#XXX
赤い、紅い、花が咲く。
舞い散る花弁が落ちるころ、男はそれが血なのだと気が付いた。
「××××……?」
呆然と、男はつぶやく。
目の前の事実が受け入れられない。脳が処理を拒否する。認識を拒んでいる。
だって、こんなものは認められない。
鉄の匂いも、頬にかかったこの温かい赤も、地に倒れ伏す姿だって、なにひとつ理解などしたくはなかった。
「××××ッ……!!」
それでも、どうしようもなくわかってしまう。理解してしまう。
聞くものの胸が引き裂かれるような、悲痛な叫びが森に響き渡る。
傷口から大量の血を流し倒れこむ人物のもとに、男は何度も足を縺れさせながら必死に駆け寄った。
「おい!! しっかりしろッ!!」
やっとの思いで辿り着くと、男は大槍を放り投げて倒れ伏す人物に縋り付く。
持ち上げた体は信じられないほどに軽く、冷たくなっていた。
薄く開いた瞼には、今にもかき消えてしまいそうなか細い光がともっている。
「いやだ、」
駄々をこねるように首を振る男を見て薄く微笑むと「無事でよかった」と、もう声の出ない口を動かした。
「やめてくれ」
ぼろぼろと、大粒の涙をこぼしながら男はうわごとのように繰り返す。
そんな男の頭を、「しかたないな」とつぶやいてそっと撫でた。
「わらうな。いま、わらうんじゃねェよ……」
その手を強く握りしめ、子どもが見たら泣き叫んで逃げ出すような獰猛な顔で睨みつけた。
「これが、最期みたいなことすんなよ!!!」
男の叫びに、困ったように眉をひそめる。
鼻でもつまんでやろうかと思ったが手に力が入らず、もう振り払うことも握り返すこともできないのだと悟った。
「頼むから俺を置いていかないでくれ……」
男は必死に縋り付き、髪を振り乱し、身体がずたずたになってもけっして離そうとしない。
あたりを囲む獣たちの低いうなり声など気にも留めず、一心不乱に叫び続ける。
「なんでもする。もう二度と無茶も無謀もしない!! 女遊びだって全部止める!!! 禁煙や禁酒だってそうだ!! アンタに迷惑も苦労も絶対させない!! アンタを一生養ったっていい!!! 毎日この俺を召使みたいに扱き使える権利をやるよ!!! 最高だろ!?!?」
血と傷に濡れた顔が歪に弧を描く。
震える手がそっと、壊れものに触れるように冷たい頬を撫でる。
「なァ、頼むよ……、」
男は、縋る手がもう握り返さないことに気が付いていた。
「返事してくれよ」
男は、その喉がもう二度と震わないことに気が付いていた。
「目ェ開けて、もっかい俺の名を呼んでくれよ、」
男は、その瞼が二度と開かないことに気が付いていた。
「────────────────────────────なァ、××××」
男は、彼女が死んでいることなど、とっくに理解していた。
「あ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
喉が張り裂けるような絶叫に、獣たちは慄き逃げ帰る。
憎悪が。憤怒が。怨嗟が。悲憤が。後悔がその身を焼き尽くす。
男は死体を抱いたまま三日三晩泣き叫び、世界と己を呪った。
そうして何もかもがどうでもよくなった頃、男は死体を抱き上げて天へと吠える。
「……おい、『ジャッジマスター』裁定の時間だ」
無機質な音声が響く。
『コマンド入力を確認いたしました。これより、審判を開始します』
世界が蒼くまたたくと、男の姿は、もうどこにも見当たらなかった。
「────アイツのいない世界なんて、俺は絶対に認めない」