転生賢者は神になってしまったので!
ギア=ジャバウォックは転生者だった。
サービス残業、休日出勤当たり前。気付けば仕事を押しつけられ、エナジードリンクと片手で食べられる食事を戦友とする日々。
その日も夜勤明けで、シャワーだけでも浴びようと帰る途中だった。
爽やかな初夏の日だった。
日差しは柔らかく、風はそよそよと吹いていた。
それを吸血鬼のように厭いながら信号待ちをしていた時。
トラックが突っ込んできた。
自身の骨が軋む音を聞きながら最期に思ったのは、「あの機能のマニュアル作ってなかったな……」だった。
そして、転生したギアは、前世の記憶と経験を生かして第二の人生を送った。
健康的な生活を心がけ、美味しいものを食べ、錬金術をはじめとした学問を突き詰めた結果。
その国で彼を知らない人は居ない程の賢者として名を馳せ、穏やかにその生涯を閉じた。
そしてギア=ジャバウォックは現在。
「えーっと。ヒースターの村の獣除け結界が綻んでるのは後で修復。城の光精霊が弱ってるのはこの間解決した。えっ、オウマ地方の雨が足りな……あれ、この間雨降りすぎたとこと近くない? あっ、厄除け依頼するならせめて住んでる所も書いて欲しいなあ!?」
神として、絶え間なく降り注ぐ人々の願いに追われていた。
■ □ ■
東流大陸の中央に位置する多神教国家、トクヨウ。
この国では古くから、様々な物に神が宿ると考えられている。
それは自然や物に限らず、時には広く慕われたり恐れられた者も対象となった。
もちろん、大賢者として慕われたギアは、祀られるに値する人物だった。
賢者の訃報に多くの人々が死を悼み、功績を讃え。
それが、彼を祀ろうという話へと発展するまで、そう時間はかからなかった。
小さな森の奥に神殿が作られ、遺体が安置された。
彼を悼むために訪れていた人達は、次第に彼の「賢者」や「錬金術師」という肩書きに御利益を感じるようになり、願い事を託し始めた。
願い事は多岐に亘る。
雨乞い、勝利祈願は当たり前。厄除け、安全、健康祈願。商売繁盛に学問成就に恋愛相談エトセトラエトセトラ。
大きなものから小さなものまで、日々願い事の記された書類に埋もれながら処理をする日々がそこにあった。
それはもう、前世のブラックも真っ青なハードワーク。
「つ、つかれた……」
神様になって数年。
優先度が高い願い事(本日分)をある程度片付けた私は、書類を押し退けて開けた机の上に突っ伏した。
おおきなため息をつくと、ぐうと小さくおなかが鳴った。そうだ。昼をすっ飛ばしていた。
身体は疲れないのにお腹が空くのはちょっと不思議だけど、空くものはしょうがない。きっと、食べることが好きだったからだろう。
「ごはん……」
指先で適当に魔方陣を書いて弾くと、黄色い箱のブロック菓子が出てきた。
「チョコ味……」
死んだ目でそれを一瞥し、手に取る。
椅子に座り直してもそもそと食べる。長らく忘れていた懐かしい味がした。
「うま……これでエナドリもあれば……って違う! ちがうよ!!」
そうじゃない! と空箱をゴミ箱に力一杯投げつける。
本当は温かい料理が食べたい。
米に卵を割って混ぜただけでもいい。
鶏肉に香草をまぶして焼いただけでもいい。
キッチンも食材もある。ギアとしての人生で磨いた料理の腕もある。魔法陣で作るのは簡単だけど、できるなら料理がしたい。時間がない。畜生。
涙目になりながらもそもそとブロック菓子を堪能する。
これはこれで嫌いじゃなかった。これとカフェオレが最高だと思ってた時期だってある。
でも、今の私は社畜でも現代人でもないんだ。
トクヨウで、多くの幸せをもたらした大賢者だ。
ため息をつきながら、ガラスに映る影を見る。
明るい緑の髪にオレンジの瞳をした、年若い青年がそこに居る。
背はほどほど、体力は平均的だけど年相応にはある。
体力も気力も満ちあふれていて仕方がないこの身体。
それをどうして、前世もびっくりのハードワークに投じているのか。
身体は疲れ知らずだけど、これは意外とメンタルにくる。
一歩間違えたら、全部嫌になって世界を滅ぼしてたかもしれない。多分それくらいの力はある。
私がそんな行動に出られない性分だったことに感謝してもらいたい。
「しっかし」
ため息をつきながら、再度背もたれに沈む。
「この世界にも転生はあると思ってたけどさ。まさかすぎる……」
私は前世の記憶を引き継いで、この世界に転生した。
今世を全うした後はどうなるかが気になって、研究したこともあった。
結果、魂というものは死後いくつかに分けられると分かった。
多くは、幽霊になって時間と共に霧散したり、全てを漂白されて生まれ変わったりだから、私もてっきりそうだろうと思っていたんだけど。
まさか祀られて魂のまま神様昇格パターンとか思わないじゃん?
しかもこの神殿は、他に比べたらできたてほやほや。
住んでるのは私ひとり。
管理をしてくれる人は居るけど、意思疎通はできなかった。
願い事は山ほど降ってくるけど、基本的にひとりでこなさなきゃいけない。
最初は無視しようと思ってたんだ。
勝手に神様にされて、願い事されて、それを叶えてやる義理はないと思ってた。
でもさ。
小さい男の子が自分の大事なおやつを持ってきて「お兄ちゃんの病気が治りますように」とか言ってるの見ちゃったら、力を貸すしかないじゃない。
小石に治癒の力を込めて拾うように仕向けたら、後日、仲の良い兄弟が二人揃ってお礼にやってきた。
嬉しそうにお礼を言って、自分達なりのお礼を捧げて帰って行く後ろ姿を見ていたら、他の願い事にも少しは目を通してみるか、って気持ちになるし。
できる事は手伝おうってなる。
その結果、御利益があると噂が噂を呼んでこれなんだけど。罠か。
前世の記憶がまざまざと蘇る。
あの時も。こんな感じで頼まれては、断る前に積まれていってた。
今だったらにっこり笑って突っ返せるに違いない。
しかし、この願い事の山は頼まれるとか断るとかそんなもんじゃない。
ああ、少しでも任せられる人が居たら……。
「任せられる人が居たら……?」
ふと、最初の人生を終えた時の事を思い出した。
うっすらとしか覚えてないけど、誰かに「どう生きたかったか」と問われたんだ。
なんて答えたかも忘れたけど、結果、私はギア=ジャバウォックとして、波瀾万丈ながらも満足な人生を得た。
つまり。
「神は転生を司ることもある……?」
ひらめいた。
思わず口元がにやりとつり上がった。
悪い顔してんだろうなあ今の私。
もし、魂の行き先を私がどうにかできるのなら。
ここで手伝ってくれる人材を得ることもできるのでは?
ほら。神社だと神使というものが居るらしいし。私にだって必要だ。
なんで思いつかなかったんだろう。
「よしよし、それならまずは……どうするといいんだろう」
まずはこの仕事量をなんとかしないといけない。
ここ数年は効率化が進んで仕事に溺れることはなくなりつつある。それでも溢れてるけど。
あとはひとりふたり、仕事の手伝いとか……せめて食事でもいい。そういう事ができる人が欲しい。
錬金術で生きてる者は作れない。
身体は作れても、中身がないからだ。
少し考える。
近所の精霊とか手伝ってくれないかな。
他の神と連絡をとって、連携するのもありだろうか。
それぞれの得意分野が分かれば、分担もできるだろうし。
うんうん、いいんじゃない?
「よーし。ちょっとやるきでてきたぞー」
この思いつきが、神々の在り方をほんのちょっと変える一歩になるとは、ちっとも気付いていないのだった。
皆に慕われたり恐れられたりして祀られた神様って、ワンオペで大変なんじゃないかな。
そんな、神になってしまった目が死んでる錬金術師と、神使として大剣振り回す女の子の話。
このあとは、妖精に攫われて幽閉されてた女の子を相棒にして、人々の願いを叶えながら旅をしたり何かに巻き込まれたりして、神様の在り方を組織的にしていく……みたいな話になるんじゃないかと思います。