白梅さん、白魔導を詠唱する
そして、翌日僕らはいざ修道院病院へ行くことにしました。僕が育った町、この貧民窟はいつも騒がしい。
貧しい者達の町。ろくでもない者達の町。いつもどこかで誰かと誰かが喧嘩をしているような町。
僕は、それを日常としてこの町で育ちました。
「ベアーさんはこの町の出身ではないですよね?」
「へぇ。あっしは、北の国の出身でやんすが、ガキの頃からあちこちを旅してやしたからねぇ。故郷といえるような場所はねえでやんすが」
よく考えると、ベアーさんも謎の人物だよなと思いつつも、僕はそれ以上は聞かないことにしました。他人の過去は探らない。貧民窟で育った者の習慣です。
修道院病院にたどり着き、中に入るとゾンダーク教の僧侶が話し書けてきました。
「おや、またあなた方ですか」
「また見舞いに来たでやんす。もう場所は分かっているから案内はいらないでやんすよ」
「そうですか。しかしそういうわけにいきません。特別隔離病棟までは必ず職員が同行する決まりとなっておりますので」
そう言って僧侶は、経典の一節と思われるものを唱えながら薄暗い廊下を歩いていく。つきあたりのドアの前で「では」と言って去っていきました。
ドアを開け漂ってくる膿の匂いは先日より強くなっているとベアーさんが言いました。
皮膚が黒くなりただれていく病気『黒い死の病』。この病気にかかっても必ず死ぬわけではない。むしろ致死率は低い。
ただ、いったん黒くただれた皮膚は治らない。その見た目の悪さから患者は常に偏見にさらされる。
「ベアーさん、マルコさん」見知らぬ女性が二人に話しかけてきました。おそらくこの人が僕の前任者だったというリリ・ミシア・ナミさんでしょう。
マルコ先輩はなんとなくばつが悪そうにしていました。
リリさんは、症状の重い患者さんの皮膚からにじみ出ている膿をガーゼで拭き取っていました。
「リリさん、寝てなくて大丈夫なんですか?」マルコ先輩が聞きました。
「はい。実は私は詳しい検査で『黒い死の病』ではないと結果が出たんです」
「じゃあ、もう退院できますよね?」
「......はい。だけど、私この方たちを放って自分だけ退院するなんてできないです......ですので、お願いして病院のお手伝いをさせて頂いております」
マルコ先輩はよりいっそうばつが悪そうな顔をしました。
「リリお嬢ちゃん、実は今日は『黒い死の病』の進行を止める白魔導をかけにきたでやんす」
「進行を止める白魔導?」
「そうでやんす」
僕は【白魔導書・白梅】をマルコ先輩に渡すと、先輩は魔導書を開く。中から魔導書の精、白梅さんが現れました。
マルコ先輩は慌てて篳篥を取り出しましたが、白梅さんは言いました。
「あ、いえ、ここで笛を吹く必要はないです。ただ、エネルギーを頂きたいだけですので」
「え、吹かなくていいんですか?」
「はい。篳篥を吹きながら〔飛空術〕ができる集中力のある人のエネルギーを吸わせて頂ければよいのです」
そう言って、白梅さんはマルコ先輩の首に噛みつきました。
「え? エネルギーを吸うってそういう物理的なやつなんですか?」
僕は思わず聞いてしまいましたが、マルコ先輩は恍惚とした顔をしています。頭からまた湯気がでていますが......先輩、大丈夫ですか?
いえ、大丈夫ではなかったようで、先輩倒れてしまいました。
しかし、白梅さんは「エネルギーは充分頂きました」と言い魔導の詠唱を始めました。
病棟内に、白く輝く梅の花びらがひらひらと無数に舞うと梅の香が立ち込めました。




