残業している時と同じような状態だ。いや、さすがにそれは語弊があるか。同期会は、残業の何十倍も楽しいものではあった。

 それでも僕にとっては、ウーロン茶を飲みながら座っている、ということに他ならない行為だった。

 一方で、奈津子さんはビールを四杯飲んでいた。

 正直言って、奈津子さんはそこまでお酒に強くないと思う。だから、同じ時間まで残業しているのとは全くわけが違う。

 

 同期会の翌朝、主のいない席の周りをうろうろしている部長を見て、あらら……、という気持ちになった。

「小林さんは、まだ出勤してないの?」

 結局部長は、複合機前で作業している僕のところまでやってきて、そわそわと尋ねた。

 部長はセクハラ問題を気にしているのか、女性社員を決して下の名前では呼ばない。

 ここで言う小林さんは、奈津子さんのことだろう。

「そうですね、小林奈津子さんはまだ出勤していないみたいですね。まあ、まだ十時過ぎなので……」

「うーん、そうだね、そうか……」

 部長は納得のいかない顔で独りごちながら、自席へと戻っていった。

 うちの会社は、十一時以降がコアタイムのフレックス制度をとっているから、彼女の遅刻はまだ確定していない。

 でも、部長の気持ちはわかる。彼女は、大抵は九時に出勤していた。小林さんは朝いちで会社にいるだろう、と勝手に見積もってしまうのも頷ける。

 

 十時五十分、ようやく現れた奈津子さんは俺の隣の席に着き、決まり悪そうに「おはよう……」と言った。

「おはよう。部長が捜してたよ」

「ああ、ほんと? ありがとう、行ってくる」

 彼女は眠たげな目をしていたが、シャキッと背筋を伸ばし、フロアの奥へと歩いて行った。

 改めて、この会社には珍しいタイプだなあ、などと思ってしまう。

 だいたいの人は、僕のように十時頃出勤して、だらだら残業して、まっすぐに家に帰っている。――ように見える。

 でも彼女は違う。朝早くに出勤して、シャキシャキと仕事し、たまに仕事終わりに飲むビールを心から楽しみにしている。

 そういう姿を見ていると、僕はこの人の同期なんですよ、と、ちょっと自慢したい気持ちになる。

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