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第88話【ラキアス開戦6 心を求めたブリキの兵隊】







製造番号A-09号。

魔導人形における天才科学者ガーディが名付けた名前は『アルバ』だった。

Aの頭文字を取って、アルバ。

特性は身体の至るところに仕込んだ武具。

右腕に搭載された透明なブレード、背中に生やされた人工の翼、腰や胸に仕込まれた砲台。


兵器、という名の人形だ。


長身痩躯の青年の臓物は魔術品で動いている。

魔力を内蔵された宝石だ。

記憶の新しいところでは『悪魔の炎』事件での、魔力を吸い取る宝石の魔術品が挙げられる。

玉石を核として擬似人格を創製し、魔導人形として仕立てる。


「識別番号E-17号……エリザに問う」


人工の翼を羽ばたかせて空を舞う全身兵器は、平坦な声を出した。

機械が吐き出すような感情の篭らない声。

一昔前までエリザも同じ声音だったように思える。

無表情で、何も感じない……ただのE-17号だった。そのはずだった。


「アルバとエリザはマスターの人形だ。何故、アルバたちは争っている?」

「解答不可……適切な説明を用意できません」


最初に生み出された魔導人形はアルバだった。

科学者が『A』と仮に名付けて、人生を賭けて自立稼動型の人工生命体を生み出そうとした。

何度も失敗し、何度も出来損ないの人形が廃棄された。

長い研究と努力の結晶が、九番目の『A』だ。


「エリザには答えられません、兄様」


戦闘兵器の魔導人形……初期段階の『A』は完成した。

科学者の次の興味は『B』へと移った。

精巧に生み出されていく弟や妹たち。多くの弟や妹たちの失敗の上に創り上げられる『C』や『D』がいた。

眼前の彼女は五番目の妹にして、ガーディ最後の作品だ。


「アルバは分からない。エリザはマスターの命令を破棄した、と聞いた」

「っ……!」

「循環機器がおかしいのか。核の魔術品の故障か。いずれにしてもアルバには解せない」


単純な戦力としてのAは、生みの親の真の願いではなかったらしい。

人形がB、Cと繰り下がっていけばいくほど、魔導人形は人らしい形へと姿を変えていった。

最後の作品、とされたエリザは傍目には人間にしか見えない。

心まで人間のように造られている。


「アルバたちは人形だ。主の命令を拒否する人形は必要あるのか?」

「……エリザは……!」

「マスターはむしろ楽しそうだった。アルバには理解できない。エリザは深刻な故障を抱えているのに、何故」


人間らしい人形か。

所詮は何処まで精巧に作られても『人形』の区切りだ。

人間が『神』になれないのと同じように。人形が『人間』に昇華することなど絶対に有り得ない。

右腕のブレードでエリザに襲い掛かりながら、アルバは言う。


「エリザ。マスターの元に帰って来い。その故障は致命的だ。いずれマスターそのものを否定する」

「…………っ……」

「聞かぬというなら。緊急マニュアルに対応させてもらう」


命令を聞かない人形に価値はない。

主人に歯向かう人形に意味はない。

危険因子に対する緊急マニュアルがアルバの思考にダウンロードされ、瞳が暗い色を放つ。


「アルバは同族殺しを何度もしてきた。始まりの魔導人形として、失敗作の烙印を押された弟たちを斬った」


壊さねばならない。

長年続けられ、身体に染み込んだ思考だった。

主の命令に従えない人形を破壊する。

殺す、ではなく壊す。破壊して破壊して破壊して、再び存在を無に帰すのだ。


「エリザ。命令を聞けないほどの故障か? マスターは寛大な姿勢だが、アルバの命令オーダーは更新されていない」


命令に背く人形を破壊する、という命令オーダーだ。

処刑用としての魔導人形。

牙を向く同族たちに対する切り札、それが『A』という魔導人形の役割であり、存在価値だった。


「壊してかまわんか、識別番号E-17号」

「既に剣を交え、互いを破壊するために死力を尽くしている時点で愚問だと、エリザは考えますが」

「…………重ねて問うが」


会話の合間にも激突は繰り返されている。

エリザは小さな身体を器用に動かして、右腕から生えたブレードを避け、放たれる魔法を右手で弾く。

状況模索を開始。

肉弾戦は不利。図体の違いも、身体能力もアルバのほうが上手だ。

距離を離し、敵の攻撃を捌きながら、エリバは珍しく続けられるアルバの疑問を聞く。


「何故、マスターの命令オーダーを進行しない? エリザは誰よりも忠実だったのに」

「…………」

「アルバの考えは故障だが。マスターはそうではない、と言う。理解ができない」


故障。

破損か欠損か。

動作不良か。断線か。宝玉の磨耗か。

原因がエリザの脳裏に過ぎるが、そのひとつひとつに異常がないことは確認済みだった。

敢えて語るならば、胸に何か『しこり』のようなものを感じる。


「アルバには、分からない」


雰囲気が変わった。

嵐のように放たれ続けていた砲弾が、ぴたりと止む。

人形として生まれた男が呟いた。

兵器として利用されていた人形が、溜め込んでいた毒を吐き出すように言う。


「何故、マスターはアルバたちに『人格』を与えたのだ……?」

「……?」

「そんなものが、何故必要なのだ。人形は人形でいい、どうして人の心などを……」


不思議でならない。

人形に『心』が必要だというのか。

兵器に『心』が必要だというのか。

生みの親はどうして。何故、こんなものを深層意識に植え込んだのか。


「偽者の心など、どうして」


自然と、エリザも胸を抑えていた。

偽者の心、という言葉が胸に突き刺さったような気がした。そんなことはない、と言いたかった。

声を張り上げようとして、気づく。

本物の心、など。人形に宿るはずがない。証明不可、エリザは口を噤んだ。


「心など必要なかった。なければ、こんなにも苦しいことはないのに」

「兄様……?」

「エリザ。アルバはエリザが憎い」


唐突な告白だった。

疑問がエリザの思考を埋め尽くす前に、再びアルバの苛烈な一斉射撃が始まる。

身体中に仕込まれた砲台に火を噴かせながら、アルバは続けた。


「何故、エリザはマスターの寵愛を受ける?」


時雨のように降り注ぐ魔術の弾。

怒りを内包するような静かで、凄みのある叱責が放たれる。

それは、慟哭だった。

半端に心を自覚してしまった人形の、血の滲むような独白だった。


「アルバがどんなに尽くしても、マスターはアルバを見てくれなかった」


努力したとも。

主の命令を忠実に受け入れ、同族殺しすら受け入れて。

最初の魔導人形として。最初の息子として。


「娘とマスターは言っていたが……もうアルバには、息子と呼んでくれない。理屈は分からないが、口惜しい」

「違い、ます……きっと、違います。マスターはエリザたちを平等に……」

「廃棄寸前の出来損ないだと、言われた」


父の口から確かにそう聞いた。

生みの親に性能を否定された人形に、何の価値があるというのか。

故障して命令も遂行できない妹よりも、価値がないというのか。

偽者の心が一人前に悲鳴を上げていた。



「エリザのほうが優秀なのか?」



ゾッとするような声だった。

感情が究極まで欠落した喋り方が、魔導人形の特徴だった。

今の言葉は違った。

人間らしい負の感情を内包した、黒い感情の吐露。嫉ましいという感情が篭もっていた。


「アルバがエリザを破壊すれば、マスターはアルバを見てくれるのか?」


問い掛けは切実だった。

勢いを増す砲撃に、エリザの無表情がゆっくりと苦痛へと染まっていく。

反撃が出来ない。反撃をしたくなかった。

戦わなければいけないのに。戦いたくない、だなどと。そんなことを考えてしまっている。


「どうした。出来損ないのアルバも破壊できなくて、何が優秀なのだ?」

「……兄様……!」


叫びは無意味だ。

自分でも良く分からない感覚に二人は踊らされている。

人ならばそれが嫉妬であったり、罪悪感であったり、という理由付けが出来ただろう。

然り、二人は人形だった。そんな理由を言い訳にはできなかった。


彼女の姿がエリザの瞳に映ったのは、逡巡して見張り台から立ち去り、中庭のほうへと足を踏み入れたときだった。


自然と兵たちを巻き込まないように周囲を見回していたのが幸いしたのだろうか。

中庭、と言っても簡易的な広場みたいなもので、草花が多少生え、噴水らしきものが設置されているだけだ。

二人の女性がそこにいた。

一人はエリザの知っている人物であり。

その人物は砦の至る所に点在する死体と同じように、うつ伏せに倒れているのが見えたのだ。


「マーニャッ……!?」


アルバとの戦いも放り出して、エリザは中庭へと走っていった。

残る一人の女性が優越感に浸るような張り裂けた笑みを浮かべて、蛇剣をマーニャへと突き立てようとしていた。

間に合ってください、と心の中で呟く。

自分がどんな理論に惑わされているか、ついぞ気がつくことはなく。





     ◇     ◇     ◇     ◇





「相性が悪くなければ、もう少し楽に終わらせられたのにネ」


勝ち誇るように女が言う。

砦の壁に叩き付けられた衝撃で、草花が僅かに生えた地面に倒れるのはマーニャだ。

身体はまだ動く。致命的な傷ではない。

体の芯を撃ち抜かれて、一時的に身体機能が麻痺しているだけだが……あまりにも致命的だ。


「お姉さんは……雷。水使いのあなたには勝てると思ったんだけどなぁ……」

「応用しだいよ、それもネ」


蛇剣を構えたインウィディアが、余裕を見せる足取りで近づいてくる。

勝者の証か。戦いに解説を付け加えながら、処刑時間を知らせるように一歩一歩。


「水は電気を通す。それは本来、水の中に数多く含まれる不純物が、雷を通すんだけどサ」

「……不純物を混ぜない水を生成できれば、電気は通らないってこと?」


純水、と呼ばれる一切の不純物の混ざらない水は電気を通さない。

水魔法の中でも非常に扱いが難しいが、天敵を攻略するために作り上げられた切り札だ。

雷使いと戦ったから負けた、などという言い訳が通用する職場ではないのだ。

勝たなければならない。

勝つしか生きる道はないのだ。


「他にも。電気使いは水を被っちゃいけないの、漏電するからネ。水の天敵は雷、雷の天敵は水なのヨ」

「ご高説、痛み入るわん……」

「じゃあ、死んでネ」


蛇剣が唸りをあげて迫ってきた。

串のように人体を串刺しにし、両刃のギザギザ刃でノコギリのように肉を削ぎ落とすための剣。

じゃらららら、と音を立てるそれは鞭のような動きをする剣だ。

倒れたままのマーニャはどうにか地面を転がって第一撃を回避。身体中に擦り傷を作るが、無視だ。


「ちっ」

「<刺激的な電撃を>!」


苦し紛れに放たれる雷撃の波。

周囲に拡散して弾ける電気の衝撃波を、インウィディアは事も無げに無効化する。

具体的には魔力を純水に変え、薄いヴェールのように膜を張るのだ。

攻撃はこれで届かない。じわじわと嬲られるようにダメージを蓄積されるマーニャに、反撃の機会がない。


「いいから、さっさと死んじゃってほしいのヨ!!」

「断るわよ!」

「仕事をさっさと終わらせて、ワタシは帰りたいノ! ノルマを果たしてネ!」

「マーニャッ!!」


言い争う声に混じる少女の声音。

余所見をしない程度に横目でエリザの存在を確認したマーニャが「あら」と事も無げに呟く。

奥には正体不明の長身痩躯の青年の姿。

人型だが、背中から歪な翼を生やした不振人物のほうは、インウィディアの傍へと着地する。


「苦戦しているようねん、エリザも」

「マーニャのほうが傷だらけではありませんか……!」

「ふふん。最近感情豊かで嬉しい、お姉さん。心配してくれるなんて二重で感激よねん」

「べっ、別に……心配など……」


そっぽを向きながら微笑ましい態度をとるエリザ。

反対側では敵将二人が会話を交わしている。会話の内容は対照的だ。

興醒めしたように女が項垂れる。

新たな介入者を見て『厄介』と考えたのか。それとも『面倒』だと感じたのか。


「ワタシ、帰るわネ」

「…………」


隣に立つ魔導人形のアルバは何も言わない。

彼女の存在が彼に何か影響を与えるとも思っていない。

最初からいてもいなくても、アルバのやることは同じだ。退却の命令を誰からも受けていないのだから。


「お人形さん。ワタシの分まで倒しておいてほしいわ、そいつラ。何だか、仲が良さそうで……」


言葉が一度区切られて。

視線が蛇のようにマーニャとエリザに絡んできて。

口が裂けたかのような強烈な笑みをインウィディアは浮かべた。


「凄く、壊したくなってきたのヨ」


蛇女め、と口の中で小さく呟く。

彼女の体の形状がどろり、と溶解し始めた。兵糧庫で見た水の体だ。


「マーニャとエリザだっけネ、次にあったら壊すから。絆も、友情も、心も……んふ、ふふふふふふふふふふ」


女の姿が溶けていく。

地面に染み込んで消えていく。

誰も追うことはできなかった。少しでも隙を見せれば容赦なくアルバが切り裂きにくる。

暗殺者の哄笑がゆっくりとフェードアウトしていき、一分後には戦場から退場したことを知る。


「……あっちは、別にいいかしらねん」

「マーニャ、エリザは……」


少女の外見をした魔導人形が俯きながら言葉を紡ぐ。

瞳は眼前の青年へ。

人の姿をやめ、修羅へと落ち、己の全てを解放した哀れな人形がそこにいる。

青年の瞳はもはや、エリザにしか向いていない。糾弾するような瞳に、エリザは呻く。


「エリザは……思考にエラーが生じてて……何が何だが」

「同じ……魔導人形なのねん」


原理は分からないが、マーニャには眼前の青年が人族にも魔族にも見えなかった。

歪な翼を生やし、両腕の手首から刃物を晒し、腰や胸から砲台を構える青年は人を辞めていた。

否、元から人族と魔族、総じて『人』ではなかった。


「彼は、エリザを破壊してマスターに認めてもらおうと思っています。アルバの気持ちが、分かるのです……」


親の愛を求めない子供なんているはずがない。

愛という概念が人にしか認められない物だと、誰が決めたのか。

醜く嫉妬する眼前の人形には、心はないのか。

擬似的な心だと。誰かがプログラミングしただけの脆弱な暴走だと誰が証明できるのか。


「偽物の心など、持ってしまうから苦しいのですか……?」

「アルバは。アルバは、こんなもの、いらなかった。何も考えたくなかった……」

「エリザも苦しいです。辛いです。この痛みは本当に耐え難くて……思考が何度もエラーを弾いて……」


魔導人形たちの語らいは続く。

心とは何なのか。こんなに苦しいものを人は誰しも抱えているのか。

人形たちに心がないのは、人形が『心の重さ』に耐え切れないからなのか。

理論が何度も覆され、苦悩の声で雰囲気が埋め尽くされていく。


「しっかりなさい!」


弾かれたように顔を上げた。

額に指でこつん、と叩かれ、「あう」と額に手を当ててしまう。

心をずっと昔から持っているマーニャが言う。


「気持ちが分かるからって、殺されるわけにはいかないでしょうに!」


壊される、ではなく殺される。

破壊、ではなく殺害。

言葉の意味は大きく違う。少なくともマーニャがエリザを機械として見てないという意味で。


「お姉さんは嫌よ? せっかくのお友達を殺されてたまるもんですかってねん?」

「友達……?」


知らない言葉だ、と以前なら思っていた。

機械に友情などあるはずがない、と。

今はそれすら否定したくない。その言葉が嬉しかったからこそ、否定したくはない。


「違うの? お姉さんもユーリィもリィムも、あなたがメンフィルに置いてきたリキュームも友達じゃないのかしら?」

「…………」


友達。ああ、そうか、と納得してしまった。

一番しっくりくる。

時と場合によってはマスターの命令すら実行できないほど、エリザの思考を乱す存在だ。

彼女たちのせいで苦しんでいるというのに、それが何処か心地よくて。

喪いたくないと思ってしまって。


「少なくとも。お姉さんはそう思ってる」


力強く。

格好良いほど不敵な笑みを浮かべて、マーニャは断言してくれた。

不思議と胸の中心が温かくなる。

何だか今なら、何でも出来る気がした。それが錯覚に過ぎないとしても、そう感じることが出来た。


「エリザ、助けてくれる?」

「……命令オーダーを、マーニャ」


相変わらずの言葉に、思わずマーニャは噴出ふきだしてしまう。

言葉はいつもどおりだ。違うのは表情か。

顔を赤くして視線をそらすなんて、最初に逢ったときには思わなかった。


「お願いよ、お・ね・が・い」


さあ、反撃開始だ。

二人は揃って手を組むと、お互いの魔力を同調させていく。




     ◇     ◇     ◇     ◇




「兄様」

「……」


少女の無機質な声が届く。

世に偽りの生を受けた五番目の家族。何人も壊した弟や妹たちが重なる。

壊すべき対象が何かを言っている。

機械らしからぬ、人間味のある表情と。言葉の端々に感情を宿して。


「エリザはマスターの命令すら満足にこなせない。そんな人形かもしれません」

「…………」

「ですが、兄様とは違います。エリザは心を得たいと……そう思っています。偽りの心と嘆くあなたとは、違う」

「黙れ、エリザ」


苛立たしい。

心を得たい、だと。

無理に決まっているだろう。

我々は機械だ。人形なのだ。何もかもが作り物なのだ。

偽りの心を嘆く、だと。笑わせるな、それではまるでアルバに心があるようではないか。


「エリザは恵まれている、と。そう思います、本当に」

「マスターの寵愛を受けているからな」

「それもありますが、それ以上に。エリザに心を教えてくれる人がいます。本当に得がたい……友人が」


少女の体が光り輝いていく。

検索。検索。照合完了。

挑発的な格好をしている女魔術師の魔力を吸い取り、強大な魔法陣を生成していると判断。

威力計算……失敗。予想不可、理論不可能。


「結局、その機会を与えてくれたのはマスターです。だから感謝はしています」

「それ以上、囀るな」

「兄様。エリザは探してみたいと思います。……人形に、本当に心がないのか。それを」

「黙れ、と……言っているのだ、エリザァァァアアアッ!!!」


武装術式、展開。

両腕に仕込んだブレード。腰に仕込んだ砲弾。

全身の全ての武具を起動し、人形の分際で人のようなことを言う故障した人形へと走る。

何度もやってきたことを、遂行するために。


「それを確かめたいんです。だからこそ、ここで兄様に壊されるわけにはいかないんです!」

「やっちゃいなさい、エリザ! 腰が砕けるくらい、強烈に!!」


翳された少女の手が光り輝いた。

光属性の魔術兵器『叡智ゼノン』が、凄まじい雷撃を織り交ぜていく。

才能で自然に会得する『魔法』ではなく、努力と外法で編み出す『魔術』の結晶が光を放つ。

電撃が、雷撃が、猛るように咆哮した。



雷神の鎚ミョルニル―――――!!」



壮絶な魔力がアルバへと一直線に放たれた。

速度を例えるならば夜空の流れ星。一瞬で過ぎ去っていく破壊の雷撃の渦。

避けられない、とアルバの頭脳が告げる。

問題ない、と判断して更に一歩を踏み出した。


「アルバを……」


雷撃が直撃した。

一瞬で電撃の力を解析した。防御は不可、全てを貫く雷の弾丸だ。

触れた左腕が爆散し、鉄と鋼で出来た肉や骨があっと言う間に溶けていく。

勢いは止まらない。が、ああ……何の問題もない。


「舐めるなぁぁぁぁぁぁあああ!!!!」


左腕を犠牲にして避ける。

雷撃はアルバの身体を通り過ぎ、砦の一部を巻き込んで轟音を響かせていた。

腕を一本失ったが、不可避の破壊を乗り切った。

足を一気に踏み込ませ、鋼の翼を広げ、一直線にエリザの核を貫くために雄たけびを上げた。


勝った!


先ほどのような一撃が何度も撃てるはずがない。

一撃でエリザは明らかに疲弊した様子で、虚ろな表情でアルバの右腕の剣を眺めているだけだ。

魔族の女は……避難するように離れていく。

戦意は失っていなかった。彼女は、左腕をかざすようにして言霊を告げ。


「回帰」


電磁砲が、再びマーニャの手へと直線に戻ってくる、という悪夢を見た。

息が詰まる。理解が出来ない。一瞬の硬直が全てだった。

女の手に戻ってきた雷撃の弾丸は、続けて移動を開始していく。


―――右手を翳したエリザの手に向かって。その直線状にはアルバの姿があって。


「雷撃の鎚は、必ず手元に戻ってくるんです」

「ぉ……」


勝負は決していた。

電磁砲は放たれたときと何ら変わらない威力と速度で、エリザの手元へと回帰する。

直線状に存在したアルバの魔導人形の核を正確に撃ち貫いて。

咆哮をあげることすら赦さない、残酷な断罪。

悔しげな言葉が、かろうじて漏れる。


「アルバ……は……が、が……ガガガガガガガガガガガ……」


人間における心臓は完全に貫かれていた。

半径十センチほどの大きな空洞が穿たれ、再起不能という文字が頭を占めていく。

終わりか、と。

人形の心は驚くほど率直に事実を受け入れた。


「ます……たー……」


それが最期の言葉。

人形は鉄くずへと変わり、がしゃり、とその場に崩れ落ちた。




     ◇     ◇     ◇     ◇




「彼は……心があったと思うんです」

「……」

「何ででしょう。エリザ自身にもそれがあるかどうか分からないのに、そんな気がするんです……」


兄だった鉄くずを眺めて、エリザは静かに語り続けた。

人間や魔族の亡骸とは違う。

内臓や骨ではなく、鉄や鋼で作られた身体をそっと撫でながら目を伏せた。

感傷は数分間。やがてエリザが立ち上がる。


「……もう、いいのん?」

「はい」


多くを語る必要はない。

戦いはまだ続いている。まだ、悲しむにはあまりにも早すぎる。

胸に穴が開いたような空虚感があった。

哀しみとは。こんな感覚のことを言うんだろうか。胸をそっと抑えながらエリザは歩き出した。


「行きましょう」

「ええ」


頷いて自然に横に並ぶ。

改めて自分は恵まれている、とエリザは思った。

兄は理解してくれる友人もいなかった。だから一人で追い詰められたのだ。


「ありがとうございます、マーニャ」

「ん?」

「そ、それだけです」


照れた様子で顔をそらすエリザ。

愛らしいので抱き締めようかなぁ、とにっこり笑顔でいたのも束の間のことだった。

彼女たちへと青年の伝令が走ってきた。

齎された情報に二人は息を呑んだ。



申し上げます、緊急です。

ギレン将軍が、敗れました。





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