#001
はじめまして。虎尾 春陽です。
はじめて小説を書くので誤字脱字など気になる点ありましたらお手柔らかに教えていただけると助かります!
ひとことでも感想がいただけるととっても喜びます。
楽しんで読んでいただけるとうれしいです。
『サルベージを開始します』
暗闇の中で無機質な音声が嫌に響く。
『バックアップ復元失敗。
再試行──────────────、失敗。
復元不可。欠損部分を補強し、新規アバターとして制作します』
そんなアナウンスの後、突如として膨大なデータが雪崩込んだ。
押しつぶされそうな程のデータの渦に呼吸困難を起こす。
脳が不可を吐いては回路が焼ききれる程に思考を繰り返し、喉が枯れるほど叫んで、十分か十秒かもわからない永遠のような一瞬の地獄を過ぎた頃、ようやく私は正常に作動し始めた。
『ようこそ。選ばれし皆様。試運転を開始してください』
✄------キリトリ------✄
チカチカと明滅していた視界が落ち着くと、緑が見えた。
草だ。屋外フィールドなのだろう。
風がそよぎ木々が揺れ、遠くほうで鳥のさえずりが聞こえる。
「広いな。それに、気持ちいい……」
心地よい気温。穏やかな風。うららかな陽射し。
うんと伸びをしてこのふかふかな草で昼寝をしたらさぞ気持ちがいいだろうと、草を踏みしめながら歩くこと体感五分弱。
何もなかった。草原である。見渡す限りの草っ原。文明的な建物は影も形も見当たらない。ただ草原が延々と広がっているだけのフィールドだった。
さて、なぜ私は草原に、それも裸足でいるのだろうかと、脳がゆっくりと巡り始める。
状況を整理しよう。
私は手ぶらで、薄手のワンピース一枚着ているだけ。足は裸足だが綺麗だ。泥も付着していなければ傷ひとつない。
あたりは一面草原で、ここを歩く分には傷も泥もそうつかないだろう。
しかし、ここに来るまでの間はどうだろうか。普通、文明的な人間は外出する時は靴を履くものだろう。
しばらく周囲の散策を行ったが靴らしきものは見当たらない。
靴は履いてきたけど草の感触が楽しみたくて思わず脱いで裸足でいた、というわけではなさそうだ。
「さて、靴がないと不便…………、だよね?」
おそらく不便だろう。石を踏めば出血の可能性もある。
無用なリスクは避けたいものだが、そもそも、
「どこだここ?」
見覚えも無ければ身に覚えもない場所。なぜ自分がこの場にいるのかが本当にわからない。
私はここで何をしていたのだろうか。何をしなければならないのだろうか。
そもそも、私とは一体誰のことだったのか────、
「痛っ……!?」
深く考えようとすると酷く頭が傷んだ。
過去の記録を参照しようとしても、ここに来た経緯は見当たらず、穴だらけの断片データばかりが浮かんでは消えた。
時系列が上手く整頓できず、実行不能を起こした脳が警鐘を鳴らす。
「い、たぃ…………」
ぐるぐると巡り続ける意味の無い誤作動で回路が焼き切れそうだった。吐き気が込み上げてきて、意識は朦朧とする。自我が保てない。このままだと私は遠からず自我崩壊を起こして砕け散るだろう。どうにか思考を止めなければ。
「強制終了コマンドは、えっと……」
頭が上手く回らない。扉がつっかえて情報が引き出せない。
不可。注意。緊急。警告。
「ぅ、あ……」
エラーの海に溺れる。もう駄目だ。間に合わない。手遅れだ。息ができない。
目を閉じようとした次の瞬間、私は背後から強い衝撃に襲われた。
「ちょっと!! 初期不良はそっちの対応でしょう!? 『システムコール』!!」
背後から強襲をしかけた少女が空に向かって吠えると、叫び声に呼応するように空が蒼く光り、あの無機質なアナウンスが響く。
『初期不良を発見しました。修正対応を行います』
途端に、とめどなく溢れていた警告の嵐がピタリと止んだ。
あれだけ煩かった警告音も消え、痛いほどの静寂が身を包む。すっと痛みが引くと、記録がスッキリと整頓されて思考がクリアになっていく。頭痛や吐き気の症状も、まるで最初からそんなものはなかったみたいになくなっていた。
『ご協力ありがとうございました。
引き続き、アルファテストを継続してください』
再度無機質なアナウンスが響くと、あの蒼い光もなくなって先程と変わらないだだっ広い草原が広がっていた。
唯一違う点があるとすれば、私を背後から強襲した少女が傍にいることだろうか。
不機嫌そうに吊り上がった目を細め、空に向けて何事かをぐちぐちと恨みがましく呟いている。やれ「くそ運営」だの、「給料泥棒」だの、「初期不良とかどんだけ手を抜いているのよ」だのと。はたから見れば限りなく不審者だが、先程も彼女が空に向けて叫ぶと蒼い光が現れたのだから、一見恨み言にしか聞こえないあれらにも何か別の意味があるのかもしれない。うん。きっとそうだ。そうでないと、私は今から空に向けて愚痴を吐き続ける不審者にお礼を告げねばならないことになる。
「えぇと、たぶん、状況的に君が私を助けてくれたんだと思うのだが、この認識はあってるだろうか?」
おずおずと話しかけてみると、少女は不機嫌そうにぎろりとこちらを睨みつけてから、あわてて取り繕ったように人のいい笑みを浮かべた。
「あら、無事再起動できたのね」
いまさら取り繕っても胡散臭いだけなのだが、余計なことは言わぬが花だろう。口は禍の元ということわざがどこかの記録にあったはずだ。
質問に対する回答はなかったが、特に否定もなかったので是として処理する。
「ありがとう。たすかったよ。君は私の恩人だな」
まっすぐに瞳を見つめて礼を述べると、彼女の神秘的なマドンナブルーの瞳がきらりとまたたく。
それから彼女は少し照れくさそうに頬を掻いて顔をそらした。
彼女の髪の隙間から覗く耳が赤くなっているのを見つけて私は考えを改める。不審人物かと疑ってしまったが、見ず知らずの私を助けてくれたようだし、案外お人よしの可愛らしい人なのかもしれない。私は心の中で彼女にこっそりと謝罪した。
「調子狂うわね。お礼なんかいいのよ。こちとらボランティアじゃないんだし」
正面からの言葉に慣れていないのか、単に彼女がひねくれているのか、彼女はすこしばつが悪そうに自身の長い髪をもてあそびながらもごもごと言葉を紡ぐ。
「報酬さえもらえれば問題はないわ…………といっても、あなた思いっきり初期アバターなのよね。たぶんなんにも知らないし、なんにも持ってないんでしょう?」
彼女は私をじっくりと上から下まで値踏みするように注視してため息を吐いた。
余程ひどい装備だったらしい。頭痛をこらえるように頭を抱えた彼女を見て少し申し訳なくなる。
「すまない。いま私が持っているものは身に着けているものがすべてらしい。せっかく助けてもらったのに、靴すらない文無しで申し訳ない……」
恩人に報い入れないというのはどうにももどかしい。
謝罪を述べると彼女は少し慌てたように捲し立てる。
「いいのよ別に。いくらあたしでも初心者から巻き上げようってわけじゃないし! そりゃ、もらえるものはもらいたいけど、慈善活動だって大切だし。情けは人のためならずっていうし。巡り巡っていつか何か返してくれるなら別にいいわ。出世払いに期待してあげる!!」
「そう言ってもらえると助かるよ。ええと、」
「コーデリアよ。あなたは?」
「ありがとうコーデリア。私はイヴ。今年で十七になる、特に特技も特徴もない平々凡々な村娘、のはずだ」
あの蒼い光を浴びてから、少しづつこの基本知識や自分についての記録が閲覧できるようになっていた。
おそらく正しいであろう情報を引っ張り出して自己紹介をする。
「そう、記録の閲覧ができるようになったのね。それで、どれくらいこの世界のことを認識できている?」
「ええと、ここは『新世界』。神が創造した新しい台地で、私たちはその、テストプレイヤー……?」
基礎情報にアクセスして、リード文を音読する。
音読したものの理解は追いついていない。新世界。テストプレイヤー。はてと、首をかしげながら検索を続けるもさっぱりわからない。どうやら私はさほど頭がよくないらしい。
途方に暮れている私を見かねたようにコーデリアが説明を引き継いでくれた。
「そう。あたしたちは『祈らぬ者たち』。通称NPC。新たな世界の開拓者で、最初の人類として選ばれた誰かの影法師」
「影法師?」
「遠い昔、どこかにいた誰かの記録をサルベージして、足りない部分を別の誰かで埋め合わせて、そうして繋ぎ合わせたパッチワークみたいな存在よ。この顔も、声も、性格も思考も、全部誰かのお下がりなの。あなたの名前も、身体も、その無個性もね」
「なんでそんなものが生まれたんだ?」
「言ったでしょう。あたしたちは世界の開拓者。最初の人類。ここは、神だかなんだかが作った『新しい世界』なのよ。NPCたちは、それのアルファテストを行うためにここにいるの」
「アルファテスト……」
「試運転よ。さっき体感してわかったと思うけど、まだこの世界は出来たてでバグだらけなの。その修正対応をするために、NPCたちは呼び出されてテストさせられてるのよ。本格稼働する前に、疑似人格を持つNPCたちを投入して試しているの」
「へぇ……」
もう一度記録を参照して読み返す。新世界の開拓者。影法師。アルファテスト。
なんとなく、ほんとうになんとなく、薄ぼんやりとは理解出来てきた。
私は私であって私ではないらしい。イヴという人物はとうに亡くなっていて、私は彼女の記録や別の誰かを投影した疑似人格だったわけだ。つまり今年十七歳にならないし特技や趣味もあるかもしれないってことか。なるほど。目指そう個性的な人生。明るい人生計画。
「この私が教えてあげてるって言うのに反応薄いわね。まだ寝ぼけてる? 人格データが馴染んでないのかしら?」
思考がスリップしていると、コーデリアが不満そうな声を漏らす。
人との会話中に思考をよそにやるとは失礼なやつだ。このままだと私が最初に取得した個性が『失礼なやつ』になってしまう。立て直さねば。
「すまない。反応が悪いのは多分仕様だ」
「あぁ、参照元がそうだったのね。もうちょっと感受性豊かなやつを選べばいいのに……」
すまない、遠いどこかにいたイヴさん。
思いっきり濡れ衣を着せてしまったけど許してください。ごめんなさい。反省してます。
「えぇと、つまり、なんだ? 私はバグだらけの世界で、とりあえずその『試運転』? とやらをすればいいのか?」
「試運転って言うとわかりづらいかしら。いわばロールプレイよ。与えられた役割を果たせばいいの。NPCはどこかに必ず身分所を持っているはずよ。どう?」
そう問われ、私は身体をまさぐって身分証を探す。
すると、ポケットからコロンとドッグタグのようなものがでてきた。薄い銀の板に小さく文字が記されている。知らない文字なのにスラスラと読めるのだから不思議だ。
「これか。えっと、…………『探索者』だ」
探索者とは、言葉の通りの探索者だろうか。
未知を調べるもの。そのままテストプレイヤーのことを指すのかとコーデリアに問おうとして、ピタリと止まる。
コーデリアはなにやらぶつぶつと呟きながら頭を抱えて蹲っていた。
「あちゃ〜、よりによって探索者かぁ。商人とかの方がまだ……、ううん。いいわ。いっそそのほうがあたしにも都合いいかも。うん。そうよね。きっとそう。ちょっとあれだけど、悪い子じゃなさそうだし、害にもならなさそうだし、多分平気よ。オールオッケー。なんてったってあたしは天才美少女だもの。やれば出来るわ。為せば成る、はず」
思考がダダ漏れだった。
ちょっとあれだのなんだのと、随分と好き放題言ってくれている。
けれど、所々に打算なども見え隠れしているが、どうやら私の今後を考えてくれているらしい。あーでもないこーでもないと頭を抱えててんやわんやしているのを見るのはなかなか楽しかった。どうやら私は、なかなか『性格が悪く』て『ふてぶてしい』ようだ。新たな発見をして少し嬉しくなる。
「……探索者ってなにかまずいのか?」
三分ほど蹲っていたので、さすがに声をかけてみる。
すると、長らく思考の渦に囚われていたコーデリアは吹っ切れたように立ち上がり高らかに宣言をした。
「いいえ、まずくはないわ。むしろあなたはあたしに出会ったのだから幸運ともいえるかもね! いいわ。こうなりゃヤケよ! 縁もあったことだし、このコーデリア様がアンタを立派な探索者にしてあげるわ!! 恩返しも兼ねて、しっかりついてきなさいよ!!!!」
満面の笑みで手を差し出される。
少し遅れてそれが握手なのだと気がついて、私は何も考えずにコーデリアの手を取った。
「契約成立。よろしくね、イヴ!」
知らぬ間に、契約が成立してしまったらしい。
なにも分からない状態での契約など、早まったかもしれないけれど、
(コーデリアが楽しそうだから、まあいいか……)
頼りになるけど、なんだか放っておけないコーデリアの傍は心地がいい。
右も左も分からない世界でひとりになるのは心細いし、彼女の厚意に甘えよう。
そうして私はコーデリアと共に行動することとなった。