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三下転生〜異世界のチンピラ〜

「おうおう! どこ見て歩いてんだ! 兄貴の通行の邪魔だろーが!」


「やめとけ、太郎」


 大都会のスクランブル交差点。そこで派手なアロハシャツを着たの男が、わめき散らし、ぶつかった通行人に絡んでいた。


 彼の名前は三枝太郎。


 その見た目と言動から、一目で三下のチンピラとわかる。


 その側に居る兄貴こと大宮龍二は、オールバックに特長的な髭面、落ち着いた態度でさすが大物然としていた。


「兄貴、そやかてコイツが……」

「やめとけゆーとるやろ」


 太郎を制止しながらも、大宮は強く言えないでいた。田所田(たどころだ)組との抗争で太郎のみならず、組員皆ピリピリしいているのを感じていたからだ。


 通行人を解放し二人は歩き出す。


「兄貴、田所田組のヤツら調子こいてますね。いっちょアッシがカチコンできましょうか」

「アホぬかせ。お前が鉄砲玉になってもなんにもならんわ」


 いつものように太郎が軽口を叩き、大宮がたしなめる。不穏な二人の会話に通行人は避けていった。すっかり人通りも少なくなったその時、


「死ねやぁぁー! 大宮ー!」


 突然叫び声と共に一台の軽トラックが二人目がけて突っ込んできた!

 田所田組の鉄砲玉である。


「危ない、兄貴!」


 ──衝撃音と吹っ飛ぶ太郎。

 

 大宮を庇い太郎は軽トラックに跳ねられてしまった。


「太郎! 太郎! しっかりせい太郎ー!」


 朦朧とするの中で太郎は大宮の叫び声を聞く。しかし意識は薄れその声は遠のいていった……。


〜〜


(──タロウ。タロウ。目覚めるのですタロウ


「ん……あ……? 誰だいったい?」


 戻りゆく意識の中で太郎は何者かの声を聞いた。


 気がつけば太郎は真っ白で不思議な空間にゆらゆらと漂っている。どこからともなく穏やかで深みのある声が響き渡っていた。


(目覚めましたかタロウ……私の話を聴くのです…)


「その声……もしかして井口のオジキか!? どないしはったんですかオジキ!」


(違います……私の話を聞きなさい……)


「いや……井口のオジキは去年亡くなったはず……って事は俺も死んだのか?」


(いいえ……あなたはまだ死んでいません。あなたは選ばれたのです。世界を救う勇者に……)


「オジキ、どういう事です?」


(オジキではありません……これからあなたは今まで居た世界とは別の世界に行きます。大きな力と共に……その力を持ってあなたは世界を救うのです)


(あなたは今までいくつか悪事を働いてたようですね……次の世界では悪事を働けぬよう力に制限をかけます。ゆめゆめ忘れぬよう……あなたは世界を救う聖なる勇者なのです……)


 その言葉を聞き太郎はまた意識を失った。


〜〜


「あんだここは〜?」


 次に目を覚ました時、太郎は目に入る景色に驚き狼狽た。


 土の道を走る馬車、レンガ造りの家々、牧歌的な中世の様な風景が広がっていた。


 通りすがる人々に、ここが何処なのか尋ねようとした太郎だったが、太郎の奇抜な服装を見て皆逃げていった。

 前の世では道ゆく人々を、近寄らぬよう威嚇していた太郎だったが、今は人々に避けられ困っている。因果なことである。



 それからさらに3日後。

 さすがに、太郎は自分が置かれた状況を理解しだしていた。そして大きな問題に直面していた。

 

 食糧である。


 太郎は当然この世界の貨幣など持っていない。一度たまりかねて民家に盗みに入ろうとしたが、不思議なことに実行しようとすると身体に痛みが走り動けなくなった。これが太郎にかけられた『制限』である。


 捨ててあった服を拾い、アロハシャツからは着替えられたものの、得体の知れない太郎に手を差しのべる者は居なかった。

 森にひそみ川の水を飲んで、木の実を食べギリギリ飢えをしのいでいた。


「あー腹減ったなー」


 このままではいずれ飢え死ぬ。太郎は彼方に見える町をめざし街道に出た。誰かに食べ物恵んで貰おうと考えたのだ。


「ヒヒーン!」

 森から街道に出た途端に馬とぶつかりそうになった。


「貴様! どこを見て歩いている!」


 馬の主が馬上から、どこかで聞いたような言葉で怒鳴る。

 

 ここで太郎は、この世界に来て最も驚愕した。


「兄貴! 兄貴じゃないですか!」


 馬上の男はオールバックに特徴的な髭面、兄貴である大宮に酷似した風貌だった。


「兄貴! 兄貴もこの世界にきてたんですね!」

「あに……? 誰だお前は。お前など知らん。誰かと勘違いしてないか? 俺の名は戦士(ウォーリア)のルージーだ」

「大宮の龍二!? やっぱり兄貴じゃないですか!」

「違う! ウォーリアのルージーだ!」


 ルージーの訂正も、歓喜に溢れた太郎の耳には届かない。


 根っからの三下体質の太郎、この世界に来て最も苦痛だったのは『自分で考え行動する』という事であった。以前は兄貴の言うことさえ聞いていれば良かった。ここでも行先きを示してくれる者が必要だったのだ。

 そんな太郎にとってこの出会いは僥倖であった。


「兄貴! 兄貴!」

「よせ! なんなんだお前は!」


 まとわりつく太郎を追い払おうとしたルージーだったが、ボロ服の隙間から気になるものを見つける。


「お前、その体の紋様……それは聖なる刻印!」


 古代の文献で見た印象的な紋様、それは聖なる者に現れるという聖痕。それが目の前の奇妙な男に刻まれている。ルージーはこの出会いに運命を感じた。


 勘違いである。


 太郎の体にあるのは、昔兄貴に憧れて適当に彫った入れ墨だ。その模様が聖なる刻印と酷似していた。


 様々な偶然が重なり二人は行動を共にする様になった。


〜〜


 まずはルージーは腹の空かせた太郎を、町の食堂に連れて行き飯を食わせた。


(本当にこのような者が聖なる戦士か……?)


 ルージーはクチャクチャと品なく食事をする太郎を見て訝しんだ。


おまけに会計のとき、

「へーこれがこの世界の金か〜」

 と、初めて見たかのように小銭を眺めている。ルージーはこのまま太郎を連れて行ってもいいか迷っていた。


「兄貴! ゴチになりやした!」


(まあ、礼儀はあるようだな。もう少し様子を見てみるか)


 そう思い、本来の目的地に向け進むのであった。


〜〜

「兄貴、これからどこ行くんで?」

「アニキではないが、これからこの先の村に、ゴブリン退治に行く。時々凶悪なゴブリンが出て困っているそうだ。その用心棒だな」

「ゴブ……? まあ田所田組みたいなもんですねかね! いっちょやったりましょう兄貴!」


 村に着いた二人は、まずは村長に挨拶に向かった。


「おお、戦士様。どうかこの村をお救い下さいませ……!」

「うむ、任されよ村長殿」

「兄貴にかかれば一発よ!」


 村長の願いを快く引き受けたルージー。太郎と共にゴブリンの出現場所に向かう。


「しかしあの村長、たかだかゴブリンに大袈裟だな」

「いやーそりゃ兄貴は凄いから。兄貴にとっちゃ朝飯前でしょ!」

「フッ、まあ小さな村にとっては一大事なのかもな。聖戦士を目指す者にとって困ってる人を助けるのも重要な役目だ」


 太郎にヨイショされ気を良くするルージー。太郎の方はというと、よくわかっておらず雰囲気だけで言っていた。雰囲気だけでそこまで言えるのだから、太郎の三下としての才能は一級品である。


 村長に聞いた場所にたどり着いた二人。そこいは、いかにも怪しい茂みがあった。


「そこに居るのは分かっている! 出てこいゴブリン!」


「ブフォオォォォ!」


 威勢よく叫んだルージーに応えるように、茂みから恐ろしい唸り声が返ってくる。

 茂みから現れたのは2メートル以上もある角の生えた大きな化け物だった。


「兄貴! なんかめっちゃヤバそうな奴出てきましたよ!」

「ちょ……まっ……これ全然ゴブリンじゃねーじゃねーか! あのジジイ!」


 狼狽するルージー。剣を構えるもあっさりと魔物に殴り飛ばされてしまった。


「兄貴! 大丈夫っすか!?」

「ぐっ……タロー。お前は逃げろ、もともとは無関係なんだ。一緒に犠牲になることはない」

「そんな! 兄貴を置いていけねぇすよ!」


 健気にもルージーを守る太郎。膝はガクガク体ブルブルであった。


「ブフォォォ!」

「ひいぃぃぃ!」


 しかして、そこで驚くべき事が起こった。

 太郎が苦し紛れに突き飛ばすと、簡単に魔物は大きく吹き飛んでいった。


 魔物は手に持っていた手下げ袋を落とした。中からチャリチャリと小銭が転がる。村人から奪った荷物であった。


「あ?」


 太郎は困惑した。自分が強大な力を授かったことに気づきておらず、状況が理解できないでいた。しかし極限の状況において、彼の頭脳はフル回転し一つの結論に達した。


 ──魔物というのはただの着ぐるみ、ハリボテだ。兄貴は疲れていただけだろう。そして何より、コイツら魔物が落とした小銭は拾っても悪事にはなるまい──と。


「ブフォォォ!」

「ひいぃ!」


 着ぐるみとは思っても、その威圧感は恐怖だ。

 しかし兄貴の為、なにより小銭の為に太郎は勇気を振り絞った。


「うおおおぉ! これが三枝太郎の生き様じゃー!」

「ブフォオオォ!」


 太郎の体が光輝き、突進する。魔物の断末魔が響く。

 

「な、なんと……!」


 太郎のタックルにより魔物は吹っ飛び動かなくなった。その一部始終を観ていたルージーは驚愕の余り言葉を失い、まさに絶句した。


(コイツは……やはりこの男は文献にあった世界を救う聖戦士『勇者』なのかも知れない)


 ルージーはそう思う。


「うひょひょひょ!」


 いや、目の前の必死で小銭を拾う情けない姿を見てちょっと自信がなくなった。しかし意識を失っている魔物を見てやはり勇者だと思い直した。


〜〜


「兄貴! さあ行きましょう兄貴!」

「うむ」


 ルージーは思う──この男は強いが、その精神はまだまだだ。俺がこの男を導いてやれば、いずれ本当に世界の英雄になれるかも知れない。それまでしっかり面倒をみねば──と。


 二人は共に歩みはじめた。


 これはただの三下であった太郎と、兄貴ルージーが世界を救う(小銭をあつめる)物語である──。


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