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高嶺の花崎君

作者: 佐藤 楓





『鏡よ鏡、この学校で一番美しい人はだあれ?』

……と聞くことは魔法の鏡が存在しないのでできないが、適当な生徒を捕まえて『この学校で一番美しい人はだあれ?』ともし聞けば、誰からも同じ言葉が返ってくるだろう。



「それは、花崎アカネ君です」と。





「アカネ君、なんか呼ばれてるよ」

「知らない人には着いていっちゃいけないって教育受けてるから行きませんって伝えてきて」

「普通に嫌だよ」

「隣の席のよしみで」

「隣の席ってだけで見ず知らずの女子に嫌われたくないです」

私がそう言って読んでいた本に目線を戻すと、それを見ていたかのようにアカネ君が顔をあげて気だるげに立ち上がった。

その際に小さく舌打ちをしていたが、幸か不幸かアカネ君を呼び出した可愛いらしい女の子には聞こえていないだろう。


アカネ君はカーディガンのポケットに手を突っ込みながら教室の扉のところにいた女子と数回やり取りを交わすと、そのまま連れだってどこかへ行ってしまった。



「すごいねぇタカネ君。今年に入って呼び出し何回目だろうね」

友人がアカネ君がいなくなったのを見計らったかのようにやって来て、持ち主の許可無しに(不在なので当たり前だが)アカネ君の席に座ると、これまた勝手に机に本日の宿題を広げ始めた。

ちなみに『タカネ君』とは『高嶺の花』からきているアカネ君のニックネームである。

「それなぁ。しかも全員めちゃくちゃ可愛いのにアカネ君なんかに恋してしまうなんて……」

ついでなので私も宿題に取りかかることにした。友人が広げているのが数Bだから私もそれからやることにする。

違うクラス(黙っていれば美形)だからだろうね。同じクラスだったらいくらイケメンでも幻想ぶち壊しだろうに」

「それなぁ。あ、その数列多分違うよ。(1)の答え『3n+2』になるんじゃないかな」

「えっ、嘘!? 最初からやり直しじゃん! ミコト早く教えてよ!」

「いや別に教えてって言われてないし……」

「なんかミコト隣の席だからってタカネ君に影響されてない?」

それは、意地が悪いという意味だろうか、と考えて、半眼になった。

「ふうん、解き方教えてあげようと思ったのになー」

「神様仏様ミコト様」

「現金にもほどがある」



そんなことをしていると、いつの間にか机の持ち主アカネ君が教室に帰ってきてしまったので、友人はそそくさとノートをまとめて撤退していった。

「もう帰るから別に避けなくてもよかったんだけど」

「あの子どうせ今からバイトだから時間が丁度良かっただけだよ」

私も宿題終わらせたら帰ろうかと考えながら残りの問題に取りかかっていた。恐らくこの分量なら10分もかからないだろう。


「宿題それ何? 数B?」

アカネ君がぬっと覗き込んできたので、その国宝級の顔面に少し驚いてしまったが、平静を装いつつシャーペンを動かした。

「そう」

「僕も宿題終わらせて帰ろうかな。荷物減るし」

「ナチュラルに置き勉宣言してるし。というか帰るんじゃなかったの?」

「よく考えたら特に帰る理由はなかった」

「ちょっと何言ってるかわかんない」

そう言いながらくるくるとシャーペンを回す横顔はセクシー系女性誌の表紙のようで、隣の席で顔面に慣れていてもどぎまぎしてしまう。

美しく孤高の高嶺の花といった見た目のくせに割とマイペースでよく話す辺りが、これだけ美形でモテていてもクラスで浮かない理由だろう。


「てっきりさっきの呼び出してきた子と帰るのかと思った」

「え、知らない人と帰る訳無いじゃん」

「名前言われたんじゃないの?」

「忘れた」

どうやら彼の定義では呼び出してきた子はまだ『知らない人』になるらしい。

「でも帰ってくるの遅かったからなんか色々話したりしたんじゃないの? それならもう『知らない人』じゃないんじゃない?」

「LINE聞かれたから『やだ』って言って帰ってきただけだよ。遅かったのは自販機寄ってたからかな」

「さすがの私でも呼び出してきた子に同情するわ」

「なんで? 見ず知らずの人に貴重な時間を使わざるを得なかった僕を労ってくれるならともかく、向こうに同情するのはおかしくない?」

「これ本気で言っているところが怖いんだよなぁ」

きっと呼び出してきたあの可愛い女の子は、こんなひねくれた性格だと思わなかった、と今ごろ泣いているのだろう。

アカネ君と同じクラスじゃなかったばっかりに彼の本性に気づかなかった結果だなんて、本当に同情する。



気づけば放課後の教室には私とアカネ君だけで、窓から少し肌寒い秋の風と一緒に、野球部の部活の声が遠く聞こえてくる。


「アカネ君ってさ、人を好きになったことあるの?」

「そんなことミコトさんに関係なくない? といいたいところだけど、あるよ」

アカネ君は、件の自販機で買ってきたらしき四角い紙パック飲料に刺さったストローを噛み潰しながら答えた。



「えっ、誰? 私の知っている人?」

「どうだろうね。ご想像にお任せします」

差し込む傾いた西日のせいかどうか知らないが、アカネ君の頬と形の良い耳がほんのり赤く染まって見える。

少女漫画を聖書バイブルとしている私は、もしかして、ひょっとして、そうかもしれないと思い、ごくりと唾のを飲み込んで口を開いた。





「もしかして、私、とか?」



アカネ君は私に振り向いてーー鼻で笑った。




「僕が、君の事が好き? 冗談は顔だけにしてくれないかな?」


アカネ君は非常にアカネ君だった。




「デスヨネー」

「ミコトさんのことはそうだなぁ。これよりは好ましいよ」

アカネ君がひょいと持ち上げたのは、先程までストローが無惨に噛み潰されていた紙パック飲料。


緑と白のパッケージには『ニュープロテイン マッチョ味』と書かれていた。


「えっ、何そのスルーできない奇妙な飲み物!? 何味!? ってかパッケージの脇にいるチビキャラてかてかマッチョが絶妙に可愛くないな!?」

「抹茶だから抹茶マッチョ味だって。割と運動部には人気らしいよ。イチゴ味とバナナ味が」

抹茶マッチョじゃないんかい。しかも他の味の名前普通だな。抹茶だけ気合い入れすぎでしょ」

「中々良い味してるよ。強いて言うなら抹茶ベースと思えないゲロ甘なところが」

「人気無い理由それじゃん」


「飲む?」

「残飯処理を押し付けるのはご遠慮ください」

「あっそ」

アカネ君はずここっと音を立てて抹茶味を飲み干すと、鞄を手にのっそり立ち上がった。



「ミコトさん僕の事が好きだから間接キスしたいのかと思ったのになぁ」

「っ!?!?」

扉の近くのゴミ箱に空になった紙パックを捨てて教室から出ていこうとするアカネ君は、私の驚いた顔を見て、それはそれは意地が悪そうににんまりと笑った。


「ミコトさんは自分が思ってるよりわかりやすい自覚持った方がいいよ」


「絶句」

「その言葉声に出して言う人初めて見たなぁ」


夕日のせいと言い逃れできないくらい真っ赤に染まった私を置いて、アカネ君は鼻歌を歌いながら出ていった。






ーー私がアカネ君の友人(レスリング部のマッチョ)から「タカネは『プロテインの抹茶マッチョ味は僕の血肉だから自販機から無くなったら死ぬ』って言ってた」という話を聞き赤面して、マッチョに不審に思われるのは、それから3ヶ月後のことだったりする。





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