元剣聖、ウキグモ
冒険者養成所に戻ると、親方は斧を持っていました。斧? あ、ころされる! 今、『恩寵』を貰えなかったなんて言ったら、確実にころされる! ころされるパターンだ。
実際には親方は薪割りをしていただけだったのですが、気が動転していた僕は、これはパカーンとやられるパターンだと思い、逃げようと思いました。
いや、逃げちゃダメだ! どうしよう......嘘つこうかな? いや、嘘はダメだ! どうしよう......どうしよう......
ええいと僕は勇気を出して、本当のことを言うことにしました。
「親方......実は......実は......」
親方がこっちを見る。しかし、親方は僕を見て持っていた斧をドサッと落としてしまったのです。
「いや、アラタ、みなまで言う必要は無い」
そして、親方はなぜか僕に向かって片膝をついたのです。いや厳密にいうと僕の後ろにいる何かに向かって片膝をついたように見えます。
僕は何だろうと思い、後ろを見ました。
「げっ、なんでおばさんいるの?」
「(『おばさん』ではないのだが!)」
「お久しゅうございます。ブシン・ルナ・フォウセンヒメ様」
「久しいな、〈剣聖〉ウキグモ・ジョサ・レイク」
「いえ、剣聖の称号は次代に渡しました。よって今は元剣聖でございます」
「そうか、お前も歳をとったか?」
「はい。歳をとりました」
ちなみに、ブシンやセンヒメというのは古代言語と言われているものだ。本来は『武神』『戦姫』と記述するらしい。元剣聖のウキグモは『浮雲』である。
「アラタ・アル・シエルナ! わしがお前に教えられることはもうあるまい!」
「――?――」
「さっさと、この養成所から出ていけ!」
「――?――――」
親方? やっぱり怒ってる? でも出ていけって......僕、やっぱり嫌われているのかな? そう言えば親方、僕にだけなぜか厳しかったし。
確かに剣術の修行のときは、手がすべって剣がとんでいって親方が大切にしている壺を割ってしまったし。
あの時は、しこたまアタマ叩かれましたけどね。
確かに魔道術の修行のときは、〔ファイア・ストーム〕で親方が飼っているヒヨコの羽根を黒焦げにしてしまいましたし。
でも心配しないでください、ヒヨコはちゃんと親方が〔癒しの術〕で治療しましたから。
その時も、しこたまアタマ叩かれましたけどね......
でも......出ていけなんて言われるとは思わなかった......今だって僕のこと叩けばいいじゃないか!......
あ、そういうことか! 落ちこぼれの僕を『冒険者の泉』に行かせるなんてどう考えてもおかしいと思ってたんだ。
親方は僕が『恩寵』を貰えないこと分かってて行かせたんだ! ていよく僕を追い出したかったんだ......
「sr ku letter ke fur......
sr ku letter ke fur......
sr ku letter ke fur......」
親方が〔召喚術〕を詠唱している。ヒヨコが召喚されてきたのです。あのとき黒焦げにしたヒヨコだ。でもこの鳥、いつまでヒヨコのままなんだろう?
ヒヨコは僕を見ると、嘴でやたらとつついてきました。あ、黒焦げにしたのまだ恨んでるのね......と思っていたら、ヒヨコは2メートルを超える怪鳥に変身し、僕の両肩を掴むと空高く飛びました。
両肩、痛いし、みると怪鳥の爪が食い込んで血が出てるし......そして、空が高いのと、自分の血を見たので僕は失神してしまいました。失神しやすい体質なんです。
「アラタ.....早く行ってしまえ、そして早く俺の目に見えない場所へ行ってしまえ」
元剣聖、ウキグモ・ジョサ・レイクはそう呟いた。もちろん本心ではない。アラタが小さい頃から大切に稽古をつけてきたのだ。
アラタは我が子も同然である。ウキグモ・ジョサ・レイクは感傷的になりそうな自分の心を必死にこらえ、溢れそうになる自分の感情を振り払うようにもう一度呟いた。
「早く行ってしまえ」
そして怪鳥は、町はずれの小さな冒険者ギルドまでアラタを運んだ。
投稿は不定期になると思います。
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