第87話【ラキアス開戦5 開戦、攻防戦】
襲撃部隊の召集は寝耳に水だった。
オーク族、ゴブリン族を中心とした地上部隊、総勢二百数十名。
内容を見れば頭や身体に包帯を巻いた兵士はまだ楽なほうで、腕や足を失った重傷者も多い。
傷を負っていない兵士など皆無。
負傷兵という区切りで明らかに戦えそうにない兵士までが、襲撃の部隊として採用されていた。
正気かよ、という言葉が誰かの口から漏れた。
捨て駒にされた地上部隊の士気が上がるはずがない。
無駄死にだ、と誰かが嘆く。
逃亡兵も多かったが、正体不明の新しい副官が何人かを見せしめに斬り捨てると、誰も文句は言わなくなった。
「…………」
「ひぃぃ!!」
逃亡を試みた兵がまた一人。
筋骨隆々の岩石のような体躯の男が一睨みするだけで、誰もが口を閉ざして従った。
逃げても殺される。
生きるためには砦の門を叩き破り、壁を破壊し、城壁を乗り越え、敵兵を斬って生を掴むしかない。
退けば臆病者として死ぬ。進めば勇者として死ぬ。どちらを選ぶかは論ずるまでもない。
「……では、行くぞ」
「……はっ」
「何時でもいいヨ。指示をくださいナ、指揮官さん」
「準備は、できた」
指揮官のニードルード。
護衛の魔導人形アルバ。
抹殺部隊の一員にして副官のインウィディア。
同じく副官のイラが満身創痍の地上兵の先頭に立つ。
「先陣はイラがやろう」
筋骨隆々の岩石の仮面兵が申し出る。
最も危険な先陣を志願するとは思わなくて、指揮官の竜人族は驚いた様子を見せた。
三分の一の兵を率いて、先鋒を任せる。
「ワタシは後詰に回るワ。面倒なことはそっちでやってちょうだいナ」
華美な装飾を施したドレスを着た女が言う。
指揮官は承諾するように頷いた。こちらのほうが予想通りの反応だ。
抹殺部隊の力を借りるつもりは元々なかった。
彼らはニードルードに対する監視役だ。
命惜しさに逃亡しないための保険に過ぎないのだ。
「某は中軍で待機。先陣の状況を鑑みて一気に攻める。露払いはアルバに一任するぞ」
「……はっ」
科学者ガーディの創作物は恭しく一礼した。
全軍突撃の先陣は彼に切ってもらう。
頑強な自然の要塞へと視線を向け、ニードルードは瞳を細めて静かに呟いた。
「魔王の言葉を信じるのは頼りないな。最後にケーニスクの情報収集能力に頼ってもよかったか」
「何? 独り言かしラ?」
「聞き流してくれればありがたいな」
準備は整った。
鱗の生えた腕で刀を鷲掴みにする。
竜の翼を震わせ、己を鼓舞するように一言。
「行くぞ」
頷く部下はいなかった。
魔導人形と監視役の殺し屋たちだ、感慨など沸かないだろう。
総大将としての初陣にしては虚しいものを感じる。
自嘲気味に笑った。虚しいというのなら、我が願いはそれ以外の何物でもないのだから。
◇ ◇ ◇ ◇
――――――襲撃は唐突に行われた。
筋骨隆々の体躯。
鬼の仮面を付けた男は無骨な両刃の大斧を握ると、誰よりも早く先陣を切った。
頑強な鉄の門に一撃を入れ、舌打ち。
僅かに破片が飛ぶだけの堅牢な鉄門を眺め、今度は周囲の壁へと斧を振るう。
「…………ここか」
鉄の門よりも脆い。
単純に門を破壊するよりも、壁を叩き壊してしまうほうがいい、と判断したのだろう。
身の丈と同じぐらい巨大な斧を振るい、削岩機のように壁を削り取っていく。
無慈悲に、無感情に殺ぎとっていく。
「アガァアアアアアアアアアッ!!!」
「やってやらぁあああああ!!」
「くそっ、くそ……くそお!!」
「キシャァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」
瀕死の部隊はそれこそ悪鬼だ。
破れかぶれか、自暴自棄というものか。彼らは命を省みることもなく大地を蹴る。
奇襲攻撃は砦兵の対応を遅らせた。
報告が首脳陣に届いたときには、既に敵軍は砦の前に大挙し、壁を破壊していたのだ。
「くそったれ……!」
運が悪いことに現在、奈緒は休眠状態だった。
龍斗は奈緒の身体を借りると、いち早く戦場へと到達し、矢継ぎ早に指示を送っていた。
新調された大剣は歪な鉄塊をモチーフした『切れない剣』だ。
斬るよりも殴る、叩く、吹き飛ばす、といった用途のために使われる大剣を振るう。
「……正面は我に任せろ」
突風が吹いた。
破剣の術で身体強化している龍斗を追い抜く黒い影。
「ギレン、てめえ腕は大丈夫なんだろうな!?」
「…………」
将軍は魔王の言葉に答えることなく、魔力を練り上げて紅蓮剣を創り上げる。
城砦を攀じ登る敵兵を一刀の元に斬り捨て、続いて「ひっ」と悲鳴を上げる負傷兵の胸を切り裂いた。
龍斗は露骨に嫌な顔をした。
『不殺』を誓っている一般男子高校生には、何度見ても辛い光景だ。
「がああああああ!!」
「くっ、そ……寝てろ!!」
腕が千切れたオーク族の兵士の腹部に鉄塊を叩き付けた。
泡を吹いて卒倒する敵兵の上を別の敵兵が踏みしめ、襲い掛かってくる。
対策が遅れたのが災いしたか。
城壁を登りきる敵兵の数も少なくない。どうしても対処が後手後手に回ってしまう。
「どうすりゃ、いい……どうすりゃあ!?」
答えが見つからないまま、龍斗は何度も鉄塊を振った。
自暴自棄になった敵兵を止めることもできず、答えに窮した少年は歯噛みする。
戦わなければならない。
血と汗と肉塊と臓物と悲鳴と怒号が混ざり合う混沌の戦場で、龍斗は一人、孤軍奮闘する。
◇ ◇ ◇ ◇
「貴様、強いか?」
最初の言葉は昔馴染みの決まり文句だった。
紅蓮剣を携えたギレンの声に、筋骨隆々の岩石のような仮面男が振り向いた。
何と形容するべきか、その時の仮面男……イラの様子を。
「―――――」
言うなれば歓喜。
言うなれば憤怒。
言うなれば驚愕。
言うなれば、それら全てが混ざり合ったような壮絶な笑み。
「ギレン・コルボルト。クラナカルタ最後の王」
「……?」
「前王のセバートを殺して王位に就き……敗北してエルトリア魔族国に尻尾を振る、か」
イラを知る者がいれば驚いたことだろう。
寡黙で知られるイラの言葉は淀みがない。事務的な受け答えしか本来しない殺戮兵士だったはずだ。
戦場でも必要以外の言葉は口にせず、問答無用で『殺しの任務』を行う。
機械のような男、と評された男の口が饒舌に動く。
「嬉しいぞ。よくぞ生き恥を晒してくれた……」
万感の思いがこもった言葉だった。
言葉とは裏腹に込められた感情は、汚濁のように汚れた感情の吐露だった。
敵意と殺意しか内包されていない。
「……何者だ」
「気づかんか。そうか、気づかんか」
薄く、仮面の奥で笑ったような雰囲気。
「無理もない、お前はまるで羽虫でも薙ぎ払うかのように、俺を斬った」
「…………」
「仮面を取れば気づくか? いいや、気づかんだろうな」
有象無象の雑兵の一人を斬ったに過ぎないのか。
男の周囲に漂う覇気は凄まじい。
間違ってもギレンがこれほどの人物と戦ったことを憶えていないはずがないのだが、記憶にはなかった。
「『強いか』と聞いたな、ギレン」
怒気が込められた言葉が響く。
彼が振るう巨大な大斧が烈風を生み出し、砂嵐すら巻き起こす。
破壊された砦の壁は無残にも砕かれていた。数分もすれば完全に粉砕されていたかも知れない。
「試してみろ」
鋼と鉄がお互いをぶつけ合う音が響き渡る。
紅蓮が己を主張するように燃え盛り、砂嵐が焔を圧殺せんと吹き荒れた。
命を削り合う殺陣が始まる。
爆破にも似た轟音が、悲鳴にも似た金属音が、怒号にも似た雄叫びが木霊した。
◇ ◇ ◇ ◇
「うふふふふ」
ひたり。
ひたり。
ひたり。
「抜け駆け上等、イラには悪いけどワタシは面倒なことは嫌いなノ。早く終わらせて帰りたいのヨ」
床をひたり。
壁をひたり。
天井をひたり。
「標的は『敵の指揮官の一人』だったかしらネ。さっさと終わらせて後詰でゆっくりさせてもらうワ」
不気味に揺らめく影。
漆黒の闇というよりは、浸水した雨の雫のように。
誰も彼女の姿に気づかない。
注意深く見れば、戦争中でなければ巡回の兵士でも違和感には気づけただろう。
戦争中という平常心ではいられない状況では、彼女の姿は見つからない。
「誰にしようかナ、うふふふふふ」
哄笑が響く。
一番弱くて簡単な相手がいい。
力強い相手と戦うのはごめんだ。アケディアの口癖ではないが、面倒ごとは嫌いだった。
丁度いい標的を見つけるために、床や壁や天井をひたひたと移動する。
「……ん? んふふ」
見つけた。
即座にインウィディアは天井の隅へと姿を隠す。
潜入技術は抹殺部隊でも最も高い。彼女に下されるのはいつも要人の暗殺だ。
張り裂けた笑みを浮かべて、彼女はひたひたと天井裏を進んでいく。
二人の男女が待機する兵糧庫へと。
◇ ◇ ◇ ◇
砦の兵糧庫が設置されている場所は長い廊下の一本道だ。
複数の敵兵が攻めてこようが、一騎当千の精鋭一人を配置しておけば防ぐことができる。
当然、奈緒は有事に備えて精鋭を配置している。
「火熊ッ!!」
紅蓮の拳が敵兵の心臓へと叩き付けられた。
小規模の爆発音と共に焼け爛れた皮膚を呆然と見つめ、敵兵はゆっくりと絶命した。
拳を繰り出す者は教師、天城総一郎。
彼の背後には革命軍の相棒である人狼族のソフィアが、両手から虹色の光を放っている。
「ソーイチロウ、次ッ!」
「ふんっ」
砦の中央部で総一郎は拳を振るっていた。
敵兵の五分の一程度が、既にナザック砦の内部に侵攻しているらしい。
兵糧庫の警備を任された総一郎は、狂気に満ちた表情で襲い掛かる敵兵を打ち砕いていた。
既に五人目か。
元の世界に帰れば、連続殺人で死刑になるかもな、と総一郎はそんなことを思う。
「死ぬ覚悟を持った兵は強いな」
「怖いわよ、なんか……」
「先陣としては最強かも知れんな。このまま敵の本隊が出張ってこられると面倒だが……」
呟く総一郎の声には余裕があった。
負傷兵を捨て駒にした作戦は敵の思惑以上の効果を上げている……が、それだけだ。
奇襲攻撃が少し成功した程度で、ナザック砦は揺らがない。
既に配置についた龍斗とギレンがこれ以上の敵兵の侵入を許さない。
「抹殺部隊が来るかも……」
「有り得るな」
「どうするのよ?」
「さぁて……グラやインウィディアなら、対処のしようもあるんだが……イラやアケディアが加わっているとなると」
強がる言葉にソフィアが溜息をついた。
半目でじぃー、と見つめながら相棒の教師へと文句を一言。
「ソーイチロウ、誰にも勝てなかったじゃない。グラやインウィディアでも対処できないんじゃ……」
「そ、そんなことはないぞ。ただ後半の二人が化け物すぎるだけだ」
「まぁねー」
兵糧庫の護衛も大丈夫そうだ、と総一郎は内心で思う。
焼かれると面倒だが、遠征軍のラキアス側に比べれば幾らでも取り返すことが出来る、という側面もある。
此処はソフィアに一任して、そろそろ抜け出そう。
地上部隊の死兵たちを指揮する者がいるはずだ。そして、それは恐らく『あの男』だ。
「ソフィア」
「なによ?」
「俺は砦門の援護に回る。ソフィアにここを任せたぞ」
「……へ?」
返事を聞くまでもなく、床を蹴った。
悟られると面倒だ。
彼女の文句が背中に届くよりも早く、総一郎は狭い廊下の曲がり角を進み、兵糧庫の前から消えていく。
「ちょ、ちょっと……何よ、ソーイチロウ! また勝手にどっかに行って!」
声を絞り出したときには既にいなかった。
人狼族の少女は髪の毛を逆立てて「もーっ!」と激昂すると、近くの壁を蹴り付ける。
自由奔放というか。勝手気ままというか。
何度も何度も何度も何度も振り回される自分の身にもなってほしい、と思う。
「ひ、一人は! 一人は嫌なのよ・・・私は」
―――――不意に影が覆い被さってきた気がした。
背筋が凍る。
鳥肌が全身に広がった。
人狼族としての野性的な直感が『危機』を告げていた。
慌てて長い廊下の方向を振り返る。
「あれ……?」
誰もいなかった。
周囲の空気を凍りつかせるような敵意も消えていた。
残ったのは微かな魔力の淀みだけ。
泥水のように淀んだ魔力と、視界に僅かに残る紫電の魔力の残り香だけ。
◇ ◇ ◇ ◇
「ぎっ、いいい……!」
身体が電撃の影響でびくん、びくん、と跳ね上がる。
背後から少女を襲おうとしたインウィディアの身体は、どろり、と蕩けていくアメーバのようだった。
奥の廊下から、ざりっ、と床を踏みしめる音がする。
「驚いたわよん。もー、ほんとに。身体が水になる魔法なんてあるとは思わなかったものね」
雷撃がインウィディアの身体を蹂躙していた。
不純物の溜まった水分の身体に電気は良く通る。ぱりぱりっ、と弾く静電気すら凶器だった。
兵糧庫から離れ、暗闇の外へと身体を転がす女。
不敵に笑う電撃使いは、ゆっくりとした足取りで彼女の姿を追いながら、三角帽子を被りなおす。
「偶然、見つけられたからいいものを。危ない真似をするわね、ほんとに……」
「んっ、んふ……んふふふふ」
日光が女の身体を照らし出す。
不気味な哄笑の裏側に見え隠れするのは、紛うことなく憎悪の感情だ。
「邪魔したわネ……?」
女は身体をゆっくりと起こすと、背中に抱えた不可思議な形の剣を取り出した。
華美な装飾のドレスとは裏腹に、無骨で歪な剣だ。
蛇の尻尾のように長く、ノコギリのようなギザギザが両刃に取り付けられている。蛇剣と呼称するべきか。
「せっかく革命軍の生き残りをバラバラにしちゃおうと思ったのにネ……そうすればほら、独りぼっちヨ?」
「趣味が悪いわねん」
「んふふ。ワタシは人の幸せが妬ましいの。人の才能が怨めしいの。人の笑顔が嫌いなのヨ」
張り裂ける笑み。
美人と評すべき女の顔が、鳥肌が立つほどに壮絶なものに変化する。
人格が壊れている、と表現するべきかも知れない。
狂気に近い歓喜の声音は、マーニャをもってしても息を呑むほどに恐ろしい。
「そう。あなた、人の破滅が好きなのね」
「大好き。壊れていく人を見るのは本当に滑稽で愉快で、楽しいノ」
「最低の女」
「んふふふふふふふふふふふふ」
壊滅的な微笑み。
彼女の魔法か。身体が水そのものに変化していく光景が浮かぶ。
危険な兆候だ、とマーニャは思った。
魔力を練り上げる。雷撃の槍を放てるようにして待機。逃がしてはならない。この女は危険だ。
「決めた。アナタを殺すことにするヨ」
「やってみるといいんじゃない?」
蛇剣がじゃらららら、と音を立てて床を抉る。
余裕めいた笑みでマーニャも対応する。
眼前の奇妙な水女が何者か、彼女は詳しく知らない。そんなことはどうでもいい。
無言で繰り出す電撃の槍が、戦いの始まりを告げた。
◇ ◇ ◇ ◇
「せ、先陣に動きあり……敵の魔王が前線に現れました……これ以上は進めません」
「門の周辺でイラ殿が敵の将軍と交戦中!」
「中軍も既に突撃に参戦していますが……あの魔王は化け物か!?」
「岩みたいな剣を振り回して、我らを吹き飛ばしています。数が足りません、援軍の要請を……」
矢継ぎ早に繰り返される情報を聞きながら、ニードルードは戦いに備えていた。
敵の魔王は前線で地上部隊に足止めを受けている。
敵の将軍もイラと激突し、こちらに注意は向かない。
敵の主力は動けない。
「好機」
ニードルードは龍の翼を大きく広げた。
地上部隊の捨て駒たちに目が向いている現在なら、ナザック砦に侵入することも出来るだろう。
先鋒と中軍、合わせて全体の七割の兵力を注ぎ込んだ『陽動作戦』は成功した。
「アルバ。某も出るぞ、露払いをしろ」
「……はっ」
命令が下される。
瞳に何の感情も宿さない魔導人形が行ったことは、実に簡単だ。
露払い、とニードルードは言った。
ナザック砦へと赴こうとする指揮官を諌める味方の兵士も、遮る敵兵も、全てを切り捨てたのだ。
「な、何を」
「ニードルード殿! 何のつもりですか!?」
「邪魔をするな。それだけだ」
斬り捨てられた部下を見ても、ニードルードは眉ひとつ動かさなかった。
身体を張って指揮官の無謀な試みを止めようとする者は、魔導人形が服の中に仕込んだ刃で斬った。
良く見れば長い腕の中身から回転式の刃が飛び出している。
機械を髣髴とさせる光景だった。
「誰も、某の邪魔をするな……」
指揮官の身体が飛翔する。
露払いを承った魔導人形も、砂漠の砂を蹴って追従していく。
大した技術力だ、と感心した。
命令遂行能力、命令に対する絶対的な忠誠、兵士たちを即座に切り捨てる判断力。
大量に製造されることがあれば、戦争の歴史すら変貌する発明だ。
「……っ」
城砦を超え、更にその先へと足を踏み入れようとしたときだった。
砦には複数の見張り台が設置されている。
四台の見張り台の内のひとつに黒服のドレスを着た少女が立っているのが見えた。
「叡智」
閃光が一条の光となって、ニードルード目掛けて発射された。
光魔法だ。翼を広げて急上昇し、閃光の一撃を回避し、腰に挿した歪曲剣を取り出した。
「エリザか!」
魔導人形、エリザ。
科学者ガーディの最高傑作と言われた少女。
飛行部隊による奇襲攻撃を警戒して見張り台に配置されているのを見て、苛立たしく口を開く。
「邪魔をさせるな、と言ったぞ」
語気を強めて命令の遂行を告げた。
魔導人形アルバは背中から人工的で歪な翼を生やすと、飛翔してニードルードへと追いついた。
前に出て「申し訳ありません」と謝罪し、アルバは眼前の少女へと相対する。
人形同士が静かに見据え、睨み合う。
「彼女は任せたぞ、アルバ。出来るな?」
「……はっ」
アルバの長身痩躯の身体が軋む音がした。
右手から、左手から、腰から、胸から。歪な形の砲台が出現し、エリザへと向ける。
既に人としての姿は留めていなかった。
兵器としては完全な姿だが、ガーディが廃棄処分をするつもりだった、ということを思い出す。
――――何故、これほど戦える人形が出来損ないなのだろう。
背後で爆撃が広がった。
エリザが放った魔法とアルバが繰り出した砲撃がぶつかったのだろう。
僅かに胸のしこりとなった疑問を奥底に沈めた。
関係ないことだ。どうでもいいことだ。
考えるべきことはそんなことではない。そんなことでは、ないのだ。
「…………」
捜せ。
捜せ捜せ。
捜せ捜せ捜せ。
「……ニードルード!!」
見つけた、というべきか。
見つけてもらった、というべきか。
砦の上空を羽ばたく竜人族が、眼下から聞こえた男の声に反応して下を向く。
顔面の傷が痛んだ。じくり、と呪いのように。
「…………ソーイチロウ」
目的の人物はそこにいた。
新参者の革命軍の元幹部。革命軍のリーダーだったスレッジと引き分けた人間。
別の世界から来た、という戯言を大真面目に語っていた男。
「…………」
「……」
静寂が周囲を包み込む。
総一郎は茶のスーツに身を包み、引き締まった長身痩躯の肉体を鍛錬で更に鍛え上げていた。
破剣の術、という人間の技術を身振り手振りで教えていた時代が懐かしい。
革命軍で共に戦い、背中を預けたこともあった。
共に笑い合ったこともあった。
「ニードルード、なんだな……?」
「……ああ」
逢うのは数ヶ月ぶりか。
総一郎は変わりなく、彼の想像通りの姿でそこに立っていた。
自分は随分と変わってしまった。
顔面に刻まれた傷がじくり、と再び痛み出す。革命軍の生き残りを見ると、如実にそれが実感できた。
「顔の傷はどうしたんだ」
「フィアルナに最後の抵抗でな。あの女に付けられた傷は、一週間以上も塞がらなかったぞ」
「……そうか。そうなんだな」
決定的な一言だ。
総一郎は残念そうに瞳を閉じた。
裏切り者はニードルードだった。己に人間族として戦う術を伝授してくれた同志だった。
革命軍の家族を殺したのは。同じ革命軍の家族だった。
「お前たちを殺しにきた」
無感動にニードルードは言ってのけた。
歪曲剣を構え、大空を旋回しながら。元革命軍の隊長は静かに語る。
「革命軍の生き残りはお前とソフィアの二人だけだ。清算しよう、ソーイチロウ」
革命軍という組織を。
戦友という絆に。
家族だったという過去に、決着を付けよう、と。
「お前を殺す。ソフィアも殺す。それで革命軍は終わりだ。某はその全てに別れを告げるために来た」
「……ふざけんじゃねえぞ」
低い声音が返ってきた。
見上げる総一郎の表情が、露骨に苛立ったものへと変貌していく。
教師としての総一郎ではなく、革命軍のソーイチロウとして。
筋の通らないことを口にする昔の同志に向けて。
「勝手なこと言ってんじゃねえよ、こら」
拳が握られる。
強く、強く、強く握られる。
戦う準備は。殺し合う準備はそれで十分だ、というように。
「潰すぞ、トカゲ野郎」
「やってみろ、人間」
言葉の応酬が、拳と剣の応酬へと変わるのに時間は掛からなかった。
鉄の門の前でギレンとイラが鉄と鋼をぶつけ合い。
中庭でマーニャとインウィディアが水蛇と雷撃のぶつけ合いを演じ。
見張り台で魔導人形たちが壮絶な魔術合戦を始めたことに、呼応するように。
――――殺し合いが始まった。




